【30】女王様がナイフとフォークを落とした日。〜アルマン家の敷地に眠る違和感〜
イーサンが自分のオフィスに戻ろうとすると、ヴィヴィアンに声を掛けられた。
「チーフ!
リストが出来たわ!
パソコンに送っておいたんだけど……少し話せる?」
「ああ、何だ?」と言って、イーサンが立ち止まる。
「正直、あのリスト……役に立つのかな、って思って」
「そう思う根拠は?」
ヴィヴィアンが思案げに答える。
「アルマン家は、使用人にとても手厚い待遇をしているの。
豪華な住居から家財道具、最新の電気機器、使用人の子供の教育、保険諸々、全てアルマン家が担ってくれてる。
特に住み込みの使用人にね。
もちろんその代わり、屋敷内で起きた出来事を漏らせば、年収3万ドルの相手でも100万ドル単位の争訟を起こすし、まず、雇われた時の雇用契約が厳しいの。
だから、リストは“シャトー”で暮らす優秀な使用人だらけよ。
シャーロットが8歳の時に、執事を解任されて別の仕事に回された執事は奇跡!
なぜ、執事を解任されてクビにならなかったのか、不思議なくらい!」
「つまり?」
イーサンとヴィヴィアンの視線がぶつかる。
ヴィヴィアンは目を逸らさずに言った。
「チーフが私たちの三歩……いいえ、何十歩先まで考え抜いてプロファイルをしているのは、分かる。
でも、少しは目星があるなら教えてくれても良いんじゃない?
それに、カリスタも何処にいるの?」
イーサンは静かに答えた。
「それで……俺の指示で君たちに落ち度があったら、俺が君たちをクビにするのか?」
ヴィヴィアンの目が見開かれる。
イーサンは静かに続けた。
「いいか。
相手はアメリカの上位5%に入る富裕層だ。
一つの落ち度も許されない。
だが、君たちが自分の仕事以外、何も知らなければ?
君たちは“分散された捜査”をしていたことになる。
裁判所で、宣誓をしても、知ってることだけを話せば良い。
俺もそうだ。
俺は今、プロファイルで捜査をしていない。
手順に従い、プロファイルを“元”に、アルマン姉弟に不審な点があるから、情報を集めているだけだ。
裁判所で、宣誓をして、弁護士にも検事にも、12人の裁判員にも、判事にも目を見てそう言える」
そこで一旦言葉を切ると、イーサンは続けた。
「君も分かっているだろうが、プロファイラーとは、机上の空論を振りかざせば良いのではない。
捜査官として動く。
プロファイルとは“手段”であって、それは犯人逮捕を迅速にする為と、確実に有罪にする証拠を集める為のものだ」
ヴィヴィアンがしっかりと頷く。
「つまり、あのリストはプロファイルする価値があるのね……!」
イーサンの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「もちろんだ。
だから、君とベックにリストを作らせた。
あのリストには必ず“違和感”がある。
あの執事のような、な」
ヴィヴィアンが「了解!」と言ってデスクに戻って、ベックと話し出す。
イーサンは自分のオフィスへと一直線に向かった。
イーサンのパソコンにカリスタが映る。
カリスタは、ハリウッドからの帰りのオラクル専用ジェット機の中だ。
「どうだった?」
イーサンが一言問うと、カリスタは美しく微笑んだ。
「チーフの作戦は大成功よ。
私がチーフにタブレットで見せられた“彼女”――つまり今の私ね!
それにそっくりになる様に、S.A.G.E.の潜入捜査の外見担当者に、髪をハニーブロンドに染めてもらって、セシルのような緩やかなカールをした髪を少し纏めて肩に掛からない長さにして、セシルの骨格に似せたメイクをしてもらい、セシルのようなボーイッシュなスタイルで、シャーロット・アルマンの前に現れた時の彼女と言ったら……!
彼女、私の姿を見た瞬間に、ナイフとフォークを落としていたわ!
分かりやすい反応ね」
「そして?」とイーサン。
カリスタがふふっと笑う。
「シャーロットは狼狽えて……新しいナイフとフォークを持って来たウェイターに怒鳴り散らす始末よ。
支配人が慌てて飛んで来てたわ。
そして、私にも噛み付いて来た。
『あなたは誰!?ここは会員制のレストランよ!ランチ時にあなたなんて見たことが無い!』って凄い剣幕でね。
だから、私は言ったの。
『私はベネット家の人間で、このレストランの会員ですわ。
でも、今までここを使う機会が無かったんですの。
今日、初めて来ましたけれど、何か問題でも?』とね。
そうしたら、今度はシャーロットは幽霊でも見たような顔になって……!
『それは失礼』と言って、数億円はするハイジュエリーウォッチの下に隠してあったゴムを、テーブルの下で叩き出してたわ」
イーサンが冷たい声音で言った。
「数億円する時計の下のゴムか……。
それは断酒会で良くやる方法だ。
自分を落ち着かせるために。
流石に、真っ昼間からは泥酔は出来ないだろうからな。
それに、シャーロットは、ランディの死をシャーロットに知らせた時に、君に会っている。
それにも気付かなかったということか」
「ええ。
そして、私は食事はせずにレストランを出た。
『こんなところでは食事は出来ない』と言ってね。
そうしたら……あのシャーロットが謝罪したの!
あの女王様が、ね!
そして、名刺をくれたわ。
『今日のお詫びをしたいから、是非連絡を下さいね』ですって」
イーサンは小さく頷くと、「それでロサンゼルス支局は?」と短く問う。
カリスタはにっこり笑って答える。
「もう、24時間体制でシャーロットに張り付いてるわ。
トラヴィスに電話一本掛けても分かる。
シャーロットは今、自分のモデル事務所の社長室に籠もっているわ」
「ご苦労。
では本部で君の帰りを待つとしよう。
それから――
君さえ良ければ、その髪の色のままでいてくれないか?」
イーサンの言葉に、カリスタは再びにっこり笑った。
「ええ、そのつもりよ!
では、後ほど」
そして、カリスタがパソコン画面から消えると、イーサンは衛星電話の短縮ダイヤルをオンにする。
「ハイッ!」と言うチャールズの勢いの良い声が聞こえた瞬間に、パソコン画面がチャールズのオフィスへと切り替わる。
途端に、チャールズが後ろのパソコンを隠す様にして叫ぶ。
「これは……ち、違うんです……!
もう不気味過ぎて……一分で良いから、カバの赤ちゃん動画で良いから観たくなって!
カバの赤ちゃんってかわいいんですッ!」
「結果は?」
イーサンの冷静な問いに、チャールズが慌てて答える。
「ハ、ハイッ!
アルマン家の一族はアーリントン国立墓地に代々眠っています!
ただ、屋敷の敷地内に霊廟もあるんです!
まだ、アーリントンが整備される前に、盗掘などを恐れて初代当たりの人間が納められていると思われます!
でも……ここからが不気味なんです……!!
衛星画像で確認したところ、小さな墓標がポツンポツンと敷地のあちこちにあるんです……!」
「それも、初代当たりのアルマン家の近しい人物の物だろう。
一番豪華な物は?」
「……豪華ですか?
年代は違えど、みんな、同じ様な墓標ですね!」
「では、ロサンゼルスにあるアルマン家の別荘からボート小屋まで、アルマン家所有の全ての建物の墓標を洗え。
必ず、他の墓標とは違う物がある」
イーサンの冷静な指示に、チャールズの声が裏返る。
「……ぜ、全部……の、墓標……!?
いえっ!ハイッ!了解です!」
ブチッとチャールズが画面上から消える。
その瞬間――
ノックの音と共に、エレノアの「リッチモンド警察署からテリー・パーカーに関する証拠品が届きました」という声が、イーサンのオフィスに響いた。
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