【23】46回の電話の意味。〜静かな夜に張り詰める警戒〜
イーサンが足早にリビングに戻ると、セシルはソファに寝転びながら、到着時に図書館から持って来た古書とは別の古書を読んでいた。
ズラリと古書がテーブルに並んでいる。
それを見て、イーサンは図書館のあるこの別荘を選んで正解だと思った。
セシルがイーサンの姿を見ると、ガバッと起き上がる。
イーサンが「そのままで良い」と一言告げると、セシルが言った。
「情報はまだ届かないんでしょうか?」
イーサンはセシルの目を見て答える。
「まだ何も連絡は無かった。
取り引きの時間は、我々には知らされない。
つまり、いつ情報が届くかは分からない。
君は待機することに慣れていないだろうが、現場では"待つ"ことの方が"動く"よりも遥かに多い。
慣れるんだな」
セシルがにっこりと微笑む。
「ここには図書館がある!
僕なら直ぐに慣れます」
イーサンが淡々と告げる。
「そうか。
では、私は仕事を続ける」
そうして、イーサンは一人掛けのソファに座ると言った。
「君はリラックスして、待っていてくれ。
ここに訪問者があれば、どんな形にせよ、書斎からでも分かる。
その時は、まず、俺が外に出て、情報を受け取る。
君は、ここから一歩も出るな。
リビングから出る時は、図書館に行くか、寝室に行くかのどちらかにしろ」
「はい!」
イーサンは、セシルがまた古書を読み始めるのを確認すると、タブレットに向かった。
そして、午後4時。
イーサンは「書斎に行く」とだけセシルに告げると、書斎に入り、鍵を掛けた。
そして、衛星電話の短縮ボタンを押すと、直ぐにチャールズが出た。
「チーフ!
今、電話しようと思ってたんです!」
明らかに焦っているチャールズに、イーサンが冷静に問う。
「何かあったか?」
「あったと言えばあるし、無いと言えば無い!
兎に角不気味で、パンダの赤ちゃん動画が観たくなっちゃう!
もーこの際、パンダの赤ちゃんじゃなくてもキリンの赤ちゃんでも……」
「……ハーパー……」
イーサンの低い一言に、チャールズがハッとした顔になる。
「すみません!
実はあの後、46回もセシルのスマホにあの使い捨て携帯から着信があったんです!
留守番電話に切り替わると、メッセージは残さず切ってますけど!
移動しながら掛け続けていたので現在地は不明ですが、基地局は変わらずミネソタのロチェスターです!」
イーサンの厳しい声が響く。
「46回か……普通の精神状態で、そこまでは出来ない。
それに犯人は、セシルに執着する余り、自分がどう思われても良いと思っている。
いくらセシルの信頼を得ているとはいえ、そんな行動を取れば、セシルの信頼は崩れ、不信感どころか恐怖を抱くだろう。
焦りどころじゃない。
犯人は、セシルが電話を無視していることに怒りを持った。
そして、セシルを手に入れることを諦めていない。
極めて危険な精神状態だ」
すかさずチャールズが口を開く。
「ですよね!
ところが、もっと不気味なのが、この2時間というもの、ピタッと電話が止まったんです!
なりふり構わず電話しまくってたのに!
まさか、別荘の場所を割り出して、そちらに向かってるとかじゃ無いですよね!?」
イーサンがキッパリと答える。
「それは無い。
まず、この別荘の場所は持ち主の関係上、FBIの人間でも割り出せない。
それに、この別荘の場所を割り出せる能力があるなら、とっくに行動に移している筈だ。
46回も電話を掛けるなんて、馬鹿馬鹿しい真似はしないだろう。
問題は、犯人の精神の破綻が進んでいて、次の行動が予測出来ないことだ」
すると、チャールズが不安気に言った。
「セシルを手に入れること、以外は……?」
イーサンが即答する。
「そうだ。
だが、犯人がミネソタのロチェスター近辺に留まっていることは、何かしらの計画をロチェスターで立てているとしか思えない。
犯人にとって、ロチェスターで一番利用価値があるのは、セシルの母親しかいない。
しかし、母親に近付けないことは犯人も分かっているだろうし、支局の潜入捜査員からも不審人物の報告は無い。
そして、犯人の精神破綻が進んでいれば、病院で何らかの無謀な行動を起こす可能性がある。
だから今は、セシルの母親を守り、セシルへの通信記録を地道にチェックするしか無いんだ。
ハーパー、頼んだぞ」
イーサンの確信に満ちた声に、チャールズがホッと息を吐いて答える。
「了解です!
では、また!」
そして、いつもの様にハーパーから通話がブチッと切れた。
イーサンが書斎からリビングに戻ると、セシルの姿も、セシルが図書館から持ち出した古書も無かった。
「セシル!」
イーサンの鋭い声が、リビングに響く。
イーサンはホルスターの銃に手を掛け、音もなくリビングを出ると、まず、図書館に向かった。
そこにもセシルの姿は無い。
そして、二階のセシルの寝室へ。
そこにも、セシルはいない。
イーサンが足早に一階に戻る。
すると――
セシルがキッチンから出て来た。
セシルは丸みがかったアーモンドアイの青い瞳を、まん丸にしている。
「チーフ?
どうかしましたか?」
「君こそ、何をしている?
俺の指示を忘れたか?」
セシルがキョトンとして答える。
「本を図書館に返して……チーフがまだ戻られないから、キッチンに行ってみたんです。
僕が手伝えることがあるんじゃないかと思って」
イーサンの目がギラリと光る。
「君のボスは、誰だ?」
「……え……あの……僕は、ただ……」
しどろもどろになっているセシルに、イーサンが再び言った。
「君のボスは誰だ?」
セシルがポツリと答える。
「……チーフです……」
イーサンが厳しく告げる。
「それが分かっているなら、命令に背くな。
ここにはバカンスに来たわけではない。
食事の用意は俺がする。
君はリビングか、図書館か、寝室にいろ。
二度は言わない」
「……了解です……」
セシルがしょぼんとして、リビングに向かう。
イーサンはセシルと入れ違うように、キッチンへと歩いて行った。
それから二人は静かに食事を取り、セシルは「9時に丁度に一番綺麗な満月と湖の写真が撮れるので、寝室に行きます」と言って、ダイニングルームを出た。
イーサンは、セシルが寝室に入るのを見届けると、セシルの寝室の前に椅子を置き、銃と衛星電話を手に、セシルの寝室の扉の前に座っていた。
そうして、衛星電話は鳴ることも無く、イーサンが銃を抜くことも無く、翌朝になった――
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