泉の娘とペンダント 2
あの後、簡単な自己紹介をして集合場所を決めてからひとまず解散した。そして、講義も終わって喫茶店にわたしたちはいる。
目の前でアニモさんがうきうきとした様子でいつ話しかけようかタイミングを伺っていた。
「わたしの自信作なんですよ。リティさん的にはどうですか!」
「とっても気に入りました。見ていると心が安らぐんです」
二人で微笑み合う。わたしも、こんな素敵なペンダントを作った人に会ってみたかったから、この出会いは嬉しかった。……そういえば、女の子を口説きがちなのは本当なのかな。
「嬉しい! この曲線はですね……」
専門的な用語と彼女の独特な感覚での説明でよく分からないけれど、本当にこのペンダントを丁寧に、大切に作ってくれたのは感じ取れた。そっとペンダントに触れる。
「あの、不思議なことがあったのだけど、心当たりってありますか?」
「え、何ですか? 何だろう……」
見つけた時にぽつりぽつりと水の落ちる音がしたのを伝える。アニモさんは怪訝そうに首を傾げていた。
「んー、心当たりないです! そんな魔術入れてないですよ。むしろ、音がしないようにしたまでありますから」
でもそれなら、わたしが聞いたあの音は何なのだろう。謎が深まるだけだ。やっぱり魔術は曖昧で不安定な面のある技術だから、ただの偶然なのかもしれないけれど。
「……フェーユ兄さん、あのこと言っていいですか?」
何かを思い出した顔をした後にひそひそと二人が話し合っている。俺が連れて行ったのは言うなとかなんとか。何の話だろう。気になって耳を澄ませてしまう。
「えっと、実は巫女の泉に浸けてたんです。本当は入っちゃいけないんですけど。協力してくれた人がいまして」
巫女の泉。何だろう。
「まあ、俺たちの集落にある泉だよ。巫女って名前の通りいつかの巫女がなんとかかんとかした、みたいな言い伝えがあるけど、それだけさ」
フェーユさんが言う。どうでもよさそうな口ぶり。なぜ興味がないのに忍び込んだのだろう。
「変なものは何にも無かったんです。とっても気持ちいい場所ではあったんですけど。あ、でもちょっと寂しかったかな。ま、あんな場所にあるから当たり前ですね」
期待する気持ちもわかる。だって、巫女の泉で、巫女にまつわる言い伝えがあって、入ってはいけない場所だ。何かすごいことが待っていそうな気がする。
「それにしてもあの時ペンダントを浸けたのか。全く気づかなかったわ」
「そういえばその時、ぽわっと光ったような気もするようなしないような」
ぽわっと光る。否が応でも神秘的な何かを期待してしまう。そんな不思議なことが起きていたなんて。
「結局それだけです。何かあるのかなって思ったんだけどな。その水の音か関係してたら嬉しいんだけど」
「でも、それを巫女のわたしが今身につけているのって、不思議な感じがします。もしかしたらわたしたちが出会えたのも、泉の導きなのかも」
アニモさんが何度も頷いている。
「そうだったらとっても嬉しいです。忍び込んだ甲斐がありました。……リティさんが大切にしてくれていて、本当に嬉しい!」
「こちらこそ! 出会えてよかったです」
こっそり一度ルイカに笑いかけて、アニモさんの言葉に頷いた。わたしが今こうやってこの素敵なペンダントを作った人の想いを聞けるのは、彼のおかげだ。
「今度いつ首都に来られるか分からないんですけど、もし来れたら、絶対にまた会いましょうね!」
アニモさんは身を乗り出して両手を差し出す。にっこりと頷いて、その手を握り返した。
***
「巫女の泉ですか? 職人たちの村の……?」
その日の晩、ふと思いついてセラに尋ねてみた。彼女は神様や巫女について詳しいから。
「もしかして、正確にはその泉は女神の娘、その三女の泉ではないかしら。いつの間にか口伝えが変わることは珍しくないですから」
位置を考えると、ですけどね。と彼女は付け足した。
「女神様の娘?」
「はい、女神には人との間に一人ずつ、七人の娘をもうけたのはご存知ですよね」
頷く。そのあと、女神様は人の子である娘たちを喪ってしまうのだ。
「三番目の娘には悲恋にまつわる話がありまして。恋人を目の前で亡くした彼女の涙が泉になったと言われているのですよ。神話では」
聞いたことがない。たまに神話を子供でも理解できるように噛み砕いた本を読んでみたりはするけれど。
「知らなかった。そんな話があるんだ」
あくまで多く語られているうちの一つですとセラは微笑んだ。……大切な人を亡くした娘。彼女は、その後どうなったのだろう。
「それからの娘の話をしましょうか。娘は涙が枯れた後もずっと泉に佇んでいたと言われています。そして、それを哀れに思った花と恋の女神が彼女を美しい水晶の花に変えたそうですよ」
救いのない話だと思った。人では無くなる時、彼女は何を思っていたのだろうか。水晶の花は、いつかは朽ちるのだろうか。
「深刻な顔をなさらないで。あくまで一つの話ですから、誰かの誇張や勘違いが元になっていることもあります。……私がこれを言ってはいけませんね、ごめんなさい」
気遣いの言葉をかけられる。そんな顔をしていたのだろうか。
「あ、ううん、大丈夫! わたしの方こそごめんね。聞いたのはこっちなのに……」
「いえいえ、神話を語るのは楽しいですよ。あまり興味のない方ばかりですから、特に。いつでもお気軽に聞いてくださいね。私ももっと上手な語り方を練習します」
無邪気な笑顔を見せてくれた。そういえば、セラのそんな笑顔は初めて見た気がする。大人っぽい、慈愛に溢れるみたいな言葉がぴったりな微笑み方だったから。
そんな笑みを見せるほど、彼女にとって神話は楽しみであり、大切なものなのだろう。また機会を見て聞いてみよう。
そっと、ペンダントに触れながらそう思った。




