【29】アルマン家の象徴、シャトーの噴水の水を止めた謎。〜クビならない使用人を探せ!〜
それから二時間後――
開け放たれたイーサンのオフィスのドアがノックされた。
ベックだ。
「よう!イーサン!
ヴィヴィアンからのメールは見たか?」
「今、開いたところだ」
イーサンの返事に、ベックがタブレット片手に、ふうっと息を吐く。
イーサンが「何だ?座れ」と言うと、ベックはイーサンのデスクの前の椅子に、どっかりと座り、口を開いた。
「……まず、シャーロット誕生時からの使用人を調べたが……出入りの使用人を合わせると千人は越えるぞ!?
ヴィヴィアンは、そこから、一代ずつ遡ると言って今も調べているが、どうやって絞り込む?」
「不祥事を起こした使用人は?」
イーサンの問いに、ベックが今度はハーッと息を吐いた。
「アルマン家の屋敷――通称”シャトー”には厳格なルールがあるんだよ!
合衆国憲法と変わらんような、な!
門扉の開け方一つ間違えてみろ。
即クビだ。
不祥事を起こすような奴は、不祥事を起こす前にクビになってるね!」
イーサンが静かに口を開く。
「成る程。
ではアルマン家に最も長く仕えている使用人は?」
ベックが腕を組む。
「最も長く?
それは初代からってことか?
アルマン家は今、四代目だ。
もう亡くなっているだろうな!」
イーサンが「では――」と言うと、マウスをクリックし、ベックを真っ直ぐに見た。
「執事などはどうだ?
当主の周りにいる人間は、代々引き継がれているんしゃないか?」
「それがな〜……」
ベックが心底残念そうに言った。
「アルマン家の初代はイギリスから使用人を数百人呼び寄せている。
これは誰でも知ってるゴシップみたいなもんだな。
でもな……シャーロットが8歳の時に、イギリスから渡って代々仕えていた執事を、執事の職から解き、病院経営に回してる。
”シャトー”の敷地内に、豪華な家まで建ててやってた執事をだぞ?
きっとアルマン家の法律違反でもしたんだろうが、代々執事をやって来た人間を病院経営に回すくらい厳しいって事なんだよな〜」
「後任は?」
そう、短く訊くイーサンに、ベックが即答する。
「いない。
秘書が格上げされた。
それ以来、アルマン家では執事制度は無くなった」
イーサンの目がギラリと光る。
「いや、シャーロット専属の執事はいる。
セシルにサファイアのカフスボタンの件で、難癖を付けてきた老練な執事だ。
名前はビル。
つまり、当主の執事制度は無くなったが、子供達の子守……ニーナのような執事はいるということか?」
ベックが手にしていたタブレットをに目を落とすと言った。
「ああ、あいつは、シャーロット専属というか、子供達専属の世話係みたいなもんだ。
ただ、兄二人も、弟のトラヴィスも、中学からは上流家庭の子息が集まる一流私立校の寄宿生活を送っているから、たった一人の女の子で、家から学校に通わせていたシャーロットの専属になり、自然と執事の様な存在になったんじゃないか?
あいつも”シャトー”にある高級アパートメントみたいな建物の一室で暮らしていたよ。
だが、シャーロットが大学在学中に、奥さんが亡くなった。
子供もいないから、今はシャーロットの意向で、シャーロットの住むハリウッドのお屋敷に住まわせてるんじゃないか?」
「あり得るな」とイーサンは言うと、一拍置いて続けた。
「シャーロットは確かに女王様気質だが、その反面、脆い。
女の子と言えども、アルマン家では躾は厳しかっただろう。
それに順応し、イェール大を首席で卒業し、弁護士にまでなったのに、酒に走った。
幼い頃からの”執事”は、手元に置いておきたいのだろう。
精神的な安心材料になる。
そこで――
シャーロットが8歳の時に、アルマン家に何があった?」
ベックが大きな手でつるりと顔を撫でる。
「それが、何も無い!
仕事も順調、家族仲も良好。
子供たちにも、問題ナシ!
俺もヴィヴィアンも、そこが引っかかって詳しく調べたが、本当に何も無いんだよな。
だから、アルマン家の憲法違反じゃないかと結論づけたってわけだ」
イーサンが頷く。
「そうか。
では、三代目からでいい。
クビにならずに、今もアルマン家の”シャトー”で暮らす優秀な使用人に絞ったリストを作ってくれ。
そして、シャーロットが8歳の時に、執事から解任されたような人物も、別のリストにして欲しい」
「了解!」と言ってベックが立ち上がると、イーサンも立ち上がった。
ベックが不思議そうな顔になる。
「何処に行く?」
イーサンがフッと小さな笑みを口元に浮かべる。
「ハーパーのところだ。
二時間経つというのに、報告がない」
ベックがワハハと笑うと言った。
「少しは手加減してやれよ!」
イーサンがチャールズのオフィスのドアをノックし、「俺だ」と言うと、カチャリという小さな音と共に、ドアが開いた。
イーサンが「どうだ?」と言いながら、チャールズのオフィスに入る。
チャールズはドアに鍵を掛けると、素早くパソコンが何台もずらりと並ぶデスクの前に座り、パソコン画面を見ながら必死な声音で答えた。
「まず!
言わせて下さい!
アルマン家の屋敷の土台は250年以上前に建てたれた正に”シャトー”です!
ですから、見取り図は紙でしか存在しません!
しかも!
現代まで保存しているかは、アルマン家の当主でもないと分かりません!」
「続けろ」とイーサン。
「そこで!
チーフに衛星電話で指示された通り、アルマン家の屋敷がある全ての土地の見取り図を、掘って掘って掘り返しましたが、少しずつ建て増しをしていたらしく、正確に分かるのは、スプリンクラーが義務付けられた1980年代後半からです!」
「それで良い。
何か大きな建物を封鎖、もしくは、建て直した記録は?」
チャールズがうーんと唸る。
「なんせ、全てが規格外に大きいので!
だって、屋敷の中に乗馬用の厩舎もあるし、1000人呼べるプライベート用の屋外パーティ会場から、セスナ機やヘリコプターの発着場まで!
車だって何台あると思います!?」
「……ハーパー……」
イーサンの低い声に、チャールズが「ハイッ!封鎖か立て直しですね!!」と慌てて答える。
「……高価というか、アルマン家に取って歴史的な建造物なら……円形の噴水かなあ?
これは初代がオール大理石で造らせた物で、今では使えない象牙なども、ふんだんに使われています。
彫刻も素晴らしくて、現在の技術では再現不可能と言われていました。
そして、アルマン家の象徴のエンブレム入り!
アルマン家の門から入って、玄関に向かう一本道に入る手前に有ります。
つまり、外から入って来た人間は必ずこの噴水を見るわけです!
水を最大限に出すと、高さは15メートルにも達します!」
「深さは?」
イーサンの短い問いに、チャールズがパソコンの設計図を拡大する。
「そこまで深くありません。
彫刻の場所によりますが、60センチから1メートル未満!」
「それが、封鎖されたのか?」
「ハイッ!」とチャールズが勢い良く答える。
「ニュース記事によると、まず、撤去か!?と思われたみたいです!
工事業者が入ったところを、パパラッチが撮っています。
土木工事用の機器を揃え、噴水回りを測量しているとこですね!
ですが、やはり、アルマン家の象徴を撤去しませんよね〜!
封鎖というか、使用されなくなりました。
なんと!
噴水に繋がる水道管を、撤去して、水を出せなくしています!
使わなきゃ、それで良いのに〜!
超が付くお金持ちって分からなーい!」
その時、イーサンの凍りつくような声がした。
「それは――
シャーロット・アルマンが何歳の時だ?」
チャールズがパソコンを叩くと、即座に答える。
「……えーと……!
丁度30歳の時ですね!
それが何か?」
イーサンのアイスブルーの瞳が、研ぎ澄まされたナイフの様に光り帯びる。
「では、次はアルマン家の墓地だ」
その一言に――
チャールズのキーを叩く指先が、微かに震えた。
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