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雫は落ちて 2

 一瞬でトゥエナちゃんがいる場所から視点が遠ざかり、地図のように見えるまで引いていくのが見えた。目も脳も一瞬すぎて理解できなかったけれど、心が彼女の居場所を理解する。

 見えたのは神殿の地下で、小さな泉があった。そこは確か物を清めたりインクの材料を用意するための泉。どうしてそんなところにトゥエナちゃんがいるの?

 そんなのはどうでもいい、全部解決してから分かればいい。そう思って立ちあがろうとして、体の異変に気付いた。

 頭が痛い。そのせいで吐き気がする。体が重くてだるい。それが苦しくてふらふらする。ようやく何故トゥエナちゃんの居場所が分かったのか理解できた。これは、わたしの力だ。皆最初のころはこんな感じだった。

 こんな時でなければ、痛くても苦しくても喜んでいたと思うけど、今はそれどころじゃない。トゥエナちゃんを助けるのが先だとドアを開けた。


「ルイカ、わたし、トゥエナちゃんの場所が分かったの」


 座り込んでしまわないようにドア枠に体を預けて、机で本を読んでいたルイカに声をかける。


「状況がよくわからない。もっと詳しく」


 彼が本を閉じる。どこから説明したらいいのだろうか。長く説明している暇はないし。


「わたしの巫女の力で見たんだよ。トゥエナちゃんは神殿の地下にいるの」

「え?」


 きょとんとしている。その気持ちはわかる。あまりにも突然で、わたしでも困ってしまうだろう。


「了解。連れてく」


 それでも分かってくれたのか、彼は立ち上がってわたしの体を支えてくれる。どうして、わたしがふらふらだとわかったのだろう。


「行きたいだろうから連れては行くけど、帰ったらすぐに横になれよ」


 全部お見通しだった。流石だと思う。なんとかこれなら誰か職員さんに伝えることができそうだ。


***


「トゥエナちゃんが神殿の地下にいるの! お願いします、泉の部屋を開けてください!」


 眠ろうとしていたのだろう。寝巻き姿の神殿の職員さんは困った顔をしている。


「えっと、どういうことでしょうか。順を追ってお伝えくださいな」


「彼女の巫女の力で、行方不明の少女の居場所が分かりました」


 ルイカが補足してくれる。職員さんが驚いた顔をした。


「分かりました。泉は定められた祭司がいないと入れません。彼女を呼んできます。力についてはまた後ほど」


 職員さんが早歩きで去っていった。しっかり立たないと。


「どこか椅子を……」

「大丈夫だよ、立ってられるよ」


 少し考えている。迷っている?


「分かった、僕が背負う」


 わたしの答えを聞くより早く乗りやすいように屈んでくれた。その申し出をうけいれる。断った方が迷惑になると思ったから。


「……ありがとう」


 ルイカが立ち上がる。しっかり持ってくれているけれど、念のために首の前に手を回した。

 普段から平熱が高い人ではないけれど、それでも当然、しっかりと触れ合った背中から温かい温度が伝わってくる。

 不安と体調の悪さで泣き出しそうになっていた心がほぐれていく。トゥエナちゃんはきっと無事だ。


***


「呼んできました。行きましょうか」


 職員さんが連れてきたのは眼鏡をかけた若い女の人。学生とほとんど変わらないように見える。見かけたことはないけれど、彼女も祭司様なんだ。びっくりした。


「え、えっと、巫女様。ご案内します……」


 なんだか、おどおどしている人だなと思った。彼女の後をついて神殿に入る。


「ええっと、本当にあの部屋に人がいるんですか?」

「いるらしい。リティによれば」


 階段を下りながら司祭様が疑問を口にする。ルイカの答えを聞いてもなお、控えめな疑いの目を向けられた。信じ切られるよりもむしろ安心する。

 わたしは確信しているけれど、わたしが他人の立場ならとても信じられない。それも、一年ずっと力を使えなかった巫女の言うことなのだから。


「あ、着きました。えっと、ここが泉の部屋です」


 枝分かれした地下道にいくつもあるドアの一つに司祭様が立つ。鍵を持たずにドアノブを回しただけでドアが開いた。


「トゥエナちゃん、いる!?」


 司祭様より早く前に出たルイカの背中からトゥエナちゃんを呼ぶ。ルイカがうわっと声を上げた。なんだろうと気になりながらも、一番はトゥエナちゃんを探すことだと辺りを見渡した。


「あれ? お姉ちゃんとお兄ちゃんだ。どうしたの?」


 トゥエナちゃんが元気そうに現れる。昨日から行方が分からなかったにしては体調もよさそうで、不安がっていない。


「トゥエナ、どうしてここにいるんだ?」


 後ろで司祭様と職員さん、万が一の守衛さんが見守っている中、トゥエナちゃんは首をかしげた。


「えっとね、狐のお姉ちゃんたちが楽しいところがあるって教えてくれて、お泊り会しよって! 明日帰ろうねって約束だったんだよ」


 狐のお姉ちゃん? お泊り会? よくわからない。


「トゥエナちゃん、おばさんたちが心配していたよ」


 不思議そうに首を傾げた。


「狐のお姉ちゃんたちがおばあちゃんには教えておくからねって……」


 あまりよくない人、人と言っていいのかわからないけれど。そんな存在な気がする。狐のお姉ちゃんたちは。


「ああ、あの狐娘たちですね」


 職員さんが呆れたように言った。職員さんは知っているようだ。


「狐娘?」


 ルイカが尋ねる。職員さんはうなずいた。


「はい、首都に昔からいる双子の化け狐ですよ。いたずらばかりしていて手を焼いていましたが、誘拐までとなると無視もできません」


「あのふわふわした感触はまさか……」


 職員さんがおそらく肯定の意味で肩をすくめた。なるほど、例の彼女たちが逃げていたところにルイカの足が当たったんだ。


「彼女たちと私たちでは感覚も違いますが、一度話し合いの場を持たなくては。魔術師組合にも話を通さなくてはね……似たような者を多数抱えているので慣れていることでしょう」


 あ、魔術師組合の悪口だ。神殿と魔術師組合は中々仲が悪いみたいで、皆大人だから表立ってあからさまに嫌ったりはしないけれど、時折嫌味や悪口は聞く。ルイカがむっとしていた。


「お姉ちゃんたち、何か難しい話をしているね」


 トゥエナちゃんが眠そうな目をこすっている。彼女にとってもう随分と遅い時間だ。普段なら寝ている時間だと思う。


「ごめんね、トゥエナちゃん。ごめんなさい、トゥエナちゃんを……」


 どうしよう。そういえば職員さんたちはトゥエナちゃんの家を知らない。


「僕が案内するので、ついてきてくれませんか」


 ルイカが申し出てくれる。わたしを背負ったままで大丈夫なのかな。魔術を使っているのはわかっているんだけど。


「分かりました。彼をついていかせます」


 職員さんが後ろの守衛さんに声をかけた。彼は頷いてトゥエナちゃんを抱き上げる。


「トゥエナちゃん、眠いだろう? おうちに着くまで寝ているといいよ」

「えー、おじちゃん。あたし眠くないもん」


 肩に頭を乗せている。ほほえましいなと思った。


「リティも途中休んでおけよ。疲れてるだろ」

「わたし、そんな歳じゃない……起きていられるよ」


 ぎゅうっと腕の力を強める。本当は、とっても眠い。トゥエナちゃんの無事が分かって緊張が解けて急に眠たくなった。それに合わせて頭痛や倦怠感も強まっているけれど。


「眠たい時の声だ。ほら、落としたりしないから」


 子供をあやすような言い方。理由はわからないけれど、その言い方が好きだ。眠るか眠らないかは別にして、いったん目を閉じる。

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