兄弟を知る 1
もう、これは夏と呼んでいいんじゃないか。日差しはまだじりびりしていないけど、もうじききっと。もうほとんど夏服の人ばかりで、わたしも半袖のブラウスだ。スカートも軽い素材にした。裾の方が透けていて可愛いと思う。
ルイカは暑さに弱いようで、歩く速さもなんとなくいつもより遅い。冬生まれだからなのかな。
「暑いね」
「春に戻してほしい」
……そんな冗談を言うなんて、やっぱり参ってる? まだまだこれから暑くなるのだけど、大丈夫か心配だ。
「あとちょっとでお家だよ。がんばろう?」
どうやら今日はルイカのお兄さんが久しぶりに首都に来るようで、兄弟三人集まるのだそう。初めて会うから楽しみだな。
どんな人なんだろう? ルイカやトリカさんのお兄さん、と言うと頭脳派でちょっと気難しいイメージがある。
そう、気難しい。ルイカはすぐになかなか複雑な性格だと分かるけど、トリカさんも意外に……でもないのかな。変わっているだけではなく、ペースを乱されるとカリカリしがちだ。
坂を下る。下る方がやっぱり楽。この時期だと余計に。下り切るともう直ぐトリカさんの家だ。
家が見えてくる。見るたびに木の葉っぱが青々と鮮やかになっている気がする。
それと、気のせいだといいのだけど、木も大きくなっているような。家を飲み込みそうで怖い。でも、きっと考えすぎだろう。
「あら、ルイカ君」
綺麗でお淑やかな女性がドアの前にいた。くるぶしまでのドレスに、帽子。決して飾りも形も豪華ではないけれど、なんだか気品のある服装だと思う。王宮に出入りしていてもおかしくないような。
「フーナさん。どうも」
彼女はフーナさんと言うらしい。知り合いのようだ。
「こっちはリティ。例の巫女です」
雑に手で示される。フーナさんはわたしを上から下までじっと見ている。なんだかくすぐったい。
「とても可愛らしい女の子だったのね。くすくす、大変でしょう? 色々と」
ルイカは肩をすくめた。楽しそうなフーナさん。
「リティちゃん。私はフーナ・ツィーテ。ルイカ君のお兄さん、トナは私の恋人よ」
「フーナさん、よろしくお願いします。名乗るのが遅くなってごめんなさい」
彼女は目を細めている。嬉しそう?
「家に入りませんか。暑くて」
話を遮ったルイカは合鍵を使って開ける。トリカさんは留守のようだった。少し早かったのかな?
***
フーナさんとテーブルで二人。ルイカが飲み物を用意してくれている。わたしも手伝おうとしたのだけど、一人でやった方が早いと帰されてしまった。
「どう? 巫女は楽しい?」
楽しいか、と聞かれて答えに困ってしまう。ルイカや皆と居られるのはとても、とても楽しい。だけど、自分一人が何もできないまま見ているのは。
「……分かりません」
「そう、いろいろあるわよね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
何かを察したのか、フーナさんは慈しむような微笑みをわたしに向けた。気を遣わせてしまったようだ。
「そうね、ルイカ君は優しい?」
「はい、とても」
この間のことを思い出す。巫女がわたしとノイラしかいなかった日。たまたま事故が起きてしまったせいもあったのか、ノイラが寝込んでしまった。
そう、巫女の力を使うと体に負担がかかってしまう。幸い、わたしが幸いなんて言える立場でもないけれど。使っていくと体は慣れていくようで、最初に比べて最近は皆落ち着いているようだった。
久しぶりに辛そうな姿を見て落ち込んでしまったわたしを、彼は外出に誘ってくれて慰めの言葉をかけてくれた。まだその言葉を全部は受け入れ切れてはいないけれど、それでもわたしにとって救いになった。
「よかったわ。あの子は私にとっても弟みたいなものだから」
フーナさんと、もちろんトナさんとトリカさん。ルイカにはたくさん兄弟と思ってくれるような人がいていいなと思ってしまった。
わたしにも兄弟が居たのだろうか。昔のことは全部”捧げて”しまったから、兄弟どころか親の顔すら覚えていない。
それは残念だけど、そういう決まりだから仕方がない。そう簡単に納得してしまっているのは、わたしにとって忘れてしまいたかったことが多かったからなのかな。
「リティちゃんは私に聞きたいことある?」
首を傾げる。フーナさんに聞きたいこと。うーん。あると言えばあるけど、これを聞いてもいいのかな。
「トナさんとはどこで出会ったんですか?」
「うふふ、お年頃よね、リティちゃんも。私の十二歳のパーティーで。トナの一目惚れだったの。あの時のドレス姿が忘れられないって今でも言うのよ?」
トナさんはもしかしたら情熱的な人なのかもしれない。ルイカはそんなことを言わなさそう。正確には、言えないと思う。
トリカさんはどうだろう? あまりに堂々と伝えてしまって、本気だと思われなくて取り合ってもらえないのかも。
「パーティーがきっかけだったんですね。なんだか物語みたいです」
「そう? ……でもその通りかもしれないわね。ウチが落ち目じゃなければ手当たり次第招待しなかった、招待しなければ出会わなかった、だもの」
もしかしたらフーナさんは言う時は言う人なのかも。
それはそれとして。そう言えばルイカの家はいいところの、簡単に言えば、貴族にあたる家だったんだっけ。大昔の国王から名前だけもらったようなものなんて言っていたけれど。
今の国王様のおじいさまが行った、国自体や国王に機能や権力を集める改革。それによってあまり力を持たない貴族のほとんどは領地を国に返し、代わりに何らかの役職をいただいて生計を立てているのだという。フーナさんのところもそんな感じなのかな。
ちなみにルイカ達のお父さんはかつての領地だった周りの村と国との繋ぎ役だったり、まとめ役だったりをなさっているそう。
きっとそう遠くないうちにこの仕事も家柄関係なく能力のある人が担うようになる。だから自分の力で身を立てて欲しいと、魔術を学ぶことを両親は応援してくれているのだとルイカは言っていた。
華やかに見える世界も大変なんだなあ、と外から見ている感じ。わたしには昔も今も全く関係がない世界に思える。
「何か難しいことを考えていたの?」
「あ! いいえ! 何だか遠い世界だなあって」
「実はね、そう遠くはないわよ? 巫女って貴族に嫁ぐことが多いそうだもの。それもえらーい人たち」
そう言えば、あの子のおばあさんを助けた巫女もそうだった。色々な人と気軽に会えない立場になるのは嫌だな。あと、多分きっと肌に合わないと思う。
「でも貴族なんてお断りしなさい! とにかく面倒なことが多いんだもの。自分から飛び込むものではありません。養子になってまで結婚したがる子の気持ちが分からないわ」
「あ、あの、えっと」
何かがあったのだと思う。お話の中だけでも大変なことだらけだし、場所柄耳に入る噂だってそうだった。
「お勧めできるのなんてルイカ君ぐらいよ、本当に。おじさまもおばさまも良くしてくださる方達で、堅苦しくなくて……私の義妹にもなれるし……」
反応に困る。義妹? それはもしかして、そう言うことなのかな。




