【8】贈り物という名の接触。〜完璧な標的の条件〜
そして、ロサンゼルス市警察にある、オラクルの本部の会議室では、イーサンの指示が飛んでいた。
「ベックとヴィヴィアンは、最初の被害者の所属事務所に聞き込みに行ってくれ。
電話では覚えていないと言っていたが、所属事務所のモデルが自殺じゃなく、他殺かもしれない可能性が出てきたんだ。
何か思い出したかもしれない」
ベックとヴィヴィアンが揃って「了解!」と答え、会議室から出て行こうとする。
すると、ベックが立ち止まり、「セシル、食事会は18時からだよな?」と訊いた。
セシルはにっこり笑って「うん!」と答える。
「じゃあ、5時には一旦ホテルに戻ろう。
それから、送って行く」
「うん!
分かった!」
ベックがセシルに親指を立てると、今度こそ本部を出て行く。
イーサンがカリスタに向かう。
「カリスタ、これからランディ・ミラーの遺族との面談が始まる。
俺とエレノアは遺族に会う。
君はセシルと、被害者の過去をもう一度見直してくれ。
まずは金銭関係からだ。
必要ならハーパーを使え」
カリスタが頷く。
「ええ、隠し口座の存在の線も洗い直すわ。
国税庁にも、もっと詳しい報告を出して貰う」
イーサンが「頼んだぞ」と言って、エレノアと会議室を出て行く。
それから一時間ほど、カリスタは関係各所に連絡を入れ、セシルは書類に向かっていると――
フェルトン刑事が本部に飛び込んで来た。
カリスタが立ち上がる。
「フェルトン刑事、何か?」
フェルトン刑事は、カリスタに返事もせず、セシルに言った。
「アシュリー捜査官!
お忙しいところ申し訳ないんですが、受付まで来てもらえませんか?」
セシルが書類から顔を上げると、カリスタが訊いた。
「何故ですか?」
フェルトン刑事はハッとした顔になると、カリスタに向かって振り向いた。
「それが……シャーロット・アルマン家の執事が、アシュリー捜査官に渡したい物があると言うんです。
今夜のランディ・ミラーの追悼の食事会の為に。
私が渡しますと言ったんですが、アシュリー捜査官に直接渡すと言って、てこでも動かないんです。
それに、うちの署にも大量の差し入れを持って来ていて」
セシルがさっと立ち上がる。
「分かりました。
行きます」
カリスタが鋭い目をして言った。
「セシル、私は執事の死角で監視してるわ。
何かあったら呼んで!」
「うん!
よろしく!」
セシルがカリスタを真っ直ぐ見て答えると、三人は本部を出て行った。
「それが、ロサンゼルス市警察への大量のドーナツと、高級店のコーヒーと、セシルへの『贈り物』か……」
ベックが呆れたように、ため息をつきながら言うと、ヴィヴィアンも苦笑した。
「セミオーダーの礼服一式に、ブランド物の革靴に、シルクのポケットチーフ。
カフスはサファイアで、ダイヤモンドで縁取りされてる。
10万ドルはする品よ。
それに、礼服一式だって、セミオーダーってことは一晩で作らせたんでしょ?
いくらセシルが気に入ったからって、やり過ぎじゃない?
それとも金持ちの道楽?」
イーサンが静かに答える。
「どちらもだろう。
慇懃無礼なほど慇懃な態度の老練な執事で、セシルは断り切れなくて、結局カリスタが出て行って、事件関係者から物品は受け取れないと答えたら、ではお貸ししますと言われたそうだ。
明日、受け取りに来るそうだ」
ベックが心配そうに訊く。
「それでセシルは?
セミオーダーってことは、シャーロットが一目見て、セシルの身体のサイズが分かったってことだろ?
いくらモデル事務所の社長だからって、ちょっと不気味じゃねぇか?」
イーサンの口元が僅かに上がる。
「セシルは気にしていない。
シャーロットが本気でランディの死を悼みたいと思っていると考えている。
シャーロットがセシルの前で、本気で泣いたのが効いたらしい。
それで、所属事務所の方はどうだった?」
ヴィヴィアンがイーサンに向かって、お手上げポーズを取る。
「それが、仕事の記録が残っているだけで、被害者については特に新情報はなかったわ。
大きな契約を交わした後のプレッシャーに耐えかねた家出だと思われていたので、当時違約金を支払わされた事務所は、そちらの記憶の方が鮮明で。
彼はごく普通のモデルだったと言っていた。
そして、年の割に大きな仕事をゲットしたラッキーなモデル。
それだけよ」
イーサンの冷静な声がする。
「だが、モデルは売れるまで生活苦に陥ることが多いだろう?」
「その辺は家族が支えていたらしい」とベック。
「オーディションを優先出来るように、被害者は1日や数時間で終わる短期のアルバイトしかしていなかった。
それに、親が生活費だけで無く、安全なアパートを借りてやってた。
恵まれてたよ」
イーサンが「それはランディ・ミラーと同じだな」と言うと、エレノアがファイルをデスクに置き、話し出す。
「ランディも両親が金銭面で協力していました。
両親は生活費と家賃を全面的に援助していて、ランディはモデルのオーディションや仕事を優先する為に、アルバイトすらしていません。
両親は、ランディは無駄遣いをしていないと言っています。
カードの履歴や口座を調べてくれれば分かるとも。
そこでチャーリーに調べてもらったら、確かに無駄な支出は無く、残高も1500ドル近くありました。
それと、ランディには12才年上の姉と10才年上の兄がいて、生まれた時から家族の愛情を一身に受けて育っています」
カリスタが「随分年が離れているのね」と驚いた声を出すと、エレノアが頷き、続けた。
「ええ、そうです。
ランディがハリウッドに移ってからも、姉と兄はまめにランディに会いに来ていました。
姉と兄によると、ランディはモデルとして成功することに夢中で、恋人も作らず、ストーカーに遭ったこともないと断言しています。
それから、ランディは大学を卒業した時、上位5%の成績優秀者でした。
それに、ランディが失踪して、警察が家出人と処理しても、一家は納得していませんでした。
今回、こんな形でランディが発見されて、警察に対して激怒しています」
イーサンが低く付け加える。
「激怒と同じくらい、悲しんでいるし、な」
そして、一拍置くと言った。
「犯人は被害者の『理想の外見』だけではなく、生い立ちや生活状況、行動まで『理想』を求めていることが判明したな」
ベックがホッと息を吐く。
「じゃあセシルは安全だな!
セシルのお母さんは、今、病院に入院しているし、アイツは唯一無二の天才人生を歩んでいる。
被害者の家庭環境や生い立ちと共通点は無い」
すると、カリスタが重々しく口を開いた。
「だと良いけれど。
犯人は『理想の外見』に一番の拘りを見せているけど、自分に釣り合う内面も持つ相手を探している可能性があるわ。
『理想の外見』を持ち、なお且つ、自分が許せる範囲の教養や知性を持つ相手を探していたら、自然と家庭環境に恵まれている相手に辿り着いたのよ」
カリスタの言葉に、エレノアが真っ青になる。
「セシルは『犯人の理想』の外見をしていて、教養だって知性だって、きっと犯人以上にあります!
それにセシルは、犯人が教養や知性を試そうとして質問をしたら、絶対に答える。
セシルは質問をされたら、答えずにはいられないんです!
セシルは今何処ですか!?」
イーサンが本部の奥の小さな事務所に視線をやる。
そこには、ガラス扉の向こう側で、セシルがファイルに没頭しているのが見える。
「セシルを何故本部と隔離したんですか?」とヴィヴィアンが訊く。
イーサンが即答する。
「セシルの希望だ。
アルマン家に行く前に、ファイル以上のランディの情報を知りたくないと言って。
食事会ではアルマン姉弟に、ランディについて話させなくてはならない。
それには、自分が質問する側になるから、余計な情報を頭に入れたくないというのがその理由だ。
それから、ベック」
「何だ?」
イーサンが黒い縦長の形状の物をテーブルに置く。
「これがS.A.G.E.の最新の送信機だ」
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