雫を見つけて 4
また倒し切った後、もう一度セルヴィニアが作った人型達を破壊していく。セルヴィニアはもう座り込んでいて、限界なのではないかと思った。
「さぁ、もう貴女に勝ち目はありませんよ! あきらめて術を解きなさい!」
ティトラスがそう言いながら目に見えない盾で殴って人型を粉砕する。それでも肩で息をしていた。
「まだ、まだ……守らないと、私が……」
「リティを守りたいのはわかるけど! でも、やり方が間違ってる」
セルヴィニアがルイカに対して、一番の敵意を見せた。彼女が自分と重ね合わせている相手。彼の言葉だから余計に苛立ったんだ。
「いつも、これしかないんだよ!」
「……では、今回も失敗ですね」
セラが鉄の人形で最後の一体を切り裂いた。
「それでも! 私は!」
杖を頼りに立ち上がって、セルヴィニアはもう一度人型達を作り上げようとする。
「お願い、……お願い!」
彼女は杖を掲げる体力すら残っていない。体すら消えかけていた。……木も、草も、土も反応することはない。
そして、彼女を捕える必要もない。だって、彼女はもうすぐ。
「セルヴィニア……」
声をかけるわたしに向き直った。
「いやだ、いやだよ。行かないでよ」
「ごめんね、セルヴィニアも大切だけど、でも、皆のところに居たいの」
セルヴィニアは目を閉じた。さようなら、と彼女の声が聞こえる。
「……さよなら、セルヴィニア。君と屋上庭園で話したこと、忘れないからね」
セルヴィニアは少しだけ微笑んだ。もうあの時間は帰ってこないのだと、実感した。
「リティ、おいでー」
キャトラの気の抜けるような声がした。よく見ると皆疲れ切った様子だ。本当に、本当にいくら感謝しても足りない。
「うん!」
セルヴィニアの横を通り過ぎて、皆のもとへ向かう。その時、何かセルヴィニアが何が小さな声で言った気がして、少し離れたところで結局気になって振り返った。
「そっか。……お前も私と同じ思いをすればいいんだ」
はっきりと聞こえたさっきの呟きよりも大きな声。暗くて憎しみを、呪いを込めた響きだった。
「え?」
セルヴィニアはそばに転がっていた人型の、腕から折れた刃を手に取った。わたしに向けられていないけれど、わたしを標的にしている明確な害意を感じ取って立ちすくむ。
彼女が私に向かって走ってくる。彼女は、何をするつもりで。
「お前にだって、彼女は守れない!」
もう目の前にたどり着いた彼女は、叫びながら刃を振り上げた。あまりにも一瞬で、恐怖に飲み込まれたわたしは身を縮めて目を閉じるしかできたい。
「何やってるの!」
ほんの一瞬が過ぎて、キャトラが悲鳴のような叫び声をあげた。女の子たちの悲鳴も。とても、嫌な予感がした。
震えながら目を開ける。わたしとセルヴィニアの間に、彼がいた。刃は左肩に深く食い込んでいて、血がたくさん出ている。がたがたと大きく揺れている片方の手はセルヴィニアの腕を掴んでいた。
うまく、言葉が出ない。大変なことが起きてしまったのは理解していても、恐怖が頭を支配する。巫女の力があるから大丈夫だと、何とかなると言い聞かせた。
「どうして、リティを……!」
今まで聞いたことのない怒りの声。ふらつく彼の体をなんとか支えて、手に血が付く。
「……なんだ、そうすればよかったんだね」
もう、セルヴィニアには彼の声は届いていないようだった。ただいつかのどこか、そこにいるだれかを想っている気がする。かたんと刃を手放し、空を見上げるというよりは、差し出された手を見つめるような仕草のままセルヴィニアは消えた。
舌打ちをしてルイカは座り込む。手に伝わる彼の体温は熱くて、冷たい。表現が難しいけれどわたしにはそう感じた。
「ラ、ララ! 早く!」
一番早くにたどり着いたリリがすぐ横のララに早く巫女の力を使うように言う。ララも頷いて彼の肩に手を当てた。
何も、起こらない。
「……どうしよう! 巫女の力が通じない!」
ララが泣きそうな声で言う。ううん、もう泣いていた。
嘘だと叫びそうになって、抑え込んだ。嘘じゃない。現実なんだ。手詰まりなんじゃないか。こうしている間に彼の肩からは血が流れていて、それだけではない何かが彼の体の中で起きていて、でも、癒しの力は使えない。
「……うん。彼女は相当僕たちについて無知だったんだね。それともナメていたのかな?」
「ジードル……」
今にも倒れそうなくらい体重のかかった、気を失いかけているルイカの体を支えながら振り向いた。自分でもわかるくらい声が震えている。
「おれの見立てではこの傷についてはすぐ塞げるよ。数日すれば治るんじゃないかな。治療しながら話をしようか。さ、寝かせて」
ジードルが普段持っている簡易的なキットと魔術を併用して地面に寝かせたルイカの傷を手当している。
「まあ、さっき言った通り、この傷に関してはこの場でおしまい」
ほっと胸を撫でおろす。皆の顔が明るくなった。
「でも、問題は残った呪いのようなものだね。今、ひどい苦痛を彼は味わっているはずだよ」
そんな、と呟きながらルイカの顔を見た。
「なんとも……ない……!」
息が荒い。冷や汗が流れている。時折体のどこかを押さえて顔をゆがめている。どう見ても何ともないわけがない。
触れても痛みを与えてしまいそうで、ただ側にいることしかできなかった。
「まあ、このままだと脳や精神、そんな彼の目に見えない部分が損傷を受けて……って奴だね。でもまあ、安心するといい。おれには何ともできないけど、ベテランの魔術医なら全然何とかなる範囲だ」
ジードルはそう説明し終わるとリリに手招きした。
「何? 私は何も……」
「おれが合図を出したら彼を眠らせてくれない? リリのできる限り深くね。それで彼の精神と脳を守る」
リリはナイフを握りしめて頷いた。
「まあ、当然目を覚ませない可能性もあるけど、いいよね? ……言いたいことがあるなら今のうちだよ」
ルイカのはっきりしていない視線が、わたしを捉えた。
「どうしたの?」
不安を見せないように、震える体も声も抑えて、できる限り優しく問いかけた。
「リティ、ずっと、……ずっと」
彼はためらっている。次の言葉は出てこない。
「時間切れだよ、精々また後で。リリ、どうぞ」
困った顔でリリは黒い刃先を向ける。わたしをずっと見つめたままだった瞳を瞼が覆っていった。




