【6】守るべき天才、使うべき天才。〜最強捜査官の冷徹な判断〜
その静寂を破ったのは――
ベックだった。
「そうだよ!
つまり、『理想の外見』がセシルそっくりってことだ。
それなのに、セシルを一人歩きさせていいのか!?
犯人はこのハリウッドで次の獲物を探してるんだぞ!?」
セシルはキョトンとすると、輝くような笑顔で言った。
「僕なら大丈夫!
シャーロット・アルマンの家で食事して、ランディの話を聞くだけだし」
ベックがため息を一つ吐くと、イーサンに向かう。
「イーサン!
本気でセシルを一人で行かせるつもりか!?」
イーサンが静かに答える。
「落ち着け、ベック。
相手は一般人だ。
それに、ランディは一番最近の被害者で、被害者の中で失踪期間も一番長い。
ランディが犯人に『選ばれた』理由が分かれば、犯人のプロファイリングを早期に完成する手掛かりになる。
それには、その時、一番身近に居たであろうシャーロットから話を聞くのが最善だ。
幸い、シャーロットはセシルの外見のせいもあるかもしれないが、セシルには心を開いている。
話している内に、忘れていた記憶を思い出すかもしれない」
ヴィヴィアンが頷く。
「そうね。
今は、ほんの少しでも良いから手掛かりが欲しい。
私はチーフの判断に賛成よ」
すると、ベックが続けた。
「俺だって、それが最短ルートだって分かってるさ。
但し、セシルの送り迎えは俺がやる。
食事会とやらが終わるまで、家の近くで張ってるからな!」
セシルが可笑しそうに「ベックの心配性」とボソッと言う。
ベックがセシルの細い肩を、ぐいっと引き寄せる。
セシルがベックの太い腕の中でジタバタしだす。
「ベック!何するの!?」
「あのな!
お前やチャールズみたいなのを守るのが、俺の仕事なんだよ!」
「僕、チャーリーと同じなの!?」
「違うと思ってたのか?天才児!」
「エレノア〜!ベックが苛めるよ!」
エレノアが巻き髪を揺らし、二人の元にやって来る。
「はいはい、セシル。
コーヒーでも飲んだら?
ここ、エスプレッソマシンがあるから」
「やったあ!
ベック、コーヒー飲もっ!」
「分かった、分かった!」
ベックが腕の力を緩めると、セシルと並んで本部を出て行く。
エレノアが肩を竦め、イーサンを見る。
「ベックの心配も分かります。
私も、その写真を見た時、ゾッとしましたから」
「私だってゾッとしたわ」と、ヴィヴィアンも苦笑いになる。
「だが今は、セシルに話を引き出させるしかない」
そう言い切るイーサンに、カリスタが静かに話しかける。
「でも、アルマン姉弟は経歴が立派過ぎるというか……。
少し違和感があるのよね」
イーサンがカリスタに向き直る。
「君だって名家のお嬢様だ。
こういう上流階級の人間との交流はあるだろう?」
「それは、あるわ。
でも、みんな大なり小なり家族や家系のプレッシャーを感じている。
でも、この二人からはそういう迷いが全然感じられないの」
ヴィヴィアンが、ポンッとカリスタの肩に手を置く。
「それは、コンピューター上の経歴がってことよ。
現にシャーロットは、あなたやイーサンには強気だったけど、ランディに似たセシルには本音を出した。
あの女王様が、メイクが崩れる程泣いたなんて、信じられないわ」
「それは、そうなのよね……」
カリスタは独り言のように呟いた。
そうして、ベックとセシルが戻って来た。
セシルはご機嫌で、事件の資料を速読している。
セシルは速読の達人で、特に習ったわけでもないのに、一時間あれば三万語読めるのだ。
ベックは、そっとエレノアに近づくと、こっそり訊いた。
「エレノア……!
セシルは大丈夫か!?」
「何がです?」
エレノアが不思議そうな顔になる。
ベックが声を潜める。
「実は……エスプレッソを飲む時に……信じられん程、大量の砂糖を入れてたんだ……!
ザーッとな……!
やっぱり緊張してるんじゃないか?」
エレノアがくすりと微笑む。
「セシルは甘党なんです」
すると、ベックが薄いブルーの目をぐりぐりと見開いた。
「甘党……!?
じゃあ何でエスプレッソを飲むんだよ!?」
「エスプレッソも大好きなので」
ベックは心底、(天才って分からん!!)と思ってしまった。
そしてまた、一段と声を潜めて、メモを差し出し言った。
「エレノア、これをどう思う?」
その後ろから、凄みのある声がする。
「ベック、俺に隠し事か?
チームで動くには、秘密があっては機能しない。
お前は軍でも、嫌と言うほど身に染みて分かっているだろう?」
そう、イーサンだ。
ベックがバツの悪い顔になる。
「いやあ……やっぱりセシルが心配で。
ホテルでちょっと集まって話そうと思っただけだ」
イーサンのアイスブルーの瞳がベックを射抜く。
「話す?
ならば、今、話せば良い」
ベックがつるりと顔を一撫ですると、口を開く。
「イーサンの理論は正しい。
それには、俺も異論は無い。
だが、やはりセシルを一人で送り込むのは心配だ。
彼は銃も撃てないんだぞ?」
すると、続いてカリスタも言った。
「私も心配よ。
セシルは余りにも被害者に似すぎている。
私はシャーロットの言動をこの目で見たし、シャーロットの経歴も、明日会う弟の経歴も、ボス猿タイプ丸出しだった。
そんな二人がセシルに会う理由は、たった一つしか考えられない。
ランディの思い出に浸りたいって欲求だけだわ。
こちらに協力する気なんて、全くないのよ」
ヴィヴィアンは複雑な目をして、二人とイーサンを交互に見ている。
セシルは書類に夢中で、全く話を聞いていない。
エレノアも、遠慮がちに、だがキッパリとイーサンに告げる。
「ベックは、セシルの送り迎えをして、家の前で食事会が終わるまで張ると言ってくれましたが、チーフは何も仰らなかった。
つまり、初めからセシルを一人で行かせて、一人で帰らせるつもりだったと言うことですよね?
もし、アルマン姉弟のモデルがまた狙われていて、アルマン姉弟が犯人に見張られていたら?
そこにセシルが現れるんです。
危険ではないでしょうか?」
イーサンは四人を見渡すと、静かに言った。
「まだ今日の仕事は終わっていない」
そして、一拍置くと、淡々と話し出す。
「いいか。
犯人を逮捕するにあたって、プロファイルするのに、今、必要なものは全て揃っているか?
答えはNOだ。
分かっていることと言えば、犯人は連続殺人犯であると言うこと。
典型的な秩序型で、ボス猿タイプのナルシスト。
自己愛性パーソナリティー障害のサディスト。
そして、被害者に自分の『理想』の外見、行動を求め、暴力ではなく、知性で被害者をコントロールしている、それだけだ」
会議室の空気が凍りつく中――
イーサンは淡々と話を続ける。
「セシル・アシュリー捜査官は、現場に出ることを許可されている捜査官。
銃の携帯の有無も問題ないとされている。
そこで聞くが――
君たちの心配は何だ?
アシュリーの身の危険か?
それを私が回避しないとでも?
それよりも、もっと俯瞰で物事を見ろ。
シャーロット・アルマンの言動、経歴、それに惑わされるな。
弟のトラヴィス・アルマンも同じだ。
完璧な人間など存在しないから、完璧な人間を見ると疑うのは、人間の本能だ。
だが、我々はその“本能”を暴き出すプロだ。
連続殺人犯の動機――
それは“本能”に基づく。
質問はあるか?
エレノア、君は質問するな。
君はプロファイラーではないからな」
すると――
セシルが「はーい!質問!」と声を上げた。
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