【33】13行目の千切られたパン。〜伝書鳩が運んだ合図〜
30分もしないうちに、リッチモンド警察署CSIから報告が届いた。
ベックが自分のタブレットを見て、顔を顰める。
「殆どゴミだぞ、こりゃあ……」
ヴィヴィアンも頷く。
「そうね。
CSIは冷蔵庫の中の食べ物や飲み物まで検査しているけど、薬物混入はゼロ!」
カリスタも眉を寄せる。
「寝室の空気清浄機まで検査してるわ。
でも、何も出ていないのよね……」
すると、イーサンが一言言った。
「13行目」
皆の視線がタブレットのリストの13行目に移る。
ベックが、やれやれと言った様子で語り出す。
「千切られたパン……?
おい、イーサン!
そろそろ種明かしを頼む!
俺達はお手上げだ!」
カリスタもヴィヴィアンも頷いて、立っているイーサンを見上げている。
イーサンが証拠品袋を持ち上げる。
それは、薄汚れた空のポリ容器が一つだけ入っているものだ。
「まず、パーカーは重度の潔癖症だった。
そこから彼の人生は大きく変わった。
自分では認めていないが、幼少期に小動物を虐待、または殺害し、その嫌悪感から、成長期に一気に重度の潔癖症になったと考えられる。
この会議室のテーブルの上の証拠品もそうだ。
全てが、“綺麗”だ。
例え、部屋の中が足の踏み場も無く散らかっていたとしても、それらはみんな、パーカーが綺麗に拭いて放り投げていた物に過ぎない。
だが――
このポリ容器は違う。
見た通り、汚れている。
そして、CSIの報告書の13行目に記録されている。
『ポリ容器の中身は千切られたパン』で、そのパンに薬物混入の形跡は無く、処分したと。
では、重度の潔癖症のパーカーが、なぜ、こんなことをしたか?
する必要があったからだ」
イーサンの鋭い声に、静まり返る会議室。
その沈黙を破ったのは、カリスタだった。
「動物……!
動物を合図に使ってたのね!
そして、きっとそれは鳩だわ!」
「ご明答」
イーサンの一言に、益々しかめっ面になるベックが言う。
「鳩!?
何で鳩で合図なんかするんだよ!?」
カリスタが美しい笑みを浮かべて答える。
「上流階級で四代も遡れば、良くあることよ。
当時は電話なんて無かった。
だから、伝書鳩を使っていた。
うちの曽祖父も伝書鳩を使っていて、その名残りで、伝書鳩を今も飼育しているし、実際に使っているわ。
もちろん今は、例えばヨットに出かけた兄に、サプライズで伝書鳩に伝言を託したりね」
イーサンも低く付け加える。
「ギャングでも、通信機器を信用しないという連中が、伝言鳩を使うことは良くある。
NYやラスベガスのような大都市でもな。
ハーパー」
スピーカーからチャールズの勢いの良い声が響く。
「ハイッ!チーフ!」
「アルマン家の本家の敷地に、伝書鳩の飼育小屋はあるか?」
「えっ!?……えーと……小屋は無数にありますね……!
あ!あった!
使用人が鳩の世話をしている衛星画像があります!
拡大したら、鳩の足に伝書鳩用のリングも見えました!」
「よし。
では続けて、アルマン家が所有する全ての建物に、伝書鳩の飼育小屋も追加して探せ」
「は!?え!?……アッ、アイアイサー!」
そうチャールズが言って、通信がブチッと切れる。
ヴィヴィアンが大きく頷くと、口を開いた。
「つまり、その医者は、重度の潔癖症のパーカーには到底出来ない、鳩との通信も可能にさせた。
でも、どんなに精神を操ろうとしても、パーカーは重度の妄想も抱えていた。
自分が薬を変えたせいで、根っこの部分は変えられなかったのね!
だから、パーカーは鳩の餌は置けても、容器を拭くことは無かった……!
また、鳩が来たら汚れるなら、そのままにしておいて、パンを千切って置いておけばいい」
ベックも勢い良く話し出す。
「その鳩さえあれば、自分のアリバイも心配しなくて良いしな!
出勤前に鳩を飛ばせば良い!」
「そう言うことだ」とイーサン。
「それに、最初にパーカーの頭の中に入れれば、後は簡単だ。
自分の薬を、主治医の薬だと思い込ませ、服用させ続ける。
そして、鳩からのメッセージで洗脳を途切れず続け、GOサインを受け取った時に犯行を実行させると同時に、鳩の記憶を忘れさせれば?
証拠は無くなるという訳だ」
カリスタが首を傾げる。
「つまり、証拠は無くなったのよね?
伝書鳩は、別に餌に惹かれて来る訳じゃないわ。
きっと、“パーカーの中にある鳩のイメージ”を犯人は利用しただけよ。
チーフは、何を探しているの?」
イーサンの口の端が僅かに上がる。
「鳩小屋と墓がセットになった建物だ」
その言葉にギョッとするベックとヴィヴィアン。
カリスタもじっとイーサンを見ている。
イーサンが静かに続ける。
「だが、今、君たちに話すことは出来ない。
プロファイルで、犯人がパーカーを駒に使い、殺人の司令を出す方法は分かった。
だが、証拠が無い今、建物の件の“意味”を知れば、俺は君たちを守れない。
だから、ベックとヴィヴィアンの作成してくれたリストに戻ろう。
そこに――
犯人が追い求めている『理想の人間』が必ずいる。
ベック、リストを皆のタブレットに送ってくれ」
ベックが「おう!」と言って、タブレットをフリックした。
ヴィヴィアンがタブレットを手に話し出す。
「チーフの指示で、アルマン家の三代目の当主から使用人の雇用状況をリストにしたの。
一つ目は、今もアルマン家の“シャトー”で暮らす優秀な使用人のリスト。
二つ目は、シャーロットが8歳の時に、執事から解任されたような人物のリスト。
でもね……」
そこで、ヴィヴィアンがチラリとベックを見る。
ベックが苦笑する。
「いないんだよ!
不審な人物が!
金銭面から人物像……全て照らし合わせたが、“シャトー”で暮らす優秀な使用人は、“優秀”だ!
だからこそ、“シャトー”で何不自由なく暮らして、使用人でいられるって訳だ。
シャーロットが8歳の時に、執事から解任されたような人物も、そいつだけ!
しかも、そいつも優秀だ。
病院経営に仕事が移っても、ちゃんと成果を出している!
何で解任されたか、さっぱり分からん程だ」
イーサンが小さく頷く。
「成る程。
では、使用人の子供たちはどうだ?」
ヴィヴィアンが即座に答える。
「その使用人の親の考え方一つね。
“シャトー”から公立校に通わせている子供もいれば、少し学費は掛かっても、私立校に通わせている子供もいる。
因みに、子供でも“シャトー”で法律違反を起こせば、親はクビになり、“シャトー”を出て行く羽目になる。
だから、みんな良い子よ。
少なくとも記録上は」
「家庭教師の出入りなどは?」とイーサン。
ベックがタブレットを見ながら言う。
「アルマン家の子供には、3歳になると家庭教師が付く。
上流階級の帝王学ってとこだな。
礼儀作法、語学、ダンス、楽器……様々な家庭教師がいるが、全員“シャトー”に住み込む事が契約の条件だ。
そして、家庭教師たちにも不審者はいないんだよな」
「家庭教師の給与の差は?」
ベックがタブレットを見たまま答える。
「俺は帝王学なんて受けてないから良く分からんが、多少の差はある。
それに男の子の場合、末っ子のトラヴィスが寄宿生活を送るまでは、全員同じ人間が残っている。
つまり、不審者はいない。
シャーロットもそうだ。
同じ人物が受け持って、12歳になると、一旦帝王学の家庭教師達は離れ、デビュタント時期に、新たな家庭教師が来てるな!」
その時、カリスタが口を開いた。
「デビュタント時期に家庭教師?
アルマン家のたった一人の女の子が?
シャーロットなら、高校生の時に、スイスにあるデビュタント候補生が集まるマナー学校に1年間留学するのが普通よ?
私も留学したわ」
イーサンの目がギラリと光る。
そして、イーサンは淡々と言った。
「もう、終業時刻を過ぎている。
今日はここまでにしよう。
皆、お疲れ様」
そして、イーサンは一人、静かに会議室を出て行った。
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