【28】ボイラーメイカーを飲む女王と、患者を駒にした男。〜使用人を探る理由〜
ベックが苦笑して、チャールズに答える。
「仕方ねぇだろ。
突然、捜査権がロス市警に移ったんだから。
担当刑事もリストになる情報は持ってたし」
チャールズが悔しそうに言う。
「そう!
あのスイスの病院、ペンタゴン並の厳重さで!
でも、あとちょっとで侵入ってとこでチーフから連絡があって、パーカーの事件に取り掛かる事になったんだよね〜!」
その時、イーサンの鋭い声がした。
「それだ!
ハーパーが調べると意気込んでいたが、スイスのセレブ相手の病院ともなると、ペンタゴン並の厳重さだ。
だから、俺はパソコンのデータより、脇道を使う方が早いかも知れないと関係各所に連絡を入れていた」
ベックが声を上げる。
「確かに!
その後の17時に、イーサンから次の事件へ行くことが決まったと言われたんだ……!」
イーサンの目がナイフのようにギラリと光る。
「あのパーカーの事件で得をしたのは誰だ?
そう――
シャーロット・アルマンだ。
スイス行きの理由を知られなくて済む。
だが、シャーロットは弁護士でモデル事務所の経営者。
精神科医じゃない」
カリスタが静かに言った。
「弟は医者ね。
トラヴィス・アルマン。
外科医にして、精神科医だわ」
ヴィヴィアンが腕を組むと、天井を睨み付けるようにして口を開く。
「つまり、二人はグルなのね。
最後の被害者のランディは、シャーロットの事務所のモデルだった。
シャーロット程のモデル事務所を構えていれば、他の事務所でもトラヴィス好みのモデルを見つけることも出来る」
「だがなあ……」とベック。
「トラヴィスが、連続殺人犯だと仮定して、セシルのストーカーになったのは分かる!
今までの被害者達の容姿、性格、生活スタイル、教養、その全てがセシルという“最高の理想の相手”に繋がるからな。
でも、トラヴィスなら一人で拉致監禁くらい出来るだろ?
現に、あの天才セシルはトラヴィスの指示に従ったんだ。
じゃあ、シャーロットの役割は何だ?
シャーロットは馬鹿じゃない。
しかも、女王様気質の性格だ。
なぜ、弟のトラヴィスの手伝いをするんだ?」
「――つまり、家庭の問題」
その、イーサンの低く厳しい一言に、全員がイーサンを凝視する。
「ランディの追悼の会を思い出せ。
シャーロットは、ボイラーメーカーを飲んだ。
アルコール問題を抱えている人間がいる屋敷に、まず、ボイラーメーカーを作れる酒を置くか?
答えはNOだ。
アルコール依存症患者は、治療を受けても、一滴でも酒を飲めば元に戻る。
それを、トラヴィスが知らない筈が無い。
そして、なぜ、シャーロットがボイラーメーカーを飲むんだ?
上流階級の人間が、ボイラーメーカーというカクテルを選択する意味は?
シャーロットはボイラーメーカーを飲み、セシルの前で、高価な皿を割るという愚行に出た。
つまり、シャーロットのアルコール依存症は克服されていないし、それをトラヴィスは止めていない。
寧ろ、シャーロットの希望からかはまだ分からんが、早く酔えるように、アルマン家の人間が口にすることも無い、ボイラーメーカーを勧めた可能性もある」
すると、カリスタが力強い口調で言った。
「やはり、シャーロットが弁護士を辞め、酒に溺れ、スイスにまで行って治療することになった要因が、この二つの事件の原因ね」
イーサンは凍るようなアイスブルーの瞳で全員を見渡し、告げた。
「いや。
事件は三件になった。
ハリウッドの連続殺人犯。
テリー・パーカーを操っていた真犯人。
――そして、セシルを自ら動かし、手の内に入れたストーカーだ」
静まり返る会議室。
イーサンが続ける。
「シャーロット・アルマンに聴取するのは、不可能だ。
我々のプロファイルだけで、彼女を聴取することは出来ない。
アルマン家のお抱え弁護士団が、シャーロットを守るだろう。
証拠がいる。
そして、トラヴィス・アルマンも同じく。
例え、テリー・パーカーを駒として動かしていたとしても、もはやパーカーの証言だけでは、トラヴィスに事情聴取は出来ない。
セシルのスマホの留守番電話もそうだ。
トラヴィス程の切れ者と、アルマン家の弁護士なら、答えは無数にある。
『自分もボランティアで精神科医の会合に出席していて、偶然アシュリー捜査官のお母様のことを知った。
だが、アシュリー捜査官が隠したがっていることも知ったので、負担にならないように第三者を装った』などな。
それこそ、相手を思いやる“立派な医者”に早変わりという訳だ」
ベックが悔しさを隠そうともせずに言った。
「クソッ……!
じゃあ捜査はどん詰まりか!?」
イーサンが、一言答える。
「ハーパー」
チャールズが椅子から飛び上がるようにして言った。
「ハイッ!チーフ!」
「今朝、オラクル本部に掛かってきた、『宇宙人をあと何人確かめたいか知りたいのなら、今すぐオラクルを辞めて、セレニス国際空港に行け』という声は、繋ぎ合わされていないな?
セシルの最後の留守番電話にあった、フィルターを繰り返し掛けていた声とも違う。
――カフェにそぐわない人物はいたか?」
「特には!
今、顔認証に掛けています!」
「では、それが終わったら、この音声を最優先で解析しろ。
君は、自分のオフィスに戻れ」
「ハイッ!」と言って、チャールズが会議室から出て行く。
ヴィヴィアンが、イーサンを真っ直ぐに見て口を開いた。
「じゃあ、私たちは何をするの?
エレノアが、リッチモンドからパーカーの証拠品の全てをここに運ぶまで。
チャーリーにトラヴィスの行方を追って貰う方が良いんじゃない?」
イーサンの口元が僅かに上がる。
「俺たちだって、パソコンは使える。
ハーパー程では無くとも」
カリスタが瞳を見開く。
「つまり……シャーロットが弁護士を辞めたのと同時期から、スイスに行くまでに、セシルそっくりの人間を喪失した可能性を探るのね……!」
「そういうことだ。
ベック、ヴィヴィアン。
君たちはアルマン家の実家の使用人の雇用状況を調べろ。
アルマン家には、住み込みの使用人もいることを忘れるな」
ベックが首を傾げる。
「使用人?
家族じゃないのか?」
イーサンが即座に答える。
「そうだ。
シャーロットとトラヴィスが、“一緒”に一番長く過ごした場所は?
自宅の屋敷だ。
そして、アルマン家の人間に、不審死などの記録は無い。
消去法で行くと、使用人が絡んでいる可能性がある」
ベックが、ビー玉のような薄いブルーの瞳をグリグリと動かし、言った。
「了解!
ヴィヴィアン、行こうぜ!」
ヴィヴィアンも立ち上がり、「ええ!」と勢い良く言うと、会議室を出て行く。
カリスタが静かに微笑む。
「では、私は?」
イーサンが自分のタブレットの画面を、カリスタに向ける。
カリスタは「あっ……!」と小さく声を出した。
「君は彼女とハリウッドでランチを食べて来てくれ。
場所と時間はタブレットに送った」
イーサンの言葉に、カリスタが「了解!」と答えると、足早に会議室を出て行く。
イーサンは、バッグから衛星電話を取り出すと、短縮ボタンを押す。
「はい!何でしょう!?」
チャールズが直ぐに衛星電話に出る。
イーサンが命じたことは、音声認証よりも、遥かに大事な一手だった――
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