兄弟を知る 2
「もしかして、トナさんとご結婚されるんですか?」
フーナさんがにっこりと笑みを浮かべて、手の甲を見せる。しなやかで長い薬指には指輪が輝いていた。
指輪にはつける場所で違う意味があるとされていて、この辺りでは親指は誓うこと、人差し指は戦うこと、中指は守ること、小指は身を捧げることを表している。そして、残った薬指の指輪が意味するのは愛すること。
特に、婚約や結婚の証として薬指に指輪を付けることが多い。
「ええ。いつか、ね」
幸せそうな顔のフーナさん。私まで嬉しくなってしまう。
「フーナさんから見たトナさんって、どんな人なんですか?」
フーナさんは顎に手を当てて考えている。難しい質問だったかもしれない。
「トナはね、とーってもかっこよくて、穏やかな人。気は優しくて力持ちって言葉がとても似合うわ。あとね、これは内緒よ? 腹筋がね……いいの」
なんとなく、トリカさんやルイカとは別方向の人な気がする。二人とも穏やかとは言いづらいし、優しいけれど非力だ。ジャムの蓋を開けるのに悪戦苦闘した末、いらいらした様子で魔術を使っていたルイカを見たことがある。
腹筋についてはなんとも言えない。けれど、見た感じ多分二人とも筋肉はそんなになさそう。
「騎士様だから、やっぱりがっしりした人なんですか?」
会う前なのにトナさんのことを聞きすぎているかもしれないけれど、やっぱり気になってしまう。イメージがつかない。
「ええ、それはもう。かっこいい体をしているの。あの腕で守られたいって思っちゃうくらい」
やっぱり、あの二人とは全く違うタイプの人だと思っていい気がする。不思議な兄弟だね。
「今度は私ばかり質問攻めね? なんて。私も色々聞いてみたいな」
うっかり色々と聞きすぎてしまった。楽しそうだったから良かったけれど。
「あ、ごめんなさい! わたしで分かることなら喜んで」
フーナさんは微笑みながら何を聞こうかしらと呟いている。つられてわたしも微笑み返した。
「十四人で共同生活なのよね? どんな感じなの?」
十四人と言葉にすると、とんでもないことをしている気がする。皆好きなことをしているから、混雑するのは夜の談話室くらいだけど。
「楽しいです。やっぱり、一人じゃないのは心強くて」
どの時間も人の気配がするのは嬉しい。巫女になってからずっと誰かしらが近くにいたから、尚更ぽつんとした空間に対して不安が強い。
「そうよね。部屋割りってどんな感じなの? 個室? 相部屋?」
「はい、こうやってずらっと守護魔術師の皆の部屋がそれぞれあって……」
手でどうにか廊下にドアが並んでいる様子を表す。フーナさんは頷いていた。
「その部屋の奥にまた部屋があるんです。そこがわたしたち巫女の部屋になるんですよ」
彼女が首を傾げた。どうしたのかな。
「それってあなたの部屋を出たらすぐルイカの部屋ってこと?」
「……? はい!」
フーナさんが不思議そうに尋ねてきた。その通りだと肯定する。
「あらあらまあまあ。青春ね。でも困らない? 色々」
困ると言えば。確かにわたし側からは自由に開けられるから、ちゃんと意思疎通をしないと困ったことになる可能性がある。あの時みたいに。
「はい、ちょっと困っちゃう時もあります。前、着替えているところに入っちゃって」
フーナさんがきゃあと嬉しそうな声を上げた。そんなはしゃぐような話だったかな。
「どうだったどうだった? ルイカ君も脱いだらトナみたいにちゃんとほら、そういう感じかしら?」
なんだか、フーナさんの様子が変な気がする。腹筋の話の時もだけど、もしかしたら彼女はトナさんが大好きなのは前提として、鍛えてがっしりしている人自体も好きなのかもしれない。
でも、フーナさんを喜ばせる情報をわたしは持っていない。もう覚えているのはあの、日に当たっていない肌と――だめだ。あれは忘れないと。
「ど、どこがどうだったかを覚えているほど見てないです! すぐに部屋に戻りました!」
不自然に慌ててしまったと後から気付いてえへへと誤魔化す。あの目は信じてもらえていない。
「良いわね、うぶなのって。もう私、男の人の体ぐらいじゃ驚かなくなっちゃった」
意味深な言葉。でも、その辺りに首を突っ込むのはやめておこう。……わたしがあの集まりに悪い影響を受けているだけかもしれないし。
「リティは男の子がすぐ近くで寝ているの、平気? 音が聞こえないと気にならないかしら?」
正直なところ、部屋の壁はかなり薄い。一度彼の寝言で起きたことがある。それは兄さんだ、みたいな寝言だったから夢の内容がとっても気になったのを覚えている。
それでも特に気にしたことはない。寝る時間と起きる時間が近いからかもしれない。
「ええと、気にしたことがなかったです。ルイカは気にしているかもしれないですけど……」
「そうね、きっと気にしていると思うわ」
くすくすと笑っている。そうですか? と聞こうとした時玄関からどたどたと音がした。
「ルイカ、帰ってんのー?」
トリカさんの声だ。おでかけから帰ってきたみたい。袋を引きずる音が大きくなる。ひょっこりとトリカさんが顔を覗かせた。
「あ、お姉ちゃん来てたんだ。リティもようこそ!」
自然なお姉ちゃん呼び。トリカさんにとってフーナさんは身近な人なのだと伝わってくる。
「お邪魔してます、トリカさん……ってその袋はどうしたんですか?」
トリカさんの両手にはいっぱいに詰め込まれた布袋。わたしよりも背が低い彼女だから、余計に持って帰るのが大変だったんじゃないかと思う。
「お姉ちゃんが来るっていうから。あたしあんまり料理好きじゃないし、出来合いのものでごめんねだけど」
「そんな、いいのよ。トリカちゃん、毎回気を遣わせちゃってごめんなさい」
飽きた、と言ってトリカさんは魔術で袋をキッチンへ飛ばした。引きずってきたのは遊びだったようだ。
うわ、と声がした。そうだ、ルイカが居たんだ。随分遅かったけど、お湯を沸かしてくれていたのかな。
「お兄ちゃんやお姉ちゃんと会うの、楽しいから平気。今日はリティもいるし、賑やかだね。最近一人だったから嬉しい」
トナさんたちのことをお兄ちゃんやお姉ちゃんと呼ぶトリカさんは少し意外だった。何となくルイカと同じように兄さん、姉さんと呼んでいるのかと思っていたから。




