灰色のあの娘 3
皆への挨拶はひとまず後回しにして、支えながら彼の部屋に行く。部屋に着くや否やルイカはベッドに腰掛けていた。
「汗がすごいね。着替えないと今度は風邪ひいちゃうよ。もう寒いから」
そう、もう秋も深まっている。しっかり温まらないと風邪が怖い。続けて風邪をひいてしまったら、あまりにも可哀想だ。
「分かった」
そう言って立ちあがろうとするのを制する。動くのはあまり良くないと思う。熱も出ているようだったし。
「わたしが持ってくる。どの引き出しにあるか教えてね」
言われた通りに引き出しを開けて寝間着を取る。そういえば彼がそれを着ている姿を見たのはほんの数回くらいだ。ちゃんとした人だと思う。
「あ、下着……どうしよう」
そこまで考えが回らなかった。自分の鈍さにがっかりする。よく考えたら、ルイカに任せた方が彼も気楽だったかも。
「大丈夫」
「ごめんね」
謝りながら寝間着を渡して、彼が着替えられるように部屋を出ようとする。呼び止められた。
「ありがとう」
弱った小さな声。振り返ったわたしは少しだけ困った顔で微笑んで手を振った。あとで夕食も持って上がらないと。
***
「あはは、やっぱりご飯は美味しいわ!」
夕食を食べる。昨日ぶりに会うリリが楽しそうにお肉を頬張っていた。元気になったようで何よりだ。
「リリ、わたしの分も食べる?」
とても幸せそうに食べるから、お肉が残り少なくなった彼女に譲ろうとした。快復祝いと言うと大袈裟になるけれど。
「ええ! いいの!? 今度またお返しする!」
リリはお皿を受け取ってお肉だけ移したあと、わたしにまた返してくれた。お皿に残った野菜をぱりぱり食べる。
「キャトラは大丈夫だった? あの後」
綺麗に切り分けてから上品に少しずつ食べていたキャトラがわたしを見た。
「ええ、心配ありがとう! すっごく眠くてほとんど寝てた以外はね」
「夕方ごろには起きてきて、こんな感じですよ」
キャトラの言葉にノイラが付け加える。顔色もいいし、多分彼女はそこまでひどくなかったのだろう。
「チィは?」
「問題なーし。ぼくは特に何も無かったよ。ちょうど壊れた、壊れてない。体調が悪い、悪くないの間だったみたいだね」
言葉通り、チィは元気そうで様子も変わらない。良かった。一体何だったんだろう。
「まあ、安心してほしい。魔術師組合に調査を頼みましたよ。すぐに理由がわかります」
ティトラスが会話に入ってくる。トリカさんの働いているところだ。こんなこともやっているんだなと驚いた。と、いうよりは正直なところ何をやっているのかを知らない。
「うん、そうだといいよね……うちたちに攻撃を仕掛けてきた、ってわけだもんね……」
コルネーヤが不安そうに言う。そうか、そういうことになるのか。急に背中が冷えた。
「攻撃しようと思って、じゃないかもしれないわよ? 呪いの類って意識的に魔術として操れるのもあるけど、無意識にっていうのも多いから。無意識の呪いが一番迷惑なんだけどね」
専門に学んでいるキャトラには悪いけれど、呪いは大抵の物が程度の差はあれど迷惑な気がする。
「困ったものだよね」
ソーチャが皆より一足先に食べ終えたキステットにデザートを取り分けながら困ったように言う。ソーチャはいつも優しいし、親切だ。
「……何も、起きないと良いのですが」
そんな中、セラは目を伏せて呟く。皆同意しているけど、わたしはあの、セラの様子がおかしかった日をふと思い出して一瞬動けなかった。
***
もう少し談話室で、の誘いを申し訳ないけど断って、氷とスープを持って二階に上がる。冷やしてあげたらちょっとは気分が良くなるかも。
それに、ずっと何も食べていないからスープくらいは飲まないと余計に体調を悪くしてしまうと思う。
氷枕を腕に乗せて抱えて、空いた手でノックした。小さな声でどうぞと聞こえたから部屋に入る。
「どう? ちょっと良くなった?」
「最初からそんなに悪くない」
その様子はどう見たって強がりだ。苦笑する。
「ねえ、起きられる? スープ飲もうよ。お腹空いたでしょ?」
いらないと言われてしまう。彼の気持ちは尊重したいけれど、今回はちょっと話が別だ。
「早く良くなってほしいな。だめ?」
膝をついて視線を合わせた。少し首を傾げる。
「……分かった。ちょっとだけ」
渋々体を起こしてベッドに座ってくれた。体がだるくなったのか足をぶらぶらさせている。多分彼は自分で飲めると思うけれど、不謹慎な思いが頭をよぎる。
「ね、ねえ、一人で飲める? わたし、手伝おうか?」
冷たい目。なんでも無かったかのように笑っておく。どんな意図で言ったことなのか、気づかれていませんように。心配性でお節介なリティが出てしまったのだと思っていてほしい。
「大丈夫。これぐらい自分でできる」
カップに入れ替えたスープを渡す。もう一度手で触れた感じでは大分ぬるくなってきたようだから、飲みやすいかなと思って一応持ってきていたスプーンはそのまま机に置いておいた。
そばで飲んでいるところを立ったまま眺めていると、彼が呆れたようにちらりと見た。
「心配しなくてもちゃんと飲むって」
「そう? 本当かな? ……まだ何か食べたいものがあったら教えてね。もらってくるよ」
少しだけ冗談っぽく、子供に向けているような口調で尋ねてみる。あまりぴんときていないようだ。気づかれないうちにすぐに元に戻す。
「ううん。もういい」
確かに、あまり食べ過ぎてしまうのも疲れた体には負担があるのかも。リリは珍しいケースとして考えないといけないな。
「明日には良くなるかな」
不安そうな声の、弱気なルイカ。珍しい。明日がお休みの日だったらよかったんだけど、いつも通りの日だ。
「リリももう元気だったし、すぐに良くなるよ」
しゃがんで見上げる。安心してもらえたら嬉しいな。
「……うん」
空いた側の彼の手をそっと両手で包んだ。手から伝わる温度で、さっきよりも確実に熱が引いてきていると気づく。これならきっと明日には良くなるだろう。




