春祭り 4
「簡単に着れますし、先に髪とお顔からしましょうね」
羽織らせてもらった上着の中は下着だけだ。頭も体も整えなければいけないのだから、確かにあっちを立てればこっちが立たずなのはわかるのだけど、やっぱり恥ずかしい。彼女とわたしだけしかいないとしても。
「どんな髪型がご希望かしら?」
「えっと、お任せで……」
「折角ですから、今とは違う髪型にしましょうか」
彼女はリボンをほどいて綺麗にたたみ、優しくブラシをかけてくれる。
「片側の耳下で軽くまとめてみますね。ほら、よくお似合いです」
普段髪で隠れているところがむき出しになって、首筋が寒い。でも鏡の向こうのわたしは普段よりもお姉さんに見えてうれしかった。そうなのだけど、普段の髪型が慣れているから結局変えることはないんだろうな。
「ありがとうございます、なんだか不思議な感じです」
「うふふ、きっと慣れますわ。さあ、お化粧しましょうか」
されるがままに色々なものを塗られる。慣れない感覚にむずむずするけれど、やっぱりわくわくする。なんだか大人になったみたいで。
「最後に紅を塗りましょうか。ほら、艶やかになりました。少し乾燥していたから、クリームはいかが? いい香りの薬草も入っているの」
「……ありがとうございます」
「終わったらお渡ししますね
女性は小さな壷に入ったクリームを鏡台の前に置く。取れてしまわないように気を付けながらすこしだけ触れてみた。色は薄いのに、光沢があってどきどきしてしまう質感。
***
「はい、これで終わりですよ。お務めではありますが、楽しむのも忘れないでくださいね」
「ありがとうございます!」
着替え終わって肩のリボンがちゃんと結ばれているか再確認する。この部分がリボンなのは少し心細い。
脛までの丈で、普段よく身に着ける服より少し長い。くるっと回るとふんわりと空気を含んでいた。
「あら、クリームをお忘れですよ」
もう一度お礼を言って戻ろうとすると、声をかけてくれた。ありがたくいただいて控室へ戻る。
「あ、リティ」
キャトラだ。真っ赤な花と同じくらい真っ赤なドレス。長い丈に深くスリットが入っていて……大丈夫なのかな。このドレス。
「リティも終わったところなのね。私もよ。控え室に一緒に行きましょうか!」
「うん。キャトラ、よく似合ってるね。ちょっと大胆だけど……」
「ありがとう。光栄だわ。あなたもよく似合ってる」
でも、もうちょっと肌を見せてもいいと思うわ、とくすくす笑っている。正直なところ、わたしが大胆な服を着てもそんなに見栄えが良くないと思う。
悲しいことに皮膚の下は骨ばっかりで、キャトラのような柔らかさがない。ここに来たばかりのころと比べたら随分ましになったけれど。自分のことながら、昔のわたしがどんな生活を送っていたのか心配になる。
「あ、ここよね」
キャトラに続いて控え室に入る。ララに声をかけようと周りを見渡して違和感があった。濃い藍色のドレスを着た、ソファの背もたれに顎を乗せた女の子。よく知っている顔の。
「トリカさん!?」
一応は関係者以外立ち入り禁止だ。そして、何歳までが少女かは難しい問題だけれど、トリカさんはもう違うんじゃないかな。確かルイカの五つ上。
「あ、リティ来たよ。ララ、行っておいで」
この場所に自然に溶け込んでいる。ララもいたって普通に手を振っていた。
「トリカさん、何でここに……踊るんですか?」
「ん-ん。変装」
確かに、トリカさんは小さいし顔も幼さが残っている。ドレスを着ていれば十分着替えに来た女の子たちに紛れ込めるかもしれない。
「どうしてですか……?」
質問を変えてみる。
「妹の晴れ舞台だもん。見に行かないと」
レーチェとキャトラ、セラが三人集まって何かひそひそ話している。
「妹さん、いましたっけ?」
少なくとも同じ家には住んでいないようだったし、ルイカからそんな話を聞いたこともない。上にお兄さんがいるのは知っているけど。
「そりゃリティのことよ。妹同然じゃない」
そう言ってもらえるのはうれしいけれど。
「家族公認の関係?」
「違う。そんなのじゃない。姉さんのたちの悪い冗談だ」
ジードルがルイカに話しかけていた。結構珍しい組み合わせ。
「えっと、ありがとうございます。でもここにいたら怒られちゃいませんか?」
「誰か来たら隠れとくよ。気にしないでよろしい」
不敵な笑みを浮かべている。トリカさんの好きにしてもらったほうがいいのかも。
「でも可愛いね。雰囲気違うのも似合ってる!」
「……そうですか?」
優しい、お姉さんのような眼差し。妹と呼んでくれるのも冗談ではないのかもしれないと期待してしまう。
「うん。信じられないなら後でルイカに聞いてごらん。あたしは冗談ばっかりしか言えないけど、あいつは正直だよ。それにあたしと似たようなセンスだし」
本当に同じようなセンスなのかな。今まで見た感じだと、ユニークなトリカさんと堅実なルイカという対比がぴったりだけど。
***
一人でいたり、お喋りしたり。全員の準備が終わって少しだけ休憩時間。すぐに開会式が始まるから、そんなにのんびりはしてられないけど。
「支部長さんでしょ? 知ってますよー。変な方ですよね」
「うんうん。あたしのこと気に入っててね。ありがたいけど時々さぁ……」
キャトラとトリカさんが楽しそうに話しているのを、わたしの斜め隣で背もたれに片肘をついてルイカが見ている。あーあ、とでも言いたさそうな表情で。
「気が合ったみたいだ」
「そうだね。いいことだよ」
あまりよく思っていなさそうだ。不思議。
「似ている気がするんだよな……」
それは否定できないかも。楽しいことが好きで、自由気まま。そして両方とも頭がいい。トリカさんはもちろん、キャトラも鋭くて機転が利く。
「そうかもね」
「この二人が組んだら厄介だな」
うん。それは絶対にそうだ。そしてきっと二人が組んだ時に標的になるのは、ルイカだと思う。トリカさんは当然ながら、キャトラもよくルイカをからかっている。
「そうなったらわたしが助け舟を出すよ」
「……火に油を注ぎそうだ」
否定はできない。わたしが慌てているときのキャトラはとても楽しそうな顔をしている。
「なんで僕ばかりなんだろうな」
「……何でだろうね?」
本当はなんとなく気持ちがわかるのだけど、それを言ったら不機嫌にさせてしまいそうだから黙っておく。慌てる君はちょっとかわいい。




