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ep2 実験体

 幼い頃から西宇治(にしうじ)(みなと)は自分が家族に愛されていない事を理解していた。医師であり、沢山の信者のいる母ーー西宇治(にしうじ)貴音(たかね)。そしてそんな母の信者でもある父ーー西宇治(にしうじ)宏通(ひろみち)。父は母しか見ていない。そして母は自分を娘ではなく実験体(・・・)としてしか見ていない事を知っていた。

 元々父から愛されていない事は知っていた。だかは、湊は母からの愛情を求めていた。

 しかし、ある日偶然開きっぱなしになっていた日記で事実を知ってしまう。

 自分が生まれる前から遺伝子操作をされ、才能を持って生まれるように調節されていた事を。

 他の人と比べて自分が文武共に優れている事は自覚していた。しかし、それがそうなるように調節されていたとは夢にも思わなかった。

 母は私を愛していない。それは当時の湊の感情を壊すには十分だった。


 子供は所詮親の所有物。親は子に何してもいい。


 湊の中でそんな考えが生まれてしまう。そんな事ないよと2歳年上の従兄弟であり、自称湊の名付け親である東條(とうじょう)奏兎(かなと)は落ち込んだ湊にそう言った。しかし、湊は実際に母の字で書かれた実験体の観察日記を全て読んでしまっていた為、信じられなかった。


 それから湊は東條家に入り浸る事が多くなった。従兄弟である奏兎も彼の姉である有紗(ありさ)も優しくしてくれる。実の家族は上手く行かなかっが、東條家で3人兄弟の様に育ち、少し歪みながらも湊は真っ当に生きていた。


「湊! 今日は公園に行くぞ!」

「湊! 今日は海だ!」


 毎日の様に奏兎が家まで迎えにきてくれた。


「待ってよ、かな兄」


 人より優れていると浮く。すでに周囲から浮いていた湊にとって、何も気にせずに構ってくる奏兎の存在は救いだった。でも、時折奏兎が寂しそうな瞳をしている事を知っていた。自分に構うのは、誰かの代替品として? 時折湊の中でそんな疑問が過ぎる。でも、奏兎が湊に向けてくれる愛情は代替品だとは思えなかった。


 そんな生活を何年も続けて、湊は中学1年生になった。

 珍しく、入学式に母親が来てくれるとわかり、愛情はないとわかっていても、湊は喜んだ。

 少しは自分を気にかけてくれている事がわかり微かな幸せを確かに感じた。


 入学式の帰り道、車がゆっくりと湊に向かって突っ込んできた。


「湊!!」


 そう言って、貴音は湊を突き飛ばす。そして湊の代わりにゆっくりと迫ってきた(・・・・・・・・・・)車に轢かれた。


 その時の母の実験をする様な笑顔が頭から離れない。

 すぐに貴音に駆け寄り、安心する。意識はあるし、車の速度も遅かった。だから死ぬ事はない。そこまで考えて、疑問に思った。


(何故、その速度で人を轢いた? 普通に停まれただろう)


 と。高音が湊の腕を掴んだ。


「実験をしましょう、湊。私が死にかけた。それで信者達はどんな表情をするのかしら?」


 その言葉で湊は全てを悟った。母に嵌められたのだと。車の運転手がどこかに電話をしている。きっと運転手も電話をかけている相手も母の共犯者だ。湊を地獄に堕とす為の儀式が目の前で行われているのだ。

 湊は立ち尽くした。しばらくすると救急車の音が聞こえ、母が救急車に乗り込んだ。救急隊員と母が笑顔で会話をしている。きっと搬送先は母の勤めている病院だ。あそこには貴音の信者が多い。なんとでも誤魔化せる。


 救急車に乗ることもなく湊はしばらくその場に立ち尽くしていた。捜査に来た警察にも声をかけられない。この警察もグルかと湊は思った。

 そして何時間経ったんだろうか、壊れた機械の様に湊は家に向かった。

 家に入り、扉を閉める。玄関でズルズルと座り込む。


(なんで私を作ったの、お母さん……)


 そんな疑問が浮かぶ。しかし答えはわからない。きっと母の性格から意識不明のふりをして潜伏するのだろう。湊の不幸や信者の反応を見るその為に。本当に貴音にとってはただの実験なのだ。


 その事実を実感しても涙すら出ない、悲しいとすら思えない。自分の感情が壊れている事を湊は実感した。


 その時、家の扉が開いた。そこには血走った目をした父親がいた。


「お前のせいで、貴音さんが!! お前が轢かれればよかったんだ!! なんでお前なんかを貴音さんが庇ったんだ!!」


 宏通はそう叫びながら、湊を殴り倒す。そして何度も顔を、体を殴る。

 皮肉なことに、初めて宏通が瞳に湊を映した瞬間だった。


「お前が死ねばよかったんだ!」


 宏通はそう叫ぶと、湊から離れリビングに向かう。倒れた状態でその様子を湊はただ見てることしかできない。宏通はすぐに戻ってきた。

 両手に包丁を握って。


(殺される……)


 本能的にわかった。父は自分を殺すことになんとも思っていないと。子供は親の所有物だ。親に殺されるのならば仕方がない。全てを諦めた湊は死を受け入れた。


 その時、玄関の扉がバンっと開いた。携帯を片手に息を切らした奏兎が玄関に入ってくる。


「湊、おばさんの話聞いた! 大丈夫……か」

「かな兄……」


 玄関を勢いよく開けた奏兎は倒れている湊と血走った目で湊に包丁を向ける宏通を見て目を見開いた。しかし、すぐに行動に移す。土足で家に上がり込み、震える手で包丁を握っている宏通の手に手刀を落とす。そして緩んだ手から包丁を奪い取り、離れた位置に投げ捨てる。そして、宏通を羽交い締めにする。


「何をやっているんだ、おじさん! 湊を殺す気か!」

「こいつのせいで貴音さんが死んだんだ! 責任を取らせなくては」

「おばさ……貴音さんは生きている! 勝手に殺すな!」


 奏兎の怒鳴り声に宏通は力が抜ける。奏兎が羽交締めを解くと、ズルズルと床に座り込む。


「警察に連絡する、湊いいな?」


 奏兎は優しい声で湊に声をかける。湊はこくりと小さく頷いた。

そして、宏通は殺人未遂で逮捕された。




 

本日序章3話更新です。あと1話あります。

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