夏の二人 5
わたしの胸元までくらいの深さのプール。すぐに上がれるような場所で顔をつけたりちょっと潜ってみたりとぱしゃぱしゃ遊ぶ。よく考えたら、プールって何をして遊ぶところなのだろうか。
「チィさん! そのよく分からないモノを入れるのは禁止です!」
「錆びないから大丈夫だよ」
「ダメです!」
チィが鉄でできた巨大な人形をプールに入れようとして、キャトラに及び腰で手を引かれていたノイラに叱られていた。あれは違う遊び方だというのは分かる。
泳ぐのも、うまく体をコントロール出来ずに人に当たってしまいそうで怖い。というより、わたしは泳ぎ方を知らない。
感覚すら分からないのだから、きっと生まれてから一度も泳いだことがないのだろう。意味もないけれど、こんなところでまた昔のわたしを垣間見た。
「難しい顔をしているね」
さっきまでソーチャとトリカさんの対決を眺めていたジードルが話しかけてきた。難しい顔をしていたつもりはないけれど、もしかしたらそう見えたのかもしれない。
「ううん、泳ぐのってどうしたらいいのかなって」
「おれが教えようか?」
ラッキーだ。きっとジードルなら色々と教えてくれるはず。あんなに運動ができていたから。
いつも頼りになる彼は、泳ぐのが嫌いなようだし。そんなちょっぴりいじけた気持ちを抑え込む。
「いいの? ありがとう!」
***
ジードルが手を離してもなんとか泳げるようになってきた。手を離す度に褒めてくれるから気分がいい。
練習にあたって、どうしても何度か彼の手が体に触れてしまうことがあったけれど、スマートな対応をしてくれて全く不快ではなかった。流石、年上の女の人とお付き合いしているだけはある。
「ちゃんと泳げているよ。覚えがいいね」
プールの縁に座って一休み。といっても、練習はこのくらいで大丈夫かも。ここから先、練習するとしてもわたし一人でなんとかなりそう。
「ありがとう。ジードルの教え方が上手だったからだよ」
にっこりと微笑まれる。勉強に関わること以外では、本当に穏やかな人だ。……勉強、というより医療魔術だけど。
医療魔術が絡むと、彼はとたんに冷たくなる。冷たくなるというのは正確には違うのだけど、なんと表せばいいのだろう。自分についてこられないなら置いていく、みたいな。
きっと、理想が高い人なのだと思っている。流石、特待生だ。
「でも、良かったの? こんなにおれとベタベタしたらルイカが怒るんじゃない?」
首を傾げる。ベタベタ? 特にした覚えがない。
「えっと、ベタベタなんてしたっけ?」
楽しそうに笑っている。うーん、この笑い方には心当たりがある。
「うん、色々触っちゃったし。肩とかお腹とかね」
なるほど。でもそれは仕方がないことじゃないかな。変な喩えになってしまうけど、お医者さんに診てもらうのと同じだ。
「そっか、そんなこともベタベタしたことになるんだね。でも、なんでルイカが出てくるの?」
そう、ベタベタしたかしてないか以前にどうしてジードルがルイカに怒られてしまうことがあるのだろう。彼は関係がない気がする。
「あいつは嫉妬しやすい奴だからね。今だってリティに触るなーって怖い顔してると思うな、おれは」
肝心の理由を教えてもらっていない気がする。どうして嫉妬するのだろう。
「嫉妬? どうして?」
喉の奥で笑っている。嫉妬する理由を聞いても、ルイカに聞いての一点張りで教えてくれない。聞いても何も答えてくれないと思うな、彼のことだから。
振り向いて後ろのルイカの様子を探る。タオルをかぶっていて表情は見えない。嫉妬なんてしているようには思えないけれど。
***
どうしてもジードルの言ったことが気になって、彼と別れた後ルイカに会いにいく。わたしに気づいたのか、上を向いたルイカと目が合った。
「ルイカ、えっと……どう?」
「どうってなんだよ」
不機嫌そうな顔。これはきっと今、わたしに変なことを聞かれたからだ。
「……怒ってない?」
呆れた顔をされた。わたしでもおそらく急に聞かれたらそんな顔をする。聞き方を間違えてしまった。
「なんで僕が怒らないといけないんだ」
「ジードルが怒ってるんじゃないかなって言ってて、気になっちゃった」
ジードルの名前が出た途端むっとされる。やっぱり彼の気のせいだったんだ。
「君が彼と泳ぎの練習をしていたくらいで怒るわけがないだろ」
ジードルが、とは言ったけれどそれが原因なのではないかとは伝えていないつもりだ。推測できる範囲ではあるけれど。
「そ、そっか……! ならよかったの。えへへ、ごめんね」
何か言いたげな表情をしていたルイカが急に立ち上がった。きゃっ、と思わず声に出す。
「……泳いでくる」
わたしの横をすり抜けてプールに向かっていった。時々砂に足をとられるところはトリカさんの弟らしい。……眼鏡をかけたままで大丈夫なのだろうか。
でも、どうしたのだろう。さっきまで泳ぐつもりは無いと言っていたのに。なんだか変だ。
「ルイカ、急にどうしたの?」
追いかけて水の中に入ったルイカに話しかける。うーん。多分、ジードルやわたしに対して怒ってはいないのだと思う。自分自身の何かに腹が立つ気持ちだったり自責だったりが近い気がする。
「うわ、何するんだよ」
難しくてどうすればいいのか分からなかったから、ぱしゃりと水をかけた。流石に怒られる。……ついでに、お返しのつもりなのか水もかけられた。
「きゃっ、びっくりした」
「やり返されるのも考えておけよな」
その通り。また、水をかける。ルイカも結構、容赦ない量の水をかけてくる。
何度もそのやりとりを繰り返していくうちにルイカの表情が柔らかくなってきた気がした。嬉しくなってわたしも足からプールに飛び込む。
「あっちでみんなに混ざろうよ」
水を掛け合うのにも飽きたから、ボール遊びをしている人たちを手で示した。
「僕はいい」
「そんなこと言わないで」
水に入ったから、いつもより冷たい彼の手を引く。水の中は歩くのが大変だ。
振り返ると、ルイカはほっとした表情を浮かべていた。わたしが見たのに気付いたからか、驚いた顔をしていつもの彼へ。
結局彼にまつわる色々な疑問は残ったままだけど、多分これでいい。このままがまだ、心地よい。




