出会い 1
白い部屋を花が埋め尽くしている。いい匂いだけれど、少し、落ち着かない。
色付きのガラスをはめた窓を見た。庭木と芝生、そして空。白い石積みの壁もぐるりと回っている。
……ため息をつく。巫女として何もできないわたしのために何年かわからないけれど、短くない間負担を強いられてしまう人が生まれる。わたしとほとんど年が近いそうだから、きっとやりたいこともあるはずなのに。
そう思いながら、心のどこかではその人が優しい人であるようにと願ってしまう。
「リティ、いますか?」
わたしのお世話をしてくれる職員さんの声がして振り返る。
「はい、どうぞ」
彼女の後ろに初めて見る男の子がいた。わたしとそう年が変わらなさそうな、眼鏡をかけた男の子。緊張しているのか不機嫌なのか、よくわからない表情をしている。
「リティ、彼があなたの守護魔術師になるルイカ君ですよ。祭司長をお呼びしてくるので少し待っていてくださいね」
守護魔術師。古くからある、巫女を守る大切な役割。若い魔術師さんから選ばれていて、学生さんの時に選ばれる人がほとんどみたい。……今ではほとんど形だけのものになっているとも聞いた。
彼が、わたしの守護魔術師。緊張する。
***
「はじめまして、ルイカ。……えっと、わたし、リティって言うの」
部屋の隅のある二つの椅子にそれぞれ座る。少しでも穏やかな気持ちになってくれるといいなと思って声をかける。よく考えたら、もうお互いの名前は知っていた。
ルイカ・グルシユ。グルシユという姓に聞き覚えがあった。その姓を持つ彼女は、秀才だけど変わり者の女性だと噂されている。この間見かけた、神殿図書館の本をもっと読ませろと司書に詰め寄っていたのも彼女だったそう。確かに、どこか似ている気がする。
「メートリカさんはご親戚? お姉さん?」
聞いてみる。姉だと短く答えられた。聞かれることに少し飽きているように見える。慌てて話題を変えた。
「えっと、ルイカって学生なんだよね? 魔術の勉強ってどんなのかなって」
「そうほかの分野と変わらないよ」
ほかの分野がどうなのかもわたしは知らない。だんだん捧げた記憶と単純に知らないことの違いが感覚としてわかってくるようになったけれど、これは知らないほうに入る。
「そうなんだ。……わたしにも、魔術ってできるかな?」
ルイカは少し驚いた顔をした。考え込んでいる。
「そもそも巫女が魔術を学んでいいのか?」
それは問題ないと答えた。大前提として国や民のために力を使うのなら、行動の制限はほとんどない。魔術を学んでもいい。恋人を持ってもいい(清い交際であるなら、という条件付きで)。そして、神々を信じなくてすらいい。
「そうなのか。人は個人差はあれど皆魔力を持っている。きっと君でも魔術自体は使えるはずだけど……どこまでできるかは君次第だな」
ちゃんと答えてくれる。うれしい。
「医療魔術に興味があるの」
「大体の巫女は癒す能力を持っていると聞いたことがあるけど。君は違うのか?」
不思議そうな視線を向けられた。思わず胸の前で固く手を握ってしまう。
「あ、えっと。わたし、力が使えないの。癒す力だけじゃなくて、何も」
どうしよう。明るく言おうとして、逆に不自然になってしまったかも。ルイカの視線が外れる。何を言おうか迷っているように見えた。
沈黙が流れる。いつかは知ることなのだから、今言ってしまえてよかったのだけど。
「祭司長をお呼びしました。入っても構いませんか?」
「だ、大丈夫です!」
セーマさんの声が聞こえて、慌てて立ち上がる。
すぐにセーマさんと祭司長様が入ってきた。
***
いつもの、女神様と神々へのお祈り。たくさんの神様が世界にはいらっしゃるけど、この国はその中でも豊穣――一を百にすること――と癒しの女神が守ってくださっているのだと、教えてもらった。神様の長女。人との間に七人の”人の娘”をもうけた女神。最後は、旅する神と結ばれた者。
だから、巫女も癒しの力を持つ者が多いのだと。
「リティ。巫女の祝福と守護魔術師のあかしを授けなさい」
どきどきする。恥ずかしい。どうしよう。顔が赤くなっちゃっているかもしれない。女の子だったら、少しは気が楽だった。
何だ、それは。と言いた気な表情で君はわたしを見た。説明する時間もそもそも許しもなさそうだから、ただしゃがんで欲しいと頼む。
彼は片膝を立ててしゃがむ。少し、申し訳ない気持ちが生まれた。
「あなたはわたしの守護魔術師。どうか枯れる時まで共にありますよう」
枯れる。巫女が生まれる時に咲く花である”巫女の花”は巫女たちが能力を失うまで咲き続ける。だから、枯れると言う表現を使うのだと祭司の一人は教えてくれた。
深呼吸をして、からだを君に近づける。頭を君に近づける。唇が君の額に触れる。君は「え」、だったり、「おい」だったり、ずっと困惑した様子のまま小さい声で言っていた。
「いきなり何やって――」
ルイカははた目からわかるほど顔を赤くしてわたしに勢いよく尋ねてきた。そんなに慌てた様子を見せられて、余計に恥ずかしくなってしまう。きっとわたしも同じくらい真っ赤な顔をしているだろう。顔に自分の手をくっつけると、明らかに熱くなっていた。
「安心しなさい、ルイカ・グルシユ。これは儀式の一環であり、しかしこの儀式の核である」
「……せめて流れの説明をしてくださってもよかったのではないですか」
不機嫌そうな顔をしているけれど、顔が真っ赤なままだ。誰だって不満よりも照れの方が勝っていると気づくだろう。
「それは確かに説明不足だった。だが、七組もいるのだ。肝要ではない部分は省こうと思ってね。実際に今回、あなたは何もしていないだろう」
と、納得できるようなできないような線引きの難しい返事をもらっていた。二人の、少しだけとげのある気がする会話でわたしも頭が冷えてくる。どちらも冷静な、大人の言葉選びに見えるから大変なことにはならないと思うけれど。
「これで儀式は終わりですか」
これ以上言っても無駄だと思ったのか、頬から赤みがほとんど引いたルイカは祭司長様に尋ねる。終わりだけれど、本当はさっきの口づけのあとに祭司長様による宣言があるはずだった。
「これにてすべて遂げられた。女神と神々の祝福があるように」
咎めるようにルイカを見ながら、帳尻を合わせるかのように祭司長様は言った。そのことに対してあまり気にしていないようだったから、もしかしたらルイカは神様にあまり祈らない方の人なのかも。
「女神と神々の祝福がありますように」
祭司長様が今度はわたしを見た。慌てて一度ルイカに視線を送り、指を組み結びの言葉を唱える。声が聞こえたから、ルイカもわかってくれたみたいだ。
「この後については職員が説明するのでしっかり聞くように。では、失礼」
簡易祭壇を片付けて、祭司長様は部屋を出ていく。この状況で二人残されるのは、ちょっと、素直に言ってしまえばかなりつらい。
「わたしの部屋じゃないけど……椅子、どうぞ」
片づけられた椅子をルイカは持ち上げて隅に置き、腰掛ける。わたしはただ窓辺に立ったまま外を眺めていた。




