髪留め 1
あ、とルイカの声がした。ノートを取っていた手を止めて隣を見る。講義を聞きながら鬱陶しそうに髪を気にする姿と、机に落ちている切れた髪留め。
芯にゴムを使っているから劣化して限界を迎えたのだろう。流石に、魔術でもそれを新しい状態に戻すことはできない。
ルイカの髪を見ていると、一度切らないのかと聞いた時、うるさいとだけ言われて切り上げられたことを思い出した。何かの理由はあるのだろうけど、言い方があると思う。
いっそもっと長ければもう少しまとまるのだろうけど。なんとか結べるくらいの長さだから余計に色々ばさばさしちゃうんじゃないかな。
ごそごそ鞄を探す。一つくらい転がっていないかなと思ったけど、そううまくはいかない。別にわたしが今使っているのを貸せばいいかな。というより、もうあげちゃおう。リボンをほどいてからその下の髪留めを取る。
「ルイカ、これどうぞ」
指でつついてから小声で話しかける。
「何」
白い髪留めをそっと滑らせた。
「これ、使って」
「……ありがとう」
彼が髪を結んでいるのをじっと見る。髪をまとめる姿が似合う人だと思った。こんな狭い範囲の似合うも変な話だけど。
やっぱり、彼はかっこいいと思う。見た目だけじゃなくて、複数の意味で。こんなことを言えば冗談はやめろと言われてしまうかもしれない。だけど、わたしは冗談やお世辞のつもりは全くない。
だから、仕方ないのだと思う。この姿を見ているとちょっとだけどきどきするのは。彼に限らず、かっこいい人にどきどきしてしまうのは当たり前だ、みたいな意味のことが本に書いてあった。
そう、あの女の子だけの集まりにわたしは時々参加している。その時によってはとんでもない雑誌が持ち込まれるから、恐る恐るだけど。時に恋は怖いものなのだと、恋を知らないうちに知ってしまった。
「何じろじろ見てるんだ」
「ええと、何でもない。そういえば君が髪を結ぶところを初めて見たなって……それくらいで」
不機嫌そうで、でも少し照れたような顔。そんな反応をされてしまうと、余計恥ずかしくなってしまう。うまくいくかわからないけど、ごまかしてみる。
「何だ、それ」
呆れたように言うとルイカは講義に意識を戻した。わたしもまたノートを取り始める。最初のころよりはましだけど、やっぱりとても難しい。ノートも言われるがまま書いているありさまだ。
それでもなんとか少しずつ分かるようになってきているのは、毎日の朝の時間でルイカが時々勉強を教えてくれるようになったから。
教えるのは復習になると言っていたけど、わたしに教えてくれる範囲は彼にとってもうわかりきっている部分だろう。彼だってやることがあるのに、わたしに時間を割いてくれている。
だからわたしも、頑張らないとな。巫女として何もできない分、ちゃんと魔術を使えるようになって誰かの役に立ちたい。
今のままじゃ、ただ見ているだけだから。
***
夕方の談話室はばらばらに散らばって、皆好きなことをしている空間だ。たとえば、ララとリリは肩を寄せ合って一冊の本を読んでいる。とある地方の伝統的な魔術についての本みたい。
わたしが用があったのはキステット。彼女は手先が器用でよく手芸をしている。今日もレースを編んでいた。
「ねえ、キステット。いま大丈夫かな?」
顔を上げる。小さく首を傾げた。一人を好む彼女に遠慮してあまり話しかけなかったせいかもしれない。
「いいわよ。気にしないで」
横のテーブルに一式を置いてこちらに向き直った。星をモチーフにしているのかな。キステットらしい、繊細な作品だった。
「あのね、髪留めの作り方を教えて欲しくて。輪っかのなんだけど……」
指で形を示す。
「買えばいいじゃない。……冗談よ。簡単だから教えてあげる」
表情の乏しいキステットはセラとはまた別の意味で表情を掴みにくい。彼女は裁縫箱からいくつか何かを取り出している。
「何色がいい?」
色とりどりの太い糸を取り出して見せてくれる。ただでさえ教えてもらう立場なのに、材料までもらうのは悪い。
「いいよ、材料は自分で」
「これから買うの? 今教えられないじゃない。遠慮しなくていいの。受け取りなさい。で、何色?」
もしかして怒っている? 不満? 彼女がそう言ってくれるなら、受け取らない方が失礼かもしれない。
「えっと、わかった。ありがと」
「それでいいの」
糸をじっくりと見る。どれにしよう。赤は彼の髪色によく似合う。白はシンプルできっと彼が好むのだけど、せっかくだからもっと違うのがいいな。
そうだ、これにしよう。一束手に取った。彼の目の色によく似た藍の糸。きっとよく似合うと思う。濃い色同士だから、違いがわからないかな。それでも、彼っぽい要素を入れたかった。
「軽い色を中心にした方がいいと思うわ。その色は少しアクセントに加えるだけのほうが綺麗よ」
「そうなの? わかった」
糸を探す。薄い色。どれがいいんだろう。
「適当に生成りでいいでしょ。悩まなくても。白よりは合うわ」
なるほどと思って生成り色の糸を手に取る。糸によって少しずつ色が違っていて面白い。
「それでいいわよね。隣に座って」
***
キステットが教えてくれたのは編む代わりに糸を結んでいって形にするもの。編むより簡単だし、手で結んだものには守りの力が宿ると言われているからと。
きっと彼女はこれが自分のための物ではなくて誰かに渡すのだと気づいていたのだと思う。だから教えてくれたのだろう。
もし、わたしが作った物でもその力が宿るのなら、危険から、苦痛から、全てのよくないものからルイカを守れますように。それは欲張りなのかもしれないけれど。
それでもやっぱり彼は幸せであってほしい。そうでなかったらわたしは悲しい。もちろん、ルイカだけじゃない。大切な人たち皆がそうあってほしい。
でも今は、彼の平穏と幸福を願って自分の部屋で月明かりの下結んでいく。だんだん指が慣れてきて結ぶのが早くなってきたと思う。きっとあと少しで完成するはず。
もうルイカは眠りについたのだろう。他の皆も、眠っているか静かにしているか。夜遅いのだから当たり前なんだけど。
きっと気のせいだと思う。でも、耳を澄ませれば彼の穏やかな寝息が聞こえてくる気がする。それがなぜか嬉しくて、わたしはいつも身につけているあのペンダントをぎゅっと握った。




