雫を見つけて 2
それからまた二日経って、やっと力を使った後でも登校できるくらい安定してきた。慣れてきたのもあるけど、朝と夕方で半分ずつ分けてくれるようになったのが大きいと思っている。
それでも、休んでいた方がいいと医務室を貸してくれた。本当に、たくさんの人に助けてもらっている。心も、体も。
寝ているばかりでは逆に痛みがひどくなってしまいそうだからとベッドサイドに座っている。今の頭痛は普段起こるものより少し痛い程度で、最初のころと比べてもうかなり軽くなっている。
「リティ」
少しだけ低い声が聞こえる。聞きなれたあの子の声。どうしてここにと思いながらその声に応えた。
「セルヴィニア、おはよう。どうしてここにいるの?」
カーテンをめくってセルヴィニアが入ってくる。笑顔だけど、目が笑っていないように感じた。
「久しぶりだね。体はもう大丈夫?」
頷いた。数日に一回は彼女と話していたとはいえ、休みを挟めば三日会わなかっただけ。それぐらい話さないことだってあった。どうしてわたしが体調を悪くして休んでいたことを知っていたのだろう。
「うん。だいじょうぶだよ。えへへ、医務室でお休みしているのに、説得力ないかな?」
「よかった! 心配していたんだよ?」
セルヴィニアが首をかしげる。変な様子は気のせいかもしれない。心配してくれていたのに、ごめんなさい。
「ごめんね。どうして体調が悪くてお休みしてたって分かったの?」
動きがぴたりと止まる。口元に意味の読めない笑みが浮かんだ。
「力を使うようになりはじめってキツいからさ。リティもそうだったんだよね?」
……なぜ、セルヴィニアがそんなことを知っているのだろう。それもまるで経験したかのような言いぶりで。
「セルヴィニア、なんでそんなことを知ってるの」
自分でも驚くくらい警戒している。友達に、こんな感情を抱いてはいけないのに。セルヴィニアはもう笑みを浮かべておらず、怒りに近いものを表に出していた。
「私はかつての巫女。リティよりもずっとずっと昔のね」
わたしよりずっとずっと昔。昔の範囲にもよるけれど、どちらにしてもその姿で存在するとは考えづらい。
「うん、不思議だよね。私も不思議に思っているんだ。どうして今も生きているのかって。死んだ覚えもないけれど、状況的に死んでいたはず」
わたしと話しているのに、独り言のような言い方。状況が読めない。セルヴィニアは何がしたいのだろうか。
「せ、セルヴィニアは何がしたいの?」
怖いけれど、聞いてみる。怒りはわたしに向けられていないから、何か危ないことをされることはないと思う。
「あなたを助けたい。このままだと潰されちゃうよ」
「わたしを助ける?」
セルヴィニアはわたしの隣に座って、左手を両手で包んだ。
「こうなってまで、巫女でいるのって意味があるのかなって思わない? 何かあれば切り捨てられるのに」
首を振る。
「意味はあると思うよ。誰かを助けられるのは確かだから」
セルヴィニアが唇をかんだ。手を強く握られる。
「なんで、似てるんだ。そこまで」
呟きがかすかに聞こえる。静かに首を振った。
「ね? 行きましょう? リティ。私と」
彼女がどんな思いで、どこかにわたしを連れて行こうとしているのかは分からない。巫女であるかどうかは関係なく、わたしはここにいたい。
「ごめんね、セルヴィニア。どこに行くのかわからないけど、きっとみんなとはもう会えない場所に行くんでしょ? それなら、行けない」
セルヴィニアが明らかにいらだっている。それと同時に、深い悲しみも感じた。
「そうだよ。もう巫女とか、女神とか、そういうのを全部やめて、二人で暮らそうって言っているんだ」
わたしを見ていないわけじゃない。わたしをしっかりと見ていて、案じてくれていて。でも、それでいて別の人を見ている気がした。
「ううん、行かない。ここには大切な人がいっぱいいるから。それに」
それに、大好きな人だっている。ずっとそばにいたい人。
「分かった。リティはそう決めたんだね」
言葉の途中でセルヴィニアが近づく。ぎゅっと抱きしめられた。草と木と土のにおい。多分、森のにおいなんだと思う。ちょっと乱暴でごめんね、と彼女が呟いた。
***
飛び起きる。頭の痛みを感じてこめかみを抑えた。セルヴィニアが呟いた瞬間から記憶がない。ここはどこだろう?
板張りの床と、丸太の壁。冬なのに暖をとる設備が一つもない。わたしにかけられていたブランケットのおかげで今はあまり寒くはないけど、夜は少し厳しいものになるかもしれない。
「おはよう、リティ」
セルヴィニアが微笑みを浮かべてわたしの顔を覗き込む。穏やかな表情だ。
「セルヴィニア、学校に帰ろう?」
首を振る。帰る気はないらしい。
「皆が来てくれたら帰れるよ。来てくれるかな?」
どうせ来ないのだと知っているかのような言い方だ。
「……皆?」
「そう、守護魔術師と巫女だけでここに来いって。来ると思う?」
セルヴィニアは余裕を見せている。何か、悪いことをするつもりなのかもしれない。
「……来て、欲しくない」
それを聞いたんじゃないけどなと笑っていた。
「やっぱり似ているね。あの子に」
彼女がたびたび言っているあの子とは誰なんだろう。答えてくれるかな。
「セルヴィニア、あの子って誰なの?」
「私の守護魔術師だった女の子。あなたみたいに優しくて、可愛くて、素直な子」
懐かしむような、傷の痛みに耐えるような表情だった。きっと、彼女との別れは優しい、穏やかなものではなかったのだろう。
これ以上セルヴィニアに尋ねるのはよくないと思う。彼女を余計に刺激してしまうし、何よりつらい思いをさせてしまう。同じ巫女として、もしかしたら彼女を自分と重ね合わせてしまっているのかもしれない。
「質問は、他にある?」
そうだ、聞かないと。皆を呼んで何をするつもりなのだろう。
「皆が来たらどうするの?」
セルヴィニアは笑っている。
「そんなことは起きないから安心して。もし来たらその時はその時だね」
助けてほしい、もう一度会いたいという気持ちと同時に、来ないでほしい、忘れてほしいという気持ちも強い。
でも、セルヴィニアの言う通り来ない可能性のほうが高いだろう。神殿の皆は止めるはずだ。わたし一人のために他の皆を危険に曝すわけにはいかないから。
その時、ふと思った。もしそうなったらルイカはどうなるのだろう。守るべき巫女を奪われた彼は、どうなってしまうのだろう。
さっきまで考えていなかったことなのに、意識した途端急に不安が沸き上がる。
「大切な人が、大好きな人が危ないって理解するのは怖いよね。私にも気持ちは分かるよ。でもね、大丈夫だよ? 私が代わりになってあげる。なれると思うんだ」
セルヴィニアには絶対になれないと分かっている。セルヴィニアにとっての彼女にわたしが決してなれないのと同じように。
――そっか、セルヴィニアは自分達を私達に重ねている。立場の違いはあっても。
「ねえ、リティ。話そうよ」
屋上庭園で会っている時と同じ笑顔でセルヴィニアは言う。怖いけれど、それと同じくらい悲しく見えた。




