【36】女王様が人間に戻った夜。〜罪と許しの祈りと、死を呼ぶ鳩〜
カリスタのデスクの後ろには、イーサンが立っている。
その周りを、ベックとヴィヴィアンが囲んでいる中、カリスタが言った。
「まず、友達申請を受けたお礼と、昼間のランチでの謝罪から始まってるわ。
そして、私の加工された日常の写真を隅々まで見たんでしょうね。
こんなメッセージが来たの。
『私には大切な友達がいたんです。
あなたにそっくりな男の子。
でも、若くして亡くなりました。
あなたの薔薇園を歩く姿に、思わず涙しました。』」
「それで?」とイーサン。
カリスタが答える。
「もちろん、お悔やみを送ったわ。
そして、『薔薇園にいる私の画像で、シャーロットさんのお気持ちが少しでも安らげますように、祈ってます。』とね。
そうしたら――
シャーロットは女王様から、一人の人間、シャーロット・アルマンに戻ったの!
次のメッセージを見て!」
イーサンが低い声で語り出す。
「『私はあの子の死を克服出来ませんでした。
今もそうです。
でも、偶然、あの子にそっくりな青年に出会って、別荘に招待した時に、気づいたんです。
もう、死んだあの子は、どこにも存在しない、と。
どんなに似ていようが、あの子じゃない。
私はあの子が安らかに眠れるように、神に安息を祈れば良かったのです。
でも、もう遅い。
鳩が来ました。
話を聞いて下さってありがとう。
どうかいつまでも、お幸せにお暮らし下さいませ。』
成る程――
シャーロットはセシルという、『似ている』だけじゃない、『本物と見間違う程、似ている』セシルという存在に出会って、別荘にいるセシルを見て悟った。
“あの子”はもう、この世にはいないと」
ベックが薄いブルーの瞳をグリグリさせる。
「固定観念が崩れたのか……!
セシルがそっくりだからこそ、シャーロットの言う、失った“あの子”との些細な違いが逆に目に付いたんだ!」
イーサンが頷く。
「そういう事だ。
だが、犯人は正常では無い。
あれほど似ているセシルを手に入れて、有頂天になっているだろう。
些細な違いなど、どうでも良い筈だ。
シャーロットはアルコール依存症かもしれないが、まだ常識は残っていた。
きっと、犯人に“協力しなければならない理由”がある。
カリスタ。
シャーロットにメッセージを送れ。
『鳩が来たんですね。精霊に神の感謝を。』と」
「了解!」
そうして、カリスタがイーサンの言葉通りメッセージを送ると、一分も掛からずに、シャーロットから返事が来た。
カリスタが読み上げる。
「『本当にありがとう。
でも清らかな死者の魂ではありません。
死を呼ぶ鳩です。
最後にあなたに出会えて私は幸せでした。
どうか、私の為に罪と許しの祈りを。』」
その刹那――
イーサンが固定電話を掴んだ。
イーサンの鋭い指示が飛ぶ。
「ロサンゼルス支局!
こちらイーサン・クロフォード!
ハリウッドにあるモデル事務所、『ラ・ヴレ・ボーテ・マネジメント』に急行せよ!
自殺をしようとしている人間がいる!
社長のシャーロット・アルマンだ!
どんなことをしても助けろ!」
ヴィヴィアンが瞳を見開く。
「シャーロットが……自殺!?」
「鳩ね……!」とカリスタ。
イーサンのアイスブルーの瞳がギラリと光る。
「そうだ。
シャーロットの元に来た鳩は、キリスト教の象徴の鳩じゃない。
犯人が放った伝書鳩だろう。
シャーロットは、セシルを手に入れた犯人の元に行った。
そして、セシルを見た。
そこで、“あの子”はどこにもいないという現実に戻った。
そして、シャーロットの屋敷に伝書鳩が来た」
「自宅!?
今、モデル事務所にいるよな!?」
ベックの問いに、イーサンが静かに答える。
「伝書鳩に、行き先を直接伝える方法は無い。
仕組みはこうだ。
事前に受信地で鳩を育てる。
そして、送信地に運ぶ。
それから、送信地で筒に手紙を付けて放つことで、育てられた巣である受信地に戻る。
鳩の帰巣本能を使うんだ。
つまり、鳩を育てる場所が無くてはならない。
ハリウッドのど真ん中にあるモデル事務所で、伝書鳩を育てていたとは考えにくい。
育てるなら、シャーロットの屋敷だろう。
そして、伝書鳩から届いたメッセージを見て、シャーロットは絶望した。
それから、モデル事務所に向かい、カリスタに友達申請のメッセージを送った。
モデル事務所に向かったのは、そこに酒が無いからだ。
ランチでカリスタに出会ったシャーロットは、最後は何も知らない“あの子”に良く似たカリスタと話したかったんだ。
シラフでな」
ヴィヴィアンが、イーサンを真っ直ぐに見ると言った。
「それで、私たちはどうするの?」
イーサンが即答する。
「ハリウッドに向かう。
シャーロットが助かれば、カリスタになら話をするだろう。
そして、シャーロットの屋敷には、まだ、犯人から来た伝書鳩がいる筈だ。
シャーロットは、犯人と共倒れするより、一人で静かな退場を選択しようとしているからな。
その伝書鳩を使えば、セシルの居場所も分かる。
30分後に出発だ」
皆が一斉に立ち上がり、「了解!」と言った。
イーサンは自分のオフィスに入ると、ドアに鍵を掛け、デスクの引き出しから衛星電話を掴んだ。
短縮ダイヤルをオンにした途端、チャールズの声がする。
「チーフ!
何度も電話したんですよ!?」
「済まない。
こちらで動きがあった。
我々はこれから、ハリウッドに向かう。
進展は?」
「ありましたー!!」と、チャールズの勢いの良い声がする。
「チーフの『セリアと被害者達とセシルとの違いを徹底的に探せ』という命令は、セリアくんの存在を、何故かアルマン家が完璧に守ってる為に無理なので、セリアくんが現れてからの、10代のシャーロットとトラヴィスに焦点を当ててみました!
そうしたら!
トラヴィスくんの春休みや夏休みに合わせて、年に一度、耳鼻科医が“シャトー”に呼ばれています!
聴覚障害の第一人者ばかり!」
「アルマン家に聴覚障害者はいないな?」
イーサンの低い問いに、チャールズが即座に「いません!」と答える。
一拍置いて、イーサンが告げる。
「では、君もハリウッドに一緒に来い。
それと、アルマン家の“シャトー”の薔薇園を全て洗い出せ。
ただし、薔薇園については、君と俺だけの仕事であることを忘れるな。
衛星電話も必ず持って来い。
出発は、君と会話したので――
25分後だ」
「えっ!?」というチャールズの声がする中、イーサンが衛星電話を切る。
「成る程――そういう事が――」
そのイーサンの呟きは、まだ、誰にも届かない。
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