雫は落ちて 1
もうすっかり冬になった。女神様と彼女の恋人の神様がひと時離れ離れになって再会を待つ季節。あんなに綺麗な赤や黄色だった木々の葉っぱも落ちて、寂しい雰囲気だ。
この辺りは雪が積もることはないらしい。もっと北の地方に行かないと。でも、舞うくらいなら時折あるから楽しみにしているといいと祭司様が言っていた。
「寒いね」
手袋や上着で暖かくしていても寒いものは寒い。ルイカは手袋をしていないけれど大丈夫だろうか。彼曰くなんだかむず痒い感覚になるからつけていないのだと言っているけれど。
「冬だから仕方ない」
学年末試験が近いからか彼の鞄は本でぎっしり詰まっている。そうか、もう一年なんだと思う。結局、この一年でわたしは学校で何を学ばせてもらうか決めかねていた。
医療魔術は向いていないとジードルにばっさりと断言されてジードルやララとリリが行っている勉強会から破門されてしまった。
一つ提案されたのが伝達魔術。魔術による様々な情報の伝達を目的とした魔術のジャンルらしい。音の情報や文字や絵などの平面の情報、それに空間自体の情報と色々あるらしいけれど、それが性格的に向いているのではないかと教えてくれた。
だから、もう少し悩んで春に教授に伝えてみようと思っている。
「そっか。商店街も冬支度をしてるよね」
商店街に並ぶものが寒さに備えるものだったり、乾いたものだったりと冬を感じている。それでも緑の野菜もまだ並んでいて、魔術による温度管理のすごさを思い知る。……当然、手間がかかっているから値段はなかなかするみたいだけど。
そんな中でも今までと変わらない食事を用意してくれているのだから、神殿の皆には感謝しきりだ。
いくつか店舗を見ていて、違和感を覚えた。そういえば、どの店にも店員がいない。「少し出ています」の書き置きばかり。食料品店のおばさんはどうしているだろう?
「ルイカ、おばさんのところに寄ってみてもいい?」
「いいけど。今日作るか?」
ちょっと期待しているような視線を向けられて申し訳なくなる。二人でだったり、何人かであったり。とにかくたまに何か料理やお菓子を作るとき、回を重ねるごとになんだか楽しそうな姿を見せてくれるようになった。
二人きりで作る時が一番嬉しそうな気がするのは、きっとわたしの願望だ。
***
「おばさん、いますか?」
いつもの食料品店へと足を運ぶ。人の気配はあるけれど、重く沈んだ空気だ。
「リティちゃん。ごめんなさいね、今日は閉めてるの」
目が腫れたおばさんが出てきた。何か嫌なことが起きている予感がする。
「そういえば、トゥエナちゃんは今日はいないんですか?」
いつもわたしが来たときは顔を出してくれるけど、今日は見当たらない。お父さんやお母さんについていっているのかもしれない。
「……それがね、昨日から帰ってきてないの」
どうしたんだろう。トゥエナちゃん位の子が一日家に帰ってこないのは、普通のことじゃない。何かが起きている。
「……警備隊には」
ルイカが尋ねた。
「動いてはくれているのだけど、あまり人員が割けないそうで」
首都は都市の規模を考えると治安のいいほうだ。でも、殆どは私設の部隊を持っているとはいえ、王族や高位の貴族の住むエリアがある。警備隊の負担はきっと相当なもので、それはどうしようもないことなのだろう。
「そんな」
「どうして……トゥエナ……」
おばさんは話していてトゥエナちゃんのことをまた考えたのか、ハンカチで目元を拭う。彼女の楽しそうな笑顔が頭に浮かんだ。どうにかして、見つけないと。
「わたしも手伝います!」
おばさんは首を振った。
「駄目よ。こうして見つからないということは危ないことに巻き込まれたのかもしれない。もしそうなら、あなたたちも……」
それでもと言おうとして、ルイカに遮られた。
「リティ、言うとおりだ。これで僕たちまでトラブルに巻き込まれたらトゥエナを探す妨げになる。君は巫女なんだ」
言いたいことは分かる。多分、わたしが何か、よくないことに巻き込まれたらトゥエナちゃんを探してくれている警備隊の人たちは、皆わたしの方に力を注ぐだろう。
……ひどい話だと思う。どう考えても急がないといけないのはトゥエナちゃんなのに。
「……わかった。おばさんも、皆さんもお気をつけて。トゥエナちゃんが見つかりますように」
「ありがとう、リティちゃん」
おばさんはもう一度ハンカチで涙を拭った。昨日からいなくなっているのに、何も気づけなかったことが悔しい。
ルイカに手を引かれて、やっと足が動いた。長い帰り道、何も話すことがない。話せない。自分の中だけで言葉がぐるぐる回っている。
***
夕食を食べる気になれなかった。皆と話す気にも。帰ってから、ずっと部屋にこもっている。トゥエナちゃんは今、何をしているだろうか。泣いているんじゃないだろうか。そもそも、まだ……。嫌な考えが頭に浮かぶ。
わたしには、何もできなかった。なんとかできる力があるだなんて思ってはいない。でも、彼女を助ける手助け一つできないなんて。
できるのは、祈ることだけ。誰に祈ればいいのだろう。何に願えばいいのだろう。それすらわからなかった。だから、彼女に助けを求める。
豊穣と癒しの女神様。もしかしたら私の司ることじゃないと困らせてしまうかもしれないけど、すがれるのは彼女しかいない。
わたしと一番つながりの強い女神様。どうか、トゥエナちゃんを助けて。それが叶わないのならせめてわたしに彼女を助けられる力を。
そう、もう何度も繰り返した祈りと願いを捧げた時。
――どこかで、雫が落ちる音がした。




