【27】白衣を着たストーカー。〜黒塗りの履歴が繋がる時〜
静寂に包まれる会議室に、イーサンの冷静な声だけが響く。
「セシルの履歴で黒塗りになっている部分があることは知ってるな?
あれは、セシルの強い希望からだ。
あの部分を黒塗りにしなければ、彼はS.A.G.E.に入局することも無かっただろう。
あの部分は――
セシルの母親についてだ。
エレノア、君はセシルの母親のことをどれくらい知っている?」
エレノアが、イーサンを見て答える。
「彼女は世界屈指の脳外科医です。
それこそ、将来ノーベル賞を取ると噂される程の。
今は病気で入院中ですが」
「お見舞いに行ったことは?」
イーサンの問いに、エレノアがハッとした顔になる。
「……いえ……。
面会謝絶だと、セシルに言われて……。
お花を郵送したりはしていましたけど……」
イーサンが皆を見渡す。
「セシルの母親は、若年性アルツハイマーを患っている。
その為、入院し、治療中だ」
皆が息を呑む中、イーサンは続ける。
「若年性アルツハイマーでも、普通の生活を送れる人々は多い。
だが、セシルの母親が発病した時、彼女は脳外科医として、新たな研究に成功し、論文を書いている途中だった。
つまり、彼女が若年性アルツハイマーを患っている最中に、手術をし、研究に着手していたのかが問題になる。
そうなると、論文の価値どころの騒ぎでは無い。
倫理観の問題になる。
幸い、彼女の革命的な治療を受けた患者は、誰一人として不調を訴えていない。
むしろ、彼女に感謝して、日常に戻れている。
しかし、セシルと父親は、母親の名声を汚す事だけは絶対に阻止したかった。
その為に、ミネソタ州のメイヨークリニックで、内密に若年性アルツハイマーの最新の治療を受けている、という訳だ」
沈黙が支配する会議室で、最初に口を開いたのはベックだった。
「イーサン!
セシルのお母さんが大変な状態にあるのは、分かった!
セシルが隠したい理由も!
それと、セシルの失踪がどう繋がる!?」
イーサンのアイスブルーの瞳がギラリと光る。
「ここで、繋がる。
非公開のボランティアの医者達のサポート。
パーカーの妄想を抑える為に、主治医もやっていた。
そして、セシルの母親の主治医は、この土日に、ボランティアで集まった精神科医達と、新薬についての非公開のディスカッションをホテルの会議室で開いていた」
ヴィヴィアンが声を上げる。
「つまり……パーカーをボランティアで診ていた精神科医の一人が、パーカーに事件を起こさせたということ!?」
カリスタも静かに付け加えた。
「そして、そいつは、セシルのお母さんの新薬についてのディスカッションも知り得る立場にあるのね」
イーサンが頷く。
「セシルのストーカーは精神科医で間違いないだろう。
だから、セシルの母親に近付けると、セシルにアピール出来た。
それに、セシルの留守番電話に残されていた、声を繋げたメッセージ。
チャールズが解析したが、よく似た声を繋げてあったが、全ての単語に同じ雑音が混じっていた。
空気の振動や、椅子が軋んだ音や、ペンの音など、な。
多分、ICレコーダーで録音した物だろう。
そして、相手は強要されて話していない。
つまり、カウンセリングの最中の“声”を利用したんだ。
だが」
イーサンは一旦言葉を切ると、鋭く続けた。
「今朝の電話の内容で、セシルは相手がパーカーに関わった事のある精神科医だと、即座に見抜いた。
ストーカーは、パーカーを定期的に『ボランティア』で診察していたんだ。
そして、母親を失ったパーカーを、駒の一つとして影で操っていたんだろう。
今回の犯行のきっかけを与えたのも、その精神科医のストーカーかもしれない」
ベックが眉を顰める。
「駒って……何の為に!?」
イーサンがベックの目を見て答える。
「こういう時の為だ。
自分の都合に合わせて、犯行を行わせる。
それをセシルは、今朝の電話で見抜いた。
セシルはストーカーには気付いてはいなかったが、今朝の電話の相手は、『自分が指示に従わなければ、何の躊躇いも無く、患者を駒に使い、犠牲者を出す』と理解したから、セシルは電話の指示に従った。
それに、セシルは今朝の電話で、相手が誰なのか見抜いた可能性もある。
ハーパー、セシルは最近、精神科医に会っていないか?」
チャールズが即答する。
「セシルの医療記録を見るのは気が引けるけど……ありません!
勿論、お母さんの主治医の先生とは連絡取っていますけど」
すると、カリスタが言った。
「じゃあ、パーカー以前の事件で精神科医が関わった事件は無い?
聞き込み先でも、証人でも、目撃者でも、何でもいいから。
私達が直接接触していなくて、警察が接触しててもいい」
チャールズが「……ん〜……」とパソコンを叩き出すと、同時に大声を出す。
「あっ!
セシルのスマホの電源が入った!」
イーサンが「何処だ!?」と、チャールズの後ろに回る。
「リッチモンド警察の前のカフェです!」
「やはり、パーカーの事件が関係してると知らせて来たんだ」
「でも、チーフ……!」
泣きそうなチャールズに、イーサンが静かに訊く。
「何だ?」
「信号が途絶えました……。
電源を切ったみたいです……」
イーサンがパソコンの画面を指差す。
「そのカフェの防犯カメラに侵入出来るか?」
「出来ます!
ていうか、やってます!」
「よし!
エレノア!」
エレノアが「はい!」と言って立ち上がる。
「君はリッチモンド警察に連絡して、パーカーの自供、証拠品、家宅捜索の全ての情報を入手しろ」
「了解です!」と言ってエレノアが会議室を足早に出て行くと同時に、チャールズが「チーフ!セシルはいません!」と声を上げる。
イーサンが指示を飛ばす。
「一時間前まで遡れ。
それと、電源が入った時、そのカフェにそぐわない人物がいないかチェックしろ」
「了解!」
すると、ベックがタブレットを開きながら言った。
「俺達は、お前が言った線を探ってみようぜ」
イーサンも「そうだな」と答えて、立ったままタブレットを開く。
カリスタはタブレットを見ると、言った。
「パーカーの前は、モデルの拉致監禁の末の殺人だったわね」
ベックが「俺達は最後に何をしてた?」と言って、ヴィヴィアンを見る。
ヴィヴィアンがスラスラと答える。
「カリスタが警察との合同捜査から戻って来て、現場検証の話を聞いて、三人でプロファイルしてたわ」
ベックが腕を組むと、深く頷く。
「そうだよな。
それでカリスタは、モデル事務所やエージェントに聞き込みして、ランディに似ていて、ダインのサロンの様なキャッシュをチャージ出来るカードを使用しているモデルがいないか探した話もしてくれた」
カリスタが口を開く。
「そう。
あの日は、生活環境までは聞き込みする時間が無かったけど、候補者が70人以上いたから、ヴィヴィアンとベックが手伝うと言ってくれて、三人で手分けして、リストにしてチャールズに送って貰うことにしたわ。
そして、リストが出来上がった時、チーフに呼ばれた。
確か17時。
丁官の命令で、パーカーの事件に取り掛かる事になって、ロス市警に後を任せて、その日の内にセレニスに戻ったの」
「ええ、そう」とヴィヴィアンが頷く。
すると、チャールズが「そう言えばリスト貰ってない!」と言ってベックを睨んだ。
そして、イーサンは気づいた。
パーカーがなぜ、あの時、事件を起こしたかを――
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