灰色のあの娘 1
試験が終わって、皆と一緒にわーいと両手を上げる。後は冬に行われる学年末試験だけ。その開放感からなのだろう。……レポートだってたくさんあるけれど。
横のルイカを見る。俯いていて、表情が読み取れない。掛ける言葉を探しておろおろとする。
「おーい、ルイカ。試験の結果見せて。俺、こんなんだったけど」
いつもの彼がひらひらと回答用紙を振る。わたしよりも、ちょっと高いくらい。ううん……それってあまり良くない結果だ。わたしが言うのもおかしい話ではあるけれど。
隠そうとする一瞬前に取り上げられていた。大丈夫だろうか。心配だ。
「何だ、俺より全然イイじゃん。何補習待ちみたいな顔してるんだよ」
こっそり覗き見る。順位で言うと真ん中よりちょっと上くらいの成績。わたしなら大喜びだ。
「返せよ」
とても、機嫌が悪い。机に伏した体勢で腕に顎を乗せたまま彼を睨んでいる。そんなことは意に介さずに男の子は解答用紙を読み込んでいた。
「いいの? 怒ってるよ」
小さな声で男の子に話しかける。いいんだよ、と返された。
「何でこれこっち解けて終わりの方の易しいのは解けてないんだろ」
「分析なんていらないから返せって」
あまり良くないことかもしれないけど、もしかしたらルイカにはこうやって同じ年頃の男の子とまっすぐにぶつかる機会が必要なのかも。何となくそう思う。
「これアレだな、難しい問題で時間を食って簡単な問題まで手が回ってない。全部答えなきゃいけないんじゃないんだぜ? 面倒なのは後回しにするのもアリ」
なるほど。終わるころにすごく焦っていた気配は何となく感じていたから、それは的確な解析かもしれない。
「いい点取らなきゃって肩に力が入りすぎてるんだよなぁ。別にいい点取らなきゃ怒られる訳でもないのにさ」
そうか、ご両親やトナさんは魔術についてほとんど全く知らないそうだし、トリカさんはトリカさんで弟を含めた全ての他人の成績に興味がなさそう。
「怒られるとか怒られないとかどうでもいい。僕が納得いかない」
イライラとしているルイカの様子を見て彼は肩をすくめた。気持ちはわかる。もっと力を抜いていいんじゃないかな。
……そう言えば、あの時のマッサージは気持ち良さそうだった。またやっていいか聞いてみよう。力の入っていないルイカはいつもより可愛い。だからまた見たい、という目的もあるけれど、それは誰にも秘密だ。
***
次の日の朝、ちょっと早すぎるかなといつもよりゆっくりと髪を梳かしていた。今日は何をしよう。
「いっ……!」
カタンと音がした後にルイカが痛そうな声を上げた。何があったのかな。心配だ。
「大丈夫? ルイカ」
恐る恐るドアを開けてベッドの上の彼を見る。目を細めて何があったのかを確認しているようだ。手のひらを切っている。びっくりして駆け寄った。
「ルイカ! どうしたの!? 血が出てる!」
慌てて近づいて、状況が理解できた。ベッドボードに置いていた彼の眼鏡が割れて、それに気付かず破片に触ってしまったのだろう。……どうして?
「知らない。こんな割れ方するっておかしいよ。あの爺さんが作ってるのに」
会ったことはないけど、彼がそこまで言うならきっとすごい人なのだと思う。一体何が起きているのだろう。
「でも、ほら。魔術で直せないの?」
深くため息をつく。多分無理そうだ。
「こういう医療器具……みたいなのは下手に弄ると危ないだろ? だから使えない様に保護がかかってるんだよなぁ……」
最後の方はまるで自分に言うようだった。なかなか見られない落ち込みっぷり。でも、視力を一時的に何とかできるみたいなことを言っていた記憶がある。
「見えづらさは魔術でなんとかなるんだよね?」
「勿論、当然。……うん」
歯切れが悪いけれど、そのことに触れたら怒られてしまいそうだ。
ルイカが深いため息をついて、瞬きをした。細めていた目がしっかりと開く。ああ、魔術を使ったんだと分かった。
でも、それでも目頭を押さえている。本当に大丈夫なのかな。それに手にガーゼか何かを当てておきたい。部屋に戻って探そう。
――当然だけど、救急箱はない。それなら、ハンカチはどうだろう。まだましなはず。ハンカチを手に取ってまたルイカの部屋へ帰ってきた。
「これでも大丈夫? 洗ったばかりだから綺麗だよ」
首を振る。嫌だったのかな。
「僕の、自分のでいい。血が……」
こんな中で綺麗な布を探すのは難しいんじゃないかな。それにわたしはこのハンカチが使えなくなっても、誰かのためだったならそれは正しいことだと思う。だから気にしない。
手をとってぎゅっと手のひらにハンカチを押し付ける。片手で押さえて貰えばいいんだと気づいて、手を離した。意図を察してくれたのか、俯いて自分の手で押さえている。
こんな調子だと勉強会は無理だ。それに、何だかあまり元気がなさそう。体調が悪いようには見えないけれど。
「今日は朝の勉強、お休みしない? きっと学校の途中で疲れちゃうよ」
顔を上げて驚いた顔でわたしを見る。しばらく迷っているようだったけど、ようやく頷いてくれてほっとした。
それでも、皆が起きてくるまでには時間がある。ゆっくり話そう。
「ねえ、ベッドの横に座ってもいい?」
テーブルで向かい合っておしゃべりも楽しいけれど、なんだか今日は並んで話したかった。小さく頷いてくれたから、喜んで隣に座る。
さあ、何から話そう?




