髪留め 2
なんとか完成させて、おしゃれな布袋に入れて、あとは渡すだけ。どのタイミングで渡そうかとずっと迷っている。
ただの髪留めひとつにこんなに迷うなんて、贈り物はやっぱり難しい。それとも、手作りだから、込めた想いが強いから、難しくなってしまったのかな。
横にいるルイカを見る。教授のそういえばで始まった長い雑談に飽きたのか、コンコンと爪で上が開いたガラスの球体、変わった形の水槽を叩いていた。中で泳いでいるのは薄いベージュ色の魚。
魔術を使う時のようにこの魚へ向けて力を込めると、術者と似た性質に変化するらしい。試しに、とルイカが代わりに譲ってくれたからやってみた。
わたしの髪と同じ色の体だ。これが似た性質……なのかな。
「んー、やっぱ俺より懐いてないか?」
きっと同学年でルイカと一番よく話している男の子が残念そうに言う。さっき彼がつついていた時も魚は楽しそうに寄っていったように見えたけれど。
「そうか?」
「なんかじーっとしてて離れたくないみたいだ」
単にガラスを叩いた後、ルイカが指を置いて動かないから魚もじっとそばにいるのだと思う。
「態度違う気がするんだよなー」
男の子がガラス面に指をくっつけて魚の気を引く。魚は何度も振り向くような動きをしながら、ゆっくり離れて彼の指をじっと見ていた。
「魚にもモテないのかなぁ、俺って」
彼が指を離すとまたゆっくり距離を探るようにルイカの方へ向かっていく。ルイカも指を離すと首を傾げるような動作のあと、まるで教壇を見るように体の向きを変えた。その場でゆらゆら泳いでいる。
「偶然だ。魚が寄ってきた寄ってこなかったでそれは決まらないだろ」
「そーなんだけどさ。どうしてもリティに見えちゃうんだよ」
わたしに見える? よくわからない。
「さっき俺が指置いた時、ちゃんと俺のところにも来てくれたじゃん。そんなところがなんかリティっぽいんだよ」
「……そこは似ているかもしれない。リティは誰にでも愛想がいいから」
魚を介してわたしの話をするのはやめて欲しい。わたしの中身は多分もっと複雑なはず。
***
そのあと、魚を教授に返して今日の講義は全て終わった。今日も図書館へ、と思ったのだけどルイカは行きたいところがあるみたいだ。
街を歩く。ファッションのお店が多い通り。ここに何の用があるのだろう、と失礼なことを考えてしまった。
「ここに用があって」
おしゃれでシックな雑貨屋さん。本当に、なんだろう。トリカさんへのプレゼント?
「じゃ、僕は見てくる。リティも好きにしてくれ」
「う、うん」
店内を別行動。もう買うものが決まっているのかな?
おしゃれな物がたくさん並んでいる。シックと呼べばいいのかな。そんな感じの。ルイカが好きそうだ。
ピアスを手に取ってみる。怖いから開ける気は無いけれど、きらきらしていて気になった。このデザインのイヤリングがあればいいな。
指輪に視線を移す。シンプルだったり有機的なデザイン。大きな指輪と小さな指輪が一組になった商品もある。
そう、ペアリング。いつか、わたしも誰かとお揃いの指輪をつけたり、なんてことがあるのだろうか。想像がつかない。
「すみません」
遠くでルイカの声が聞こえる。店員さんとお話しているようだけどよく聞こえない。あまり聞き耳を立てるのも良くないから、少し距離を置く。
小物のコーナーを見る。食堂に飾る花のための花瓶を買ってもいいかもしれない。うーん、皆に相談した方がいいかな。
陶器の玉が浮いている。高くからお湯を注ぐ機械だ。何に使うんだろう。やっぱり高いところから落としたお茶は美味しいのかな? 何がやっぱりなのだか分からないけど。
「リティ。僕の用は終わった。君は?」
色々と見ていると肩を叩かれる。振り向くとルイカが居た。鞄にしまっているのだろう、何を買ったのかは分からないまま。
「うん。わたしも見ていただけだし、そろそろ帰ろっか」
とことこ歩いている小さな猫のぬいぐるみをもう一度だけ見て、先に帰り始めているルイカの後をついていった。
***
ランプの灯りだけのルイカの部屋。テーブルを挟んで座っている。
お風呂上がりの談話室で、キャトラやソーチャと話をしていた時。キャトラを気にしている様子の彼は、またソファの後ろからわたしに囁きかけてきた。
彼に囁かれるのは、嫌じゃないけど変な感じだ。どきどきするだけではなくて息が詰まるようで、ぞくぞくして、熱い感覚を伴うような。
部屋に来てほしいという要件だった。少しタイミングをずらして。
キャトラに気付かれたくなかったのだろうか。もしそうなら、逆効果。どうにか彼女の詮索を受け流しながら部屋に戻ってきたけれど、何の用なのかな。
「これ。この間の髪留めの」
「えっと」
小さな紙袋を受け取る。軽い。なんだろう?
「ありがとう。でもわたし、何もしてないよ」
「した」
本当に、何もしていないのに。そうだ。このタイミングなら渡しやすい気がする。
「……そっか。あのね、わたしもルイカに渡したい物があるの。一緒に開けようよ」
そう言って一度わたしの部屋に戻る。鞄の中の袋を手に取って、ルイカの部屋へ。
「これ。手作りで、上手じゃないかもしれなくて。使いにくかったらごめんね」
椅子に座った後ルイカに袋を差し出す。
「僕こそ何もしてないだろ」
「ううん。いつもありがとう」
困った顔をしている。ちょっと勝手すぎたのかも。
「良かったら開けてみてほしいな」
「……分かった」
リボンを丁寧に解いている。袋に手を入れて、君は髪留めを取り出した。緊張する。
「リティが作ったんだよな」
「うん。形、綺麗じゃないでしょ」
ルイカはわたしの髪留めを人差し指で撫でている。
「消耗品なのが残念だ」
穏やかな表情。優しい眼差し。贈った側なのに、これが何よりの贈り物だと思う。
「切れたらまた作るよ。切れなくても作るよ。キステットに教えてもらったの」
「分かった。またよろしく。……リティは見ないのか」
あ、そうだ。と声に出して、一度断ってから紙袋を開ける。ほとんど重さのないそれを覗き込んで取り出す。
中に入っていたのは髪に結ぶリボン。しっかりした生地で、両側にレースが付いている。
そして、髪留めにとわたしが選んだ色とそっくりの藍色。彼もそれに気付いたようで何かを誤魔化すように目を逸らしている。
「色、お揃いだね」
「偶然だ」
そう、偶然。本当に嬉しい偶然だった。
そんな嬉しさの中、藍色のリボンを見ていてふと思う。どうしてルイカはこの色を選んだのかな。
もし、ルイカがこの色と彼自身を結び付けていたなら、彼はわたしに自分を連想するような物を身に付けてほしいと思ったことになる。
そうだったら嬉しい。どこからこの嬉しいが出てきたのかは分からないけれど、それは純粋な彼への親しみと、何かの欲を薄めたような気持ちで構成されていた。
顔を上げてルイカを見る。彼も、わたしの作った髪留めを手のひらに乗せてじっと見ている。何を思ってくれているのかな。
どうか、それがルイカを守ってくれますように。




