夏の二人 2
日に日に勢いを強めていく日光が今日も降り注いでいる。普段は痛いほどの熱さが嫌になってしまうけれど、今日は逆にわくわくする。水の冷たさを知っているからだろうか。
これだけ日に当たると心配なのは日焼けだけど、前もって塗ることで炎症を抑えるクリームをジードルが調合してくれた。
普通に市販もされているけれど、自分で作った方が安いのだそう。鼻を近づけると微かに柔らかい草の匂いがする。爽やかでいい匂いだ。
楕円のプールの周りにパラソルとマットがいくつも並んでいる。本でしか見たことのない植物も生えていて、本当に違うところに来たみたい。にっこりとしてしまう。
もうみんな水の中で涼んだり、マットで寝そべったりと自由な時間を過ごしている中、きょろきょろと周りを見渡して彼を探した。もしかしたらやっぱりやめた、と部屋に引きこもっているかもしれないと思って。
すぐにパラソルの下で大判のタオルに包まっているルイカを見つけた。外に出ている分マシなだけで、想像とほとんど変わらないかもしれない。
「ルイカ、ここにいたの?」
座っている彼に目線を合わせるように屈む。わたしの顔を見た後、明らかに彼の視線がうろうろとしている。色々と気にしているようなところを見られてしまってちょっと恥ずかしい。
視線に気付いていることを伝えた方がいいのか迷ってしまう。わざとしているならきっと少し怒った方がいいのだろうけど、ルイカがそんなことをするとは思えない。やんわり伝えてみようか。
「ルイカ、どうしたの? どこか変かな?」
はっとした顔の後、ルイカは真っ赤になってそっぽをむく。やっぱり、無意識だったんだ。安心する。
「変じゃない。……ごめん」
小さな声で謝られた。弱々しい声で、よっぽど罪悪感があったみたい。横に腰を下ろす。少し距離を取ろうとしているのがわかった。詰めるようなことをせず、膝を抱える。
「ルイカは泳がないの?」
「泳がない。行ってくれば?」
わざわざ着替えたのにもったいない。着替えただけで彼にとっては大きな一歩なのかもしれないけど。
せっかくだし、泳ぐのはもう少しお話してからにしよう。
「もうちょっと後で行こうかなって。……ねえ、泳ぐ時って眼鏡はどうするの?」
ルイカを改めて見てそう言えば、と疑問に思う。当たり前なんだけど、つけたままだと泳げないし、視力にもよるけど歩く時に危ないし。
「流石に水に入る時は外すよ」
それはちょっと楽しみかもしれない。目を擦ったり目頭を抑えたりする時に一瞬だけ外すのを見たことがあるけど、しっかりと外しているところを見たことがない気がする。
その一瞬だけの彼の顔は、いつもよりトリカさんによく似ていた。
「見えづらくない?」
呆れた視線を送られる。わたし、何か変なことを言ったのかな。
「普通はそうかもしれないけど、僕は学生とはいえ魔術師だ。視力くらい一時的に何とかできる。そもそもこの手の魔術は得意な方だ」
ずっと目を良くする魔術は無いのだろうか。あってもおかしくないと思うのだけど。
「そうだったね。でも、一回かけたらずっと良く見えるようにできればいいのに」
渋い顔をした。何か変なことを聞いてしまったのかな。
「あるとは聞くけど今の研究段階では違いはわずかな差だそうだし、調整が難しいことは明らかだから僕は術を受けたくはないな……。解いたら戻る方が安心だ」
なるほど、よく知っているから分かることもあるんだ。ルイカの話は面白いし、勉強になる。彼自身は認めたがらないだろうけど。
「ルイカは――」
視線の端に、長い二つ結びの黒髪が揺れるのが見えた気がする。同じ髪型の、ここに本当はいるはずがないけれど、いてもおかしくない人を知っている。
もちろん、その正体はトリカさんだ。
彼女が身につけている水着の脚の付け根の切れ込みは、当然いつもより深い。トリカさんの年頃の平均と比較して未成熟な――わたしが言える立場ではないけれど――スタイルのせいでアンバランスというか、見ていて罪悪感を覚えるというか。
「ルイカ、トリカさんだよ!」
指を指すのも失礼だから彼女を見つめながら声を出す。気付いたようでトリカさんを目で追っている。すぐに頭を抱えた。
「姉さん……」
ぱさりとタオルを落としてトリカさんに向かっていく。一応それを拾ってついて行った。
それにしても、改めて平常心で彼の体を見ると彼らしい体つきをしていると思う。トリカさんによく似て、同じ年頃の男の子よりもすこしだけ幼く見えるけれど所々はしっかりと男の人のそれで、はっとする。
……わたしも、他人の体をしっかりと観察してしまっていた。だめだな、人のことを言えない。もしルイカが気付いたなら、後で謝ろう。気付かなかったら、そっと心の中にしまっておく。
「あ、ルイカとリティ。よかったー。いなかったらどうしようかと」
「姉さん! なんでここに……いや、その格好……!」
あっけらかんとした態度のトリカさんと対照的に何から言えばいいのか迷っているルイカ。職員さんが通りがかってもまるで見なかったことにしているかのようにスルーされていたから、侵入自体は許されているらしい。
「怒られたりは……」
「だいじょーぶだったよ。顔パス」
とても、不安だ。だけどたまに侵入しているけど何も起こさないし、身元も明らかだから大丈夫だという判断なのかもしれない。何も起こしていない。うん、そのはず。
「それならその、よかったです……」
「いいの着てるね。リティっぽくて可愛いよ」
急に話の流れが変わったけれど、褒められるのは嬉しい。わたしも可愛いなと思って買ったから。
「ありがとうございます! わたしっぽいかはわからないですけど、気に入っていたから嬉しいな」
トリカさんはわたしをぐるりと一周、頷きながら見ている。
「ふうん」
トリカさんはわたしを通り過ぎてルイカにひそひそ耳打ちした。……言わない、知らない、うるさいと怒られてしまっている。
「何を話しているんですか?」
「ルイカの個人的なアレコレに関わることだから内緒!」
それは残念だ。本人に聞いてみよう。
「ルイカ、どんな話だったの?」
「なんでもない。くだらない話」
口とは裏腹に少し気まずそうな表情。いつか聞き出してみたいけれど、今日は追及しないであげよう。
だって、何となくわたしと無関係ではない気がする。考えすぎ?




