うとうと君と
魔術師組合と魔術師の歴史の授業。難しい言葉が出てくる割に楽しくない。そんなことは思ってはいけないのだろうけど、今回ばかりは許してほしい。
教授もそれを自覚しているのだと思う。あの手この手で学生の居眠りを阻止しようとしている。
今日のテーマは「魔術師と冤罪」だ。どうやって魔術師組合は魔術師の冤罪を晴らしてきたかの講義。特に魔術師自体の数が少ない小さな村で疑心暗鬼から起こりやすいのだと言う。
「そろそろつまらなくなったんじゃないかな? ここで最新の犯罪調査、その研究について話そう」
人の良さそうなふくよかなおじいさん。彼が担当の教授だ。やっと面白いお話の時間。……比較的。
「魔術師、正確には人を含む一部の生物には魔術を使うための力がある。ここまでは常識だ。で、これはあまり知られていないけれど。その力のかたち……質感とか温感だとかだけど説明が難しいね。それはその個体によって固有のものなんだ。そういえば最近指紋も人によって異なるんじゃないかって論文があったね。そんな感じだと思えばいいよ」
ううん。よくわからない。指紋のたとえで余計分からなくなってしまった。皆同じぐるぐるに見えるけれど……。
「話を戻そうか。鋭敏な部位、心臓だったり、まあ、色々なだね。そこに魔術を使われると感じ取れる人がいたりするけれど、まあ基本的には分からないものだよ。心当たりがある人がいたらまた教えてね」
心臓はわかるけれど、他はどこだろう。指、とかかな。じっと指を見つめた。
「まあ、それを発見すること、数値化することに取り組んでいる人たちがいるんだ。でも後から気付くことのできない一瞬の感知だという意見も多いね」
そこでだ、というと教授は小さな箱を取り出した。本当に、小さな箱。次々に取り出して並べていく。何が始まるのだろうか。
「これはね。手を握ることでお互いの力を感じることができる道具だよ。知り合いが商品化しようとして事業に失敗してね。大丈夫、機能自体は正確だよ。私が保証する。」
さっきまでの説明を聞く限りではすごいものに思える。そんな道具なのに、なぜ失敗したのだろうか。
「それじゃ、二人組になって。……ああ、奇数か」
「あ、じゃあわたしは……」
辞退しようとしたのを教授に手で遮られた。
「大丈夫だよ、リティさん。左上の仲良しお嬢さん方、三人組になってくれる?」
はーい、と快い返事がした。声がぴったりそろっているから、本当に仲良しだったのかも。彼は学生をよく見ている人だと思っていたけれど、その通りだった。
じーっとルイカを見つめる。可能なら、ルイカ相手のほうが安心する。一方で彼は近くの席から相手を探している。でも、ほとんど女の子で手詰まりのようだ。
「リティちゃん、俺と組む?」
上から声が降ってくる。派手な格好をした男の子で何度か話したことがある。彼はにぎやかで楽しい人だ。中央の一番後ろの席にいた覚えがあるから、席を大分移動してきたみたい。どうやらルイカはわたし含めた女の子と組む気がなさそうだし、頷こうとする。
「待ってくれよ。……えっと、彼女は巫女だ。君より僕と組んだほうがいいんじゃないのか。何か異変があるかもしれないし」
何というか、さっきまで別の相手を探していたのにどういう風の吹き回しだろう。理由は納得できるものではあるけれど、言い淀み方に行き当たりばったりな印象がある。
「おー、そうかもな。また何かで組もうよ」
「うん、ごめんね。誘ってくれてありがとう」
誰にするかな、と独り言をつぶやきながら彼は席に戻っていった。わざわざ来てもらったのに少し申し訳ない。
「……ごめん、いきなり。でもそうだろ? わからないもんな」
「あ、うん……そうだね……」
少しだけ、変な空気だ。
***
教授から小さな箱を受け取ってきた。からんからんと音がする。中に入っているものが要なのだろう。
「それじゃあ箱を挟み込むように手を握って。三人組の子たちは交代で試してみてね」
ルイカの手を握る。彼の指がそっと動いて絡めてきた。びっくりして手を引っ込めようとしたけれど、いたって真剣な顔だ。だから、きっと真面目な理由があるのだと思ってそれを受け入れる。
「嫌だったらやめるけど。放そうか」
「あ、ううん。大丈夫だよ。何か理由があるんだよね」
こそこそと話す。彼は密着させることでより強く感じ取れるのではないかと考えていた。せっかくの機会だから、分かりやすい結果が欲しい気持ちはよくわかる。かもしれない、よりは。
「じゃあ、その箱に力を込めてごらん。ある程度したら相手に流れ込むよ。気分が悪くなったらすぐに離してあげてね。相性……うん、詳しくは言わないほうがいいね。そんな感じの問題があるから」
教授が言う。詳しくは言えない何かとは何だろう。相手を内心嫌いだ、とかが分かっちゃうのかな。
力を込める。実感があまりない。
「あ、あれ?」
急に体中を風が巡った気がした。冬から春の移り変わりの、冷たい夜の風。冷たいけれど、とても心地がいい。少しの間、この不思議な感覚を楽しんで手を離そうとする。
手が離れない。絡めているから、わたし一人の力ではどうにもできない。
「ねえ、ルイカ。そろそろ……」
「忘れてた。離そうか」
ルイカはぼーっとしていた。もしかしたら、ルイカが最初言っていた通りわたしが巫女だったからかも。
「ごめんね、大丈夫? わたしのせいで何か変なことが起きちゃったのかな」
彼は首を振る。違う?
「違う。水が……気持ちよくて、眠く」
水がどうしたのだろう。それに、眠たくなっちゃった? 難しい。
「それじゃ、皆離したね? 三人組のお嬢さんたちはもう一回やってみてごらん。待っている間、お互いがどんな感じだったか紙に書いて交換してみよう」
うまく表現できるかわからないけれど、きっと知りたがっているから頑張って書いてみよう。しっかりと手を握った甲斐があった結果だと、わたしは思った。
***
夜、自室で。ベットに寝転んでルイカが書いてくれた紙を読み返す。人肌の液体、眠たくなる。彼らしい簡潔な文章だけど添えられた感想がうれしい。
わたしも、うとうととしてきた。紙を大切にベッドサイドにおいて、明かりを消す。じっとしているとまだあの風が体に残っている気がした。冷たい風だけど、それごと一緒に暖かいブランケットに包まれているとどこか安心する。




