雫を見つけて 5
面会はまだできないからとすぐ近くの空き部屋に通してもらった。気を遣ってくれたのか、キャトラが不安がる皆を説得して家に連れ帰って、一人きり。
「やあ、リティ」
ドアに背を預けてトリカさんが立っている。音がしたはずなのに気付かなかった。
「お疲れ。無事でよかったよ」
「でも、ルイカが。トリカさん、ごめんなさい……」
何を言えばいいのかわからなくて、謝るしかできない。トリカさんの大切な弟。彼が今大変なことになっているんだ。
「んー、大丈夫でしょ。平気平気。あたしたちって頑丈だからさ」
トリカさんは強がりでも気遣いでもなく、本気でそう思っているようだった。当然、そうなるのだと信じ切っているような。
「なんたってお兄ちゃんは馬車に轢かれたし、あたしは三回崖から落ちたし。でも生きてるんだもん」
唖然とする。でも、それを聞くと何とかなるのかもと少しだけ勇気づけられた。そもそも、三回も崖に落ちることなんてあるのかな? あるのかも。
「なんであたしが三回も落ちたのかって聞きたいって顔! よくぞ聞いてくれました。何だったかな……確か何でも透けて見える薬について本で読んでね。面白そうだから材料を探してたら崖の真ん中にその草が生えてて……運がいいって思って採りにいって落ちるを繰り返したんだよね」
トリカさんは自慢げに教えてくれた。すごいのかすごくないのか、判断がつかない。それで無事だったのも、何回も挑むのもすごいけれど、でも裏を返せば。
「ありがとうございます、トリカさん。わたしの不安をほぐそうとしてくれて」
え? とトリカさんは言う。まさか本当に武勇伝として話したかっただけだったのかな。
「ま、そういうことにしとくか! だからさ、リティ。そんな顔をしないでよー。弟が聞いたらショック受けるよ。もうご存じだろうけど、あいつ繊細だからさ」
確かに、ルイカは繊細な人だ。皆にわたしの様子は話さないように頼んでおこう。
「失礼。入ってもよろしいかな?」
ドアをたたく音と同時に祭司長様の声が聞こえた。はい、と応える。
「おはよう。数日ぶりかな? 怪我はしていないそうだね?」
祭司長様がいつもの態度で言う。セルヴィニアの件で、今まで当然のように抱いていた不信感が上乗せされていて、あまり話す気になれない。
「はい、わたしは大丈夫です」
「……私達に失望した顔をしているな」
流石に、分かるみたい。小さくうなずいた。
「それも当然だ。過去も未来も含めて私達はそういう生き物だと思ってくれ」
そんな言い方をされてしまったら、困ってしまう。分かってはいる。神殿の人も、こんなことばかりではない。完全に許すことは難しいけれど、確かにわたしは彼らに親しみや愛着も抱いている。
「で、祭司長様? ここに来たってことはあれでしょ? 決まりを破った罰だとかなんとかを与えに来たんですよね」
トリカさんがわたしを抱き寄せる。まるで守ってくれているかのように。
そう、罰。わたしはどうなってもいいけれど、でも、彼だけは。
「お願いします、祭司長様。どんな罰でも受けます。なんでもします。だから、あの人は許してください……!」
どんな罰、なんでも。きっと恐ろしくて、痛くて、苦しいのだろう。それでもいい。彼がまた、いつものようにいられるなら。
「いや、すまない、話しが見えん」
縋りつこうとして解かれる。祭司長様が困った顔をしていた。
「え? いや、この子達が一緒にいなかったから……」
呆れたような顔を祭司長様がした。
「まあ、平常時なら多少の罰は与えるが、今回は事情が事情だ。それに命を懸けて巫女を守った少年を罰しては女神もお怒りだろう」
胸をなでおろす。トリカさんもほっとした顔をしていた。珍しい。
「そもそも、その罰もあなたたちが思っているようなものではない。それははっきり言っておく」
トリカさんがばつの悪そうな顔をしていた。きっとわたしも同じような顔をしているだろう。すこし、彼らを色眼鏡で見すぎているようだ。
「でも、それなら祭司長様はどうして……」
トリカさんが気まずそうに尋ねる。意外にもこういう時、トリカさんは弱くなるんだ。
「見舞いだよ。ちょっとした品も持ってきたのだが。私の故郷の林檎で作った発泡性のジュースでね。林檎酒はまだ飲めない歳だろう?」
そういって祭司長様は鞄の中から瓶を取り出す。ラベルが貼っておらず、既製品でないこと分かった。
「えっと、ありがとうございます。……さっきは騒いでごめんなさい」
「問題はないとは言い難いが、まあ、気にしてはおらん。私があなた達の立場なら同じような態度をとるだろうからね」
テーブルにジュースを置いて祭司長様は出ていく。
「あなた達も気をつけなさい。心労は後から来るものだからね」
その言葉を最後に、祭司長様がばたんとドアを閉めた。
「変な奴」
トリカさんがぐらぐら瓶を揺らしている。沈んだ林檎が舞い上がった。
「でも、よかったです」
「ま、そうだよね。これであんた達に罰を与えます! すっごいの! なーんて言われたらあたし、あんた達連れて逃げちゃうよ」
極端な言葉だけど、きっとトリカさんはわたし達のために本当にそうしてくれるのだろう。無茶苦茶で、勇気のある人だと知っている。でも、無理はしないでほしい。
「心強いですけど、トリカさんまで巻き込みたくないな」
何も言わずに、トリカさんは満面の笑みを見せた。どんな意味なのか分からないけれど、あまりわたしたちにとってはよくない方の笑みな気がする。それでもうれしい。
***
もうそろそろ目が覚めるはずだと言われていた時間を大きく過ぎている。トリカさんは、不安というより苛立ちを隠せていない。
自分の手を見る。震えていた。わたしは、不安に支配されている。目覚めないかもしれないとは言われていた。でも、それが現実味を帯びるにつれて不安が際限なく膨らんでいく。
「失礼します」
返事をするより早く、わたしはドアを開けた。説明をしてくれた助手の人が驚いた顔で飛びのく。
「どうしたんですか!」
自分でも驚くような声が出た。それで助手さんは目的を思い出したのか、頷く。表情から、悪いニュースではなさそうだけど。
「ルイカさんが目覚められたと伝えに来たのですが、その……」
トリカさんも駆け寄る。ね、言ったとおりでしょと胸を張った。




