春祭り 5
張られた天幕から、たくさんの女の子が出てきて舞台に上がる。ティトラスが舞台の前に立ったら彼女たちは横にはけて今度はわたしたちが舞台に上がって……と繰り返した流れをもう一度思い出す。
集中しないといけないと思うけど、知っている人があの中にいるということを知っているからついつい探してしまう。ソーチャがいた。背が高いからすぐにわかる。困り顔で、でも楽しそうな表情で踊っている。体の動きに合わせて結んだ髪が揺れていた。
空色のドレス。チィだ。縮こまって、誰にも気づかれないようにしているけど、それが却って目立ってしまっている。ソーチャとは違って本当に渋っていたようでちょっとかわいそう。
リリも見つけられたけど、キャトラのいる場所がわからない。あんなに目立つ格好をしているからすぐにわかるはずなのに。
「春の喜びとともに、旅の神は愛しい女神のもとへ帰ります」
十歳くらいの男の子のたどたどしいナレーション。可愛らしい。そろそろ、わたしたちの番だ。
「神を迎えたのは六人の娘。彼女たちも喜びの輪に混ざります」
最初に踊るのはノイラ。大変なことは先にやるのが一番なのですよ、と言っていたけど。さっきまでの様子だと心配だ。
そんな心配をよそにノイラとティトラスは踊り始めた。意外と言ったら失礼だけど、あんなに緊張していたのにとてもいい動きだと思う。でもなんて言えばいいのかな。気合が入りすぎていて心配だ。
ティトラスが苦笑いしている。ノイラがあの様子でも冷静に動けているようだから、やっぱり場慣れしているんだな。普段から踊っていそう。
ティトラスと目が合う。わたしの番だという合図だ。どきどきする心臓をどうにか落ち着かせようとしながら前に出る。優雅な動きでティトラスはわたしの手をとった。
「お上手ですよ。もっと肩の力を抜いてごらん」
近くで聞こえる優しい声。薄く微笑んでいる大人の余裕。彼に好意を抱く女の子がたくさんいる理由がわかってしまう。物語の騎士みたいで、それならわたしはまるで……だめだ、しっかりしないと。
小さくうなずく。
「その調子、その調子」
褒めてくれた。照れてしまって顔を直視できず、視線を外してしまう。こらえているような小さな笑い声が聞こえた。
「おや、ルイカ。後ろの方にいるものと思ったのですが」
あと少しでララに変わろうかという頃。小さな声でティトラスは急に言う。意図を考えるより先につられて後ろを向いてしまった。いる。前から二番目の列。
よくわからない、理解できないものに出会ったときのような表情をしていた。言い表すなら困惑?
「もう交代ですね。また機会があったらお相手してください」
社交辞令だとはっきりわかる言い方。でも、それでもその表情や声はやっぱり女の子の心をときめかせてしまうのだろう。わたしも、どきりとしてしまった。
***
天幕の下に皆集合している。
コルネーヤが緊張のあまり力が抜けてしまって、それでも彼女を支えてティトラスが踊り切るという事件が起きてしまったけど、それを除けばなかなか大成功だったんじゃないかな。
セラの女神様はとても神秘的で、美しくて、もしかしたらおこがましいたとえかもしれないけど、本当の女神様のようだった。
「さ、コルネーヤ。そろそろ戻る時間だよね?」
「う、うん。でもまだちょっと時間があるかも……」
「ないない。早く帰ろうね」
また家で、と言うとチィがすたすたと家の方向へ帰っていく。彼女の鼻歌が聞こえる。やっぱり帰りたかったんだ。渋々といった様子のコルネーヤが名残惜しそうにわたしたちの方を見ていた。やっぱり、お土産を持って帰らないと。
「キステットは見たいものある?」
「特にないわ」
キステットもあまり興味がない組。多分、ソーチャがいろいろ引っ張って連れて行ってくれるはず。キステットは意外にソーチャのことを気に入っているようで、なんだかんだ楽しんでくれる……はず。
「父ちゃんと母ちゃんも店を出しているんだよ。ちょっとだけ手伝っていかない?」
「別にいいわ。なんでも」
そう言いながら断らないのだから、やっぱり二人は相性がいいのだと思う。
「ジードルさん、お客様がいらっしゃっていますよ」
職員さんが顔をのぞかせる。あ。例のあの人が来たのかな。
「ああ、わかりました。レーチェ、行こうか」
わたしと目が合うとレーチェはわざとらしく肩をすくめた。少しでも楽しい思い出ができるといいね。
「ララ! グラスアイスってあっちなんだって! さっき聞いたの!」
「え! ほんと? でもあっちっておもちゃのエリアじゃなかった?」
もう目の前のお店しか見えていないようで、飛び出していった。着ているものは違っても、ちゃんと二人に繋がりがあることを実感する。グラスアイス。気になる。
でも、よく考えて使わないと。せっかくいただいたお小遣いだから。これでコルネーヤたちへのお土産が買えなくなったら大変だ。
「ねえ、ティトラス。どこに行きましょうか」
「そうだな、北会場に旅芸人が集まっているらしい。春祭りといえば彼らだろう」
「芸ですか。芸は好きですよ。行きましょうか」
お祭りなのに落ち着いた様子で出ていく。優雅な二人と旅芸人のギャップはあるけれど。なかなか毒のある芸風の人も多い。
「キャトラさん、やはりその格好で出歩くのは……」
「そうよねえ。劇も止められちゃったし。残念だったわ」
「教育に良くないので当然です」
やっぱり、止められていたんだ。何となく彼女が踊るつもりだったものも違うジャンルのものだったのはと疑ってしまう。ごめんなさい。
「じゃ、着替えてからデートね」
「えっ、あたしと?」
ノイラが首を傾げている間に更衣スペースに隠れてしまった。はやい。
皆ほとんど出ていってしまった。そういえば、こっちに引っ込んでからルイカを見ていない。周りの様子を見ていたせいかな。
探してみたらすぐに隅で話しているグルシユ姉弟を見つけた。どうしてトリカさんも? なにやらトリカさんは心配そうで、その上で呆れているように見える。手前側にいるからルイカの表情はわからない。
「そーいうのはあたしとお兄ちゃんだけにしておきなって」
「そういうのってなんだよ」
「わかんない? ……あ、リティ」
声をかけようと近づいてみると、すぐにトリカさんが気づいた。少し遅れてルイカがわたしを見る。その顔はいつもどおりだったから、トリカさんの表情が逆に気にかかる。
「ごめん、ルイカ借りてたよ。さ、さっさと色々行ってきなさい。ウチの弟を連れ回してあげてね」
「えっと、わかりました」
あまり、触れないほうがいい会話なのかもしれない。トリカさんはもういつもの楽しそうな笑顔だし。
何も見なかったことにして二人でいっぱい楽しもう。何かがあったのだとしても彼が忘れられるように。




