灰色のあの娘 2
お手洗いに行っていたからルイカより少し遅れて食堂に降りてくると、ちょっとした騒ぎになっていた。それに、リリが見当たらない。
「ね、ねえ、どうしたの?」
「ぼくの工具が真っ二つになった。じいちゃんのお古だったのに」
チィがむすっとした顔で突っ伏している。おじいさんの。それは大変だ。お金で買えるものじゃない、大切なものだ。
「じいちゃんにまた買ってもらうよ」
新品の方がいいし、という呟きが聞こえた。……あ、いいんだ。さすがチィ、技術者らしい考え方。壊れたこと自体が嫌だったのかも。
「私もー。水晶玉が粉々よ。わざわざ輸入したのに。そんなのってあり? ま、粗悪品掴まされただけね。きっと」
キャトラもどこかだるそうに背もたれに体を預けている。水晶玉、工具、眼鏡。偶然とは思えない。そうなるとリリが心配だ。
「リリはどうしたの? いないよね?」
ララが辛そうな顔をする。嫌な予感がした。
「寝込んでるわ。リリのナイフも壊れて……リリも体調が悪くて……何なの、これ」
そんな。心配だ。寝込むなんて余程のことだろう。いよいよ何かが起きている気がする。
「他の三人はどうなんだよ。何か壊れたり」
ルイカが尋ねる。でも、ソーチャもジードルもティトラスも全く心当たりがないようだ。じゃあただの偶然? でも……。
「おれの予想だと守護魔術師全員に何かしらの妨害があって、うまく返せたのがおれたち、返せなかったのが物が壊れた組だと思ってるんだけど」
ジードルが足を組みながら予想を話す。
確かに、壊れなかったのは四年生組だ。それに、リリが一番年下だから負担が重かったと考えるとしっくりくる。
「あ、やっぱそう? 私もそんな気がしてたの。……あーあ。なんかだるいから今日休むー」
キャトラも同じ結論に至ったのか、急に弱ったような声で机にごつんと額をぶつけた。ノイラはそのことに口を挟まない。彼女も、キャトラの体調がすぐれないこと自体は把握済みなのだろう。
「ルイカとチィは?」
二人もどこか体調が悪いかもしれないと思って尋ねてみる。二人とも平気だと言っていたけれど、いつも通りのチィはともかくルイカの方は少し違和感があった。
多分大丈夫だとは思うけれど、一応聞いてみる。
「ルイカも休んだ方がいいんじゃない?」
「嫌」
こんなに短くはっきり返されてしまったら、もうどうしようもない。わたしに出来るのは時々気遣いながらついていくことだけだ。
***
屋上庭園で一人、パンに野菜と肉を挟んだお昼ご飯を食べる。植物に覆われた端っこのベンチだから、誰も来ないだろう。何となく人と楽しく話す気分ではなかった。
お昼前の最後の講義。いつからなのかはわからないけれど、体調が悪くなったようでルイカはずっと片手で頭を支えていた。心配して声をかけても大丈夫の一点張り。
午後からの講義は丸ごと実技だから、それをどうしても受けたいのかもしれない。彼は実技が苦手だとよく言っている。
せめてお昼ご飯ぐらいは食べようよと誘ってみたけれど、無言で拒否された。これじゃ実技もちゃんと受けられないと思う。そうなったらこんな仕方ない状況でも、きっと彼は自分を責めるだろう。そう思うと鳩尾のあたりが重くなる。
「こんにちは。お嬢さんは一人?」
女性にしてはほんの少しだけ低い声。どこかで聞いたことがあるような。でも、思い出せない。
顔を上げた。目の前には女の子、制服を着ているから多分そうだと思う。それくらいでしか判断できないほど大人びた子がいた。
黒を混ぜた灰色、いや、ほとんど白の長い髪、同じくらいの薄い灰色の目。
四年生なのかな。
「うん、そうだよ」
「お隣いい?」
女の子がにこりとして聞いてくる。勿論、ここは皆の場所だから拒む理由なんてない。できれば一人がいいな、くらいだったし。
「うん。どうぞ」
少しだけ大胆に女の子は座る。わたしを見て、私はお淑やかじゃないんだと笑った。かっこいい。
「多分、リティだよね。巫女の。いつも……同じ男子学生といるからすぐに分かった」
名前まで当てられてちょっと驚きながらも頷く。彼女は嬉しそうにはにかんだ。なんとなく、嬉しいだけじゃない感情があるように思えた。
「巫女は楽しい? 学校は?」
年下の子に聞くような、お姉さんの言い方。やっぱりわたしより年上なのだろう。
「どっちも楽しいよ。皆優しい人だから」
何の偽りもなく、巫女の皆も、守護魔術師の皆も、学校の皆もこんなわたしでも楽しく過ごせるように優しくしてくれている。
でも本当は、巫女でいることに少し後ろめたさもある。能力を使えないままここにいてもいいのかとか、どうにか能力が使えるようになりたいとか。
でもそれを伝えられても困るだろうと思って、伏せておく。彼女は小さな声で皆とだけ呟いていた。色々と不思議な人で、よくわからない。
「そういえば、どう呼べばいいのかな? ごめんね、聞いてなかった」
せっかくわたしのことを知ってくれていたのだから、わたしも彼女のことを知りたい。そう思ってまずは名前から尋ねる。
「セルヴィニア。あとはぜーんぶ秘密。またいつか教えてあげる」
セルヴィニア。結構古風な名前だと思う。あまり若い人には、というか現代ではほとんど聞かない感じだ。
全部秘密なのは残念だな。でも彼女には彼女なりの理由とか、事情とか、気分とか、そんなものがあるのだろう。
「セルヴィニア。素敵な名前だね。名前をつけてくれた人は歴史が好きだったのかな」
セルヴィニアは一度首を傾げて考えていたけれど、何かに思い当たったようでにっこりとした笑顔で頷いた。
「リティという名前にもきっと、素敵な願いがあると思うよ」
そうだったらいいな。もうその意味を知ることはないけど、愛情のもとに生まれて、この名前を授けられたのだと信じたい。
「ありがとう!」
ちょっとだけ寂しい気持ちになったから、それを忘れられるようにいっぱいの笑顔でお礼を言う。真実を知ることはもう叶わない夢だから、今、側にいるたくさんの大切な人たちを大事にしていこう。
「リティ、それでね……」
巫女や守護魔術師以外の女の子とあまり話すことがないから新鮮だと思いながらセルヴィニアの話に耳を傾ける。彼女さえ良ければ、もっとお話したいな。




