出会い 2
たくさんの人が歩いている。そう言えば神殿の敷地外に出たのは初めてだ。
色んなところからいい匂いがする。お昼ご飯の準備なのかな。
そうだ、今日のお昼ご飯はどうなるんだろう。
「ここはにぎやかで楽しそうだね」
春の気配を感じるような空気と、楽しそうな人の顔。
わたしのほうがうれしくなる。
「そう? ……人が多いのは得意じゃないな」
「えっと、そっか、うん。好みとかあるもんね……」
こう返されてしまったらもう何も言えない。確かに、にぎやかなところが好きそうには見えないけれど。
「やっぱり街の人はおしゃれな人が多いね」
話題を変える。きれいでおしゃれな服を着た女の子たち。
神殿の人たちは質素な服装の人が多いし、わたしたちもそんな感じだ。
神殿の外に出られなかったから巫女の皆も服を買えなくて、借りた服を渋々着ているのかもしれない。
これからは皆いろいろな服を着られるといいな。
「リティも興味があるのか、やっぱり」
「まあ、うん、人並みに?」
きれいだったり、かわいかったり。そんな服を見るとわくわくする。でも、なんて言えばいいのだろうか?
もしかしたら、そんな感じの服ってわたしにはあまり似合わないのかもと思う。借りている服のほうがしっくりとくるから。
***
「もう少ししたら僕たちの家だ」
ルイカはお姉さん、メートリカさんと一緒に暮らしているそう。
この街には魔術学校の入学を機に引っ越してきたんだって。ルイカの故郷はどんなところなんだろう。
「街の中心から結構歩くだろ」
確かに、随分歩いた気はするけれど。少し不満そうな言い方だった。
普段大変なのかな。そういえば魔術学校は結構坂の上にあるのだと聞いたことがある。
「でも、静かなところで素敵だね」
人通りが少ない。窓の向こうでは年を重ねた夫婦がお茶を飲んでいる。
街路樹の間から仲良く手をつないだ親子連れがとぎれとぎれに見える。平和で、穏やかで好ましいと思った。
「まあ、そうだけど」
シンプルな返事。何と言うか、基本的には落ち着いたというかなんというか、そんな感じの大人しい人だ。
でも慌てやすい? あのことは数えない方がいいのだろうか?
「何か言いたいことでも」
見透かされてしまった気がする。無いよ、と笑って誤魔化した。
***
家の前についた。小さな二階建ての家。
大きな庭木があってちょっと薄暗くて、普通の人が住んでいないのだろうなと何となく思ってしまう、不思議な雰囲気がある。
「姉さん、ただいま」
ドアの前でルイカは言う。はいはい、と声がしてちょっとしてからドアが開いた。
「あ、君がリティ? へー、そーなの、ふうん」
なぜかわたしの名前を知っている、長い黒髪を耳の下で二つに結んだ、ルイカと同じ藍色の瞳の女の人。
近くで見るとよく似ている。
……そして、春といってもまだ名ばかりで寒いのに、あとちょっとで付け根が見えてしまいそうなズボン。
寒いのに短いスカートを履いている女の子を、にぎやかな通りでたくさん見かけた。けれどメートリカさんのズボンは彼女たちよりもずっとずっと短い。
「今日から”巫女の家”に住むことになった。荷物をまとめないと」
「ん、知ってる。やになるね、手伝いなよって思わない? ね? リティ」
やれやれ、と言いたげな様子でメートリカさんは問いかけてくる。これは、あまり歓迎されていないのだろうか。
「気にしないでいい。姉さんは嫌がってはいない、と思う。……機嫌は悪そうだけど」
小さい声でかけられたルイカの言葉にほんの少しだけ安心する。
機嫌が悪そうなのはわたしのせいじゃないのかな、とは思うけれど。
***
「十日間。十日間軟禁状態! 神殿図書館の本もしょーもないのしか読ませてもらえないしさ」
ルイカの部屋に行く道中、メートリカさんはずっと愚痴を言っている。
「メートリカさん、えっと、ごめんなさい」
「なに? なんで君が謝るの? あとトリカて呼んでよ。ほら、そう呼ばせてるの。昔から」
どう答えようか迷う。巫女だから神殿の不手際はわたしたちにも関係がある? そう答えてもメートリカさん……トリカさんは納得しない気がする。
「……そうですね、トリカさん」
「そうそう。トリカでいいのいいの」
愚痴をずっと言っていた割に今度はとても機嫌がよさそうだ。
「いいねえいいねえ、妹みたい。服とかあげちゃいたい」
もしかしなくても、あのような感じの服だろうか。わたしに似合うかな……。
それに、ここまで足を出すのは結構恥ずかしい。
「はーい、これがルイカの部屋」
トリカさんがドアノブに手をかける。よく考えたら見てもいいのかとは思ったけれど、それよりも好奇心が勝った。
ちょっとだけわたしより背の低いトリカさんの肩越しに覗く。
部屋の中を見て言葉を失った。少なくとも普段の様子はしっかりしていて、大人っぽく見えた。
だから、きっとそれを映し出しているような部屋なのだと勝手にイメージしてしまっていた。
あまり整頓されていない、もっとはっきり言うなら汚い。
服は色々な場所に散らばっていて、本はバラバラに積まれていて、何に使うのかよくわからない道具が転がっていて。
もちろん、ゴミも。片づけるいい機会になったね、と言いかけたけれどやめておいた。
「ルイカ! またこんなに汚してたの!? せめてゴミと洗濯物だけはねぇ! 持って降りなさいって言ったよね?」
トリカさんがお姉さんの顔になる。
「別にうまく回ってたんだからいいだろ」
いいのかな。よくないと思う。わたしは。
「回ってないでしょ。何回か慌てて洗って乾かしてたじゃん」
言い訳をして、トリカさんに正論を言われて、不貞腐れるルイカは、ちょっと幼く見えて可愛い。彼にそれを伝えたら余計に機嫌を悪くしてしまいそうだ。
「さー、リティ。入っておいで。君もいなきゃ多分日が沈んじゃうよ」
入らせるな、と抗議しているルイカとトリカさんの言葉をはかりにかける。結果的にどちらが後のためになるかを考えて、足を踏み入れた。
「ごめんね……! ゴミや服しか触らないほうようにするから……」
「……汚い物は君がやらなくていいから。僕が捨てる」
これは、気を遣ってくれたのかな。全体的には話してみるといい人なのは、出会ったばかりだけどなんとなく想像がつく。
***
「あはは! え、これ、ルイカの? あは、買った?」
本棚を片付けていたトリカさんが急に大笑いしながらルイカに何かの本をめくって見せている。
「ち、違っ、置き場所がないって頼まれたから……違うから……!」
声が震えている。……もしかして、これまでの彼に対するわたしのイメージは幻だったのかもしれない。
そこまで動揺するなんて何の本だろう?
「はいはーい。そーいうことにしときます。ルイカ君? で、これ持ってく?」
「持っていかない!」
そう言うと本を取り上げていた。題名の書いてある紙のカバーが少し短いような。でも、それ以外は普通の本だ。
タイトルも、「口承に残る古の姿」みたいな難しそうなもの。
「何でもないから! 見るなって」
本を隠して、今度は本棚ではなくて机の引き出しにしまっていた。多分、何かがあるんだろうなあ。




