君の夢を見る
講義が始まるのを筆記用具を並べてぼーっと待っている。テキストを読めばいいのかもしれないけど、今日は少し頭が疲れてしまっているみたいだ。
「リティ!」
女の子が手を振ってこちらに来る。彼女は今のようにいくつか講義が被ることがあって、その時話をすることがあった。
「どうしたの?」
小さな香水瓶を見せてくれた。量産品のシンプルな瓶の中にはピンク色の香水が少しだけ入っている。きらきらしていて綺麗だ。
「これ、なに?」
女の子が香水瓶よりもきらきらした顔で胸を張る。
「私が開発した、夜付けるだけで”好きな人の夢が見られる”香水よ! なんとなく知り合いの子に配ってるの。よかったら効果聞かせてよ」
ちょっと困ってしまう。ぜひ協力してあげたいけれど、そういうことはそういうことだ。本当に夢に見てしまったらどうしよう。
「無理にとは言わないから、気が向いたらでいいの」
後ろからしなやかな腕が彼女の首に巻き付いた。
「なーに? 何何? 話は聞いてたけど」
「キャトラ? どうしているの?」
キャトラがひょっこりと顔を出す。これは確か二年生に割り当てられた講義のはずだ。
「落としたのよー、去年。それにしても面白い香水ね。効果のデータが集まり次第取引しない? 高く買うわよ」
落としちゃったんだ。
……キャトラは何かよくない取引を始めようとしている気がする。学生が手を出すとちょっと怒られてしまうような。
占いで色々しているとは聞いているから今更なのかもしれないけど。多分、法には触れていないし。
「いいわよ、期待しててね?」
二人が色々と話しているのに混ざれなくて、そっと蓋をあけて香りを嗅いでみる。甘い香りだ。重いタイプの甘さではなくて、瑞々しい花のような。
効果関係なく好きな感じの香りだと思う。普通の香水なら使ったのにな。
「ルイカ、どう思う?」
興味が無さそうに一連の流れを見ていたルイカに聞いてみる。あまり触れられたく無さそうだったけど。
「興味ない。偶然じゃないの」
そうなのかもしれないけど、夢ぐらい見てもいいと思う。夢だけに。
***
夜、香水をテーブルの上に置いてころころ転がしていた。使おうか、使わまいか。“彼”の夢は見てみたいけど、ちょっと怖い。
「ただいま」
タオルで頭を覆ってルイカが入ってくる。毎回髪を結び直しているから律儀だなあと思う。女の子のわたしですらお風呂上がりはもういっか、となってしまうのに。
「おかえり。いいお湯だった?」
「ま、いつも通り」
うん、そうかなとは思った。視線が香水に移っているのがわかる。
「気になる?」
「ん……そうだな……仕組みは気になる。ある程度予測はついているんだけど、うまくいくとは……」
そっちか、と思った。彼が使ったら誰の夢を見るのだろう。……わがままだけど誰の夢も見てほしくない。それに、すごく、すごく欲張るなら一番は——
「どうした? 眠そうだけど」
慌てて否定する。ちょっと考えていただけで、まだ眠くない。
「なぁ、これ使ってみてもいい?」
少しびっくりする。急にどうしたのだろう。ちょっと怖いけど、断るのは自分勝手だ。
「うん、いいよ。どうしたの?」
「試してみたくて。効果があったら面白い」
ちくりと胸が痛む。効果があったらなんて、心当たりがある誰かがいるということだから。でもそれは彼の自由だ。彼が誰を好きで、誰を嫌いかは彼だけのもの。
「そ、そっか。効果あるといいね」
「無くてもいいけど」
多分わたしは困ったような表情をしているだろう。わたしの不安なんて当然気にした様子はない。それでいい。
もう手に取って手首につけている。早いな。勇気を出して、少し変なお願いをしてみる。
「どんな匂いなのかな? ちょ、ちょっと試しに嗅いでみてもいい?」
「ん、分かった」
わたしの下心なんて気付かないようで、わたしに腕を近づける。そっとにおいを嗅ぐ。
石鹸と香水の香りの奥の奥の方に、彼のにおいが薄く残っているような気がしてどきどきする。
変な人だなという目で見られた。自覚はある。だって、顔が熱いから。
「ええっと……あ、わたしもつけてみようかな」
テーブルに戻された瓶を手に取って少しだけ付ける。やっぱり、少しだけ違う。そこまで鼻がいい自覚はないからやっぱり気のせいかもしれない。
***
とても暖かい。何もかけていなくても、全く寒くないほど。それに多分、わたしはふわふわのマットに寝転んでいる。
しっかりブランケットをかけたはずだからと夢だと気付いて、目を開けようとしても開けられない。体も動かない。ただ、真っ暗な中が心地いい。
背中側に人の気配がする。わたしの髪をずっといじっているようで、時々少しだけ引っ張られる感じがある。
頭皮に触れる指には覚えがあった。すらっとしていて骨ばった指。ああ、彼だとわかる。正体が分かってほっとした途端、また眠りが一段階深くなった。
***
ルイカは女の子を見つけ出したようで、香水瓶片手に怒ったように向かっていった。夢は見ていないと言っていたのにどうしてだろう。
今朝、わたしを見て申し訳なさそうにしていたのに関係があるのだろうか。なんとなくそう思った。
急にキャトラに後ろから抱きつかれる。後ろを取るのは彼女の癖なのかも。
「おはよ。朝ぶりね。あれダメよ。聞いて回ったけど効果ないみたい」
キャトラも既に情報を得ていたようだ。やっぱりそうだったのかと思う。二人とも見ていなかったから。
「やっぱりそう? わたしも見なかったの。覚えていなかったのかもしれないけど……」
「ちょっとクレーム入れる?」
苦情を言うつもりはないけれどついて行く。女の子は渋い顔をしていた。
「効果はぼかさず伝えてくれよ。色々困るだろ!」
なんだろう、効かなかったとは思えない言い方。キャトラも呆れている。
「あれ、効果ないわよ。多分。それは香水関係なくあなたが見た夢じゃない?」
キャトラの言葉を聞いた途端、ルイカの表情が固まる。しどろもどろになりながら謝っていた。女の子は気にしてなさそうだ。
「ルイカ、瓶返さないと」
ルイカが返そうとしたら女の子は首を振った。
「効果ないみたいだし、良いわよ。なんか変な気持ちになるし……あげる」
「いいの? ありがとう!」
ルイカも持て余していたようだから、わたしがもらってしまおう。効果が無いなら安心して使える、素敵な香りのただの香水だ。
「どういたしまして。改良が必要だなぁ……」
そう言って女の子は立ち去る。親切な子だと思う。だって、一方的な疑いもかけられてしまったのに。そうだ、聞かないといけないことがあった。
「ルイカは何の夢を見て香水のせいだと思ったの? あと、朝見ていないって言ったのはどうして?」
問い詰めるような口調にならないように気を遣って尋ねてみる。どう見ても覚えていない反応ではなかった。
「君には……えっと、関係ない」
何だか妙な反応だ。違和感を覚えながらも、これ以上深掘りするのはかわいそうだと質問を重ねるのはやめた。




