エピローグ
ルイカとトリカさんを連れて食堂に入る。退院したとはいえ、まだルイカの肩は痛むようでかばっていた。
「退院おめでとー!」
ララとリリ、そしてレーチェが両手を広げて無邪気な歓迎をする。キャトラが抱きつこうとしたから、ちょっとだけ不満を表に出して視線を送ると冗談だと笑われた。
長いテーブルの上には、冬とは思えないくらいたくさんの食べ物が並んでいる。全部お祝い事で見る料理だ。普段は別々に出される食後のお菓子も珍しく一緒。
「作ってもらったのも、私たちが作ったのもあるのよ!」
ララがはしゃいだ様子で教えてくれた。皆の気持ちがうれしい。私たちは、ずっとこの日を待っていた。といっても、彼が病院にいたのは五日間だけだったけど。魔術医ってすごいな。もちろん、ジードルもその一人。
「えーっと……ありがとう」
照れくさそうだ。また、こんなうまく気持ちを伝えられなくて困っている彼の顔を、見ることができてうれしい。
「ねえ、早く食べない?」
キステットがマイペースに食卓のクッキーを見つめながら催促する。あのクッキーは多分、ソーチャお手製だ。
「さあさあ、三人とも座ろう! 退院パーティの始まりだよ!」
ソーチャがにこにこと私達に促した。分かったと席に着く。いつもと同じ、彼の隣。もう片方にはトリカさんがいた。
***
「いや、本当に良かったですよ。特に何事もなくて」
ティトラスがくるくるとグラスに入ったジュースを回している。何というか、彼がそんな仕草をするとお酒のような気がしてくるけれど、ちゃんともらったあのジュースだ。
「これは良いものですね。流石市場には出回らない品だ」
ティトラスは一口飲んでにっこりとした。
そんな物を祭司長様は贈ってくれたのかと驚く。もちろん、雑なものではないとは分かっていた。そう、たとえば祭司長様が作った自家製のものかと。……今思えば、それは流石にないだろうと面白くなる。
「ほんとによかったわよー! ほんと、死んじゃったらどうしようかって」
皆が思っていて、それでも口に出しづらかったことをキャトラは打ち破るように言った。彼女は賢いから、それを察していてあえて言ったのだとわたしは思う。
「皆に心配かけた」
ルイカは申し訳なさそうだ。確かに、心配をかけてしまったけど、それはわたしを守るため。彼は何も悪くない。……誰が悪いのかを、考えたくはないけれど。
「う、ううん。違うよ、ルイカは、わたしの……」
わたしを助けるために負った怪我なのだからと伝えようと言葉にした途端、恐怖だったり、不安だったり、安堵だったり、悲しみだったり、色々な感情が湧き上がる。勝手に涙が出てきて、皆が驚いているのが見えた。泣かないようにしていたのにな。
「大丈夫、ごめんね、すぐ泣き止むから……」
キャトラがぽんぽんと背中をたたいてくれた。
「ごめんねぇ、リティ。辛いこと思い出させちゃったわね」
ううん、と首を振る。キャトラの言葉が原因じゃない。急にこみあげてきた感情だから。
「さ、お喋りもいいけど料理も食べようよ! 病院の食事って味が薄いんでしょ?」
ソーチャが多分、彼女にとっての偏見を口にする。それは本当だったとハンカチを目元に当てながら思い出した。
ジードルがルイカの方をずっと見ている。
「改めて。おはよう、ルイカ。言えるうちに言った方がいいんじゃないかい?」
意味ありげな言葉に黙り込むルイカ。二人にだけ通じる何か。それは、あの時彼が言えなかったことと関係がある。そんな気がした。
***
「楽しかったね」
結局、あの後は最初の少ししんみりした空気はどこへやら、いつもと同じにぎやかな皆との食事会だった。トリカさんも加わっているから余計に。ノイラが大変そうで、でも楽しそうな顔をしていたのが印象的だった。
「……うん」
珍しく苦笑いを時折しながら騒ぎに巻き込まれていた合間合間に、わたしを何度も見ていたことに気付いている。
「それじゃ、おやすみ。また明日ね。ゆっくり寝るんだよ?」
これ以上立ち話に付き合わせたら体に悪いかも。そう思って部屋に戻ろうとしたとき、袖を引っ張られた。理由が分からずに彼の顔を見る。
「待って、ほしい」
わたしの反応をうかがうような、か細い声。何かいつもと違う。分かったと答えて振り向いて、彼の言葉を待つ。
「……ずっと、好きだった」
息をのんだ。それは、友達でも、わたしとのあらゆる関係性に対しての愛情でもなくて、恋慕から来る言葉だと気づいてしまったから。動揺を抑えて彼の言葉を待った。
「多分、僕が思っているよりずっと前から好きだったんだ。気付いても言えなかった。君のまっすぐな信頼や親愛を失いたくなかったから」
わたしも同じだったのだと、いつ、どうやって伝えたらいいのか。分からずにただ彼の言葉を聞き続ける。
「あの時も、これで最後だろうと思って、だから言おうとしたのに。君の顔を見たら言えなかった。こんな悔いの残し方なんてあるかよ、って思いながら何も分からなくなったんだ」
何も言わずに自由になった手で、彼の右手を包む。熱くて、汗ばんでいた。
「あの時言えなかったなら、隠し通せばよかったのに。……そう思うのに、言わないままなんて僕には無理だった。汚いタイミングだと、自分でも思う。ごめん」
手を離した後、ゆっくりと目を合わせて、できるだけ穏やかな表情のまま微笑もうとする。きっとそのままの自分を見せたら驚いてしまうから。ルイカは不安そうな顔だ。後悔しているようにも見える。
「わたしも好きだったんだよ。えへへ、どっちが先なんだろうね。同じだよ。怖くて言えなかった。弱いね、わたしたち」
どんな顔をするのか、本当は少し怖かった。どうか辛そうな顔をしませんようにと祈りながら見つめる。驚きのあとは、ほっとしたような表情。
手を軽く引かれて見たことのない表情をする彼に近づいた。穏やかで、幸せそうで、安らいでいるような表情。もう片方の手がわたしの頬に当たる。言葉もなく見つめ合って、月光に当たった彼の藍色の目が近付いてきて。
ああ、そういうことなんだと彼の意図を理解して、目を閉じてそれを待つ。キスなんて初めてだけど、きっと彼は優しく教えてくれると信じているから。
「……ん?」
本当なら多分もう触れているはずだけれど、その気配がない、それどころか頬に当てられた手も離れていく。
「やっぱり無理だ!」
声にびっくりして目を開けると頭を抱えてしゃがむ彼が見えた。苦笑する。
「大丈夫だよ、ゆっくり、ゆっくりね。いつでも待ってるから」
わたしもしゃがんで彼に目線を合わせる。そういうことじゃないんだ、と目が言っているような気がして、それだけが気に掛かった。
***
ぽーっとした熱が引かない。鳩尾のあたりなのかな、体の中心からずっとあたたかいものがじわじわ身体中に広がっている。
ああ、抱きしめてもらえばよかったなという気持ちがあって、でも怪我に響いちゃうなって心配があって、そうか、今だけじゃなくてこれから先いつでも頼めるんだと気付く。
朝起きて、夢じゃなかったら。そんな幸せなことが起きていたら、恋人らしいことをしてみたい。
別に恋人なんて名前のついた関係性を名乗らなくても、ただ互いが互いを好きであるだけでも彼はいいのかもしれない。でも、わたしはそれじゃ足りない。
数え切れないくらいの幸せな想像をしながら、うとうととまどろんだ。




