【22】守るためなら目を見て嘘をつけるか?〜豪華な別荘の水面下で進む捜査〜
イーサンはチャールズとの電話を終わらせると、セシルの母親の主治医に連絡を取り、事情を話し、病院長からもS.A.G.E.職員を潜入させる許可も取った。
それからミネソタ支局への協力を取り付けると、別荘の地下にある図書館に行った。
そこは――
『図書館』という単語が似合わないほど、豪華な場所だ。
セシルはテーブルの上に山のように本を積み上げながら、一冊ずつ手に取っては、積み上げた本の反対側に置いて行っている最中だった。
イーサンが静かに「セシル」と声を掛けると、セシルがくるっと振り返る。
そして、セシルがアワアワしながら早口で話し出す。
「チーフ、誤解しないで下さい!
僕はこの本を全部持って行く気は無くて、選別してるだけなんです!
読みたい本を三冊に絞ろうとしてるだけだから!」
イーサンは腕を組むと、また静かに訊いた。
「なぜ?
たった三冊なんて、君なら一時間も掛からず読み終わるだろう?
好きな本を全部選べば良い。
俺が運ぶ」
セシルがモジモジと答える。
「でも……古代ヘブライ語の古書二冊と、ギリシア語の古書にしたから、一時間は掛かると思うので……」
イーサンの目がギラリと光る。
「だから、なぜ一時間なんだ?
何時間掛かっても良いんだぞ?
まだ週末は、始まったばかりだ」
セシルは、あれ?と思った。
(ハリウッドの事件でのトラヴィス・アルマン経由の極秘の任務について、新しい任務の前に何かしらチーフから話があると思ったのに……)
不思議そうなセシルを、イーサンは黙って見ている。
セシルは何とか言った。
「この三冊の本を読んでから、次を決めようと思ったんです。
駄目ですか?」
「好きにしろ」
イーサンはそれだけ言うと、先に図書館を出て行った。
それから二人はリビングで、セシルはエスプレッソを飲みながら読書、イーサンはタブレットに向かっていた。
タブレットは、S.A.G.E.のイーサンのオフィスにあるパソコンに来たメールを、転送するように設定されている。
イーサンの元には、週末と言えども、あらゆる機関から連絡が入って来るのだ。
大抵は月曜日に返事をくれと言うものだが、イーサンは週末の内に優先順位を確定しておかなくてはならない。
何故なら、月曜日の明け方や夜中に、犯罪現場に飛ぶ事は日常茶飯事だからだ。
部屋の中は静かで、セシルの本のページを捲る音しかしない。
そうして、きっかり一時間後、セシルはパタンと本を閉じた。
そして、口を開いた。
「チーフ、今、お話しても良いですか?」
「何だ?」と、イーサンがタブレットから顔を上げる。
「今夜は満月なんです」
「それで?」
「この建物に着いた時、この場所の地理と地形、それから満月が見える方向を計算してみたんです。
そうしたら、ここからも月が見えることが分かった。
しかも、湖の上に満月は出る。
だから……」
そこまで言うと、セシルが突然黙った。
イーサンが静かに促す。
「続きを」
セシルは一瞬唇を噛むと、消え入るような声で答える。
「その時、まだ情報が届いていなかったら、二階のバルコニーに出ても良いですか?
月の写真を撮って母に見せたくて……。
見ても、分からないかもしれないけど……」
イーサンは「構わない」と一言答えると、再びタブレットに目を落とした。
昼食を簡単に済ませると、イーサンは「別件がある」とセシルに言い残し、この別荘の書斎に向かった。
その書斎には――
パソコンが三台設置され、周辺機器も完璧に整っており、とても上院議員の別荘の書斎には見えない。
イーサンは書斎に入り、ドアに鍵を掛けると同時に、衛星電話に出た。
「どうした?」
イーサンの短い問いに、チャールズが興奮した口調で話し出す。
「チーフ!
犯人は相当混乱してます!
チーフのスマホとパソコンを見てもらえば分かりますけど、犯人は最後の留守番電話のメッセージを残してから、メッセージこそ残していませんが、13回もセシルのスマホに電話してきています!
しかも、木曜の夜にセシルに掛けた使い捨て携帯で!」
イーサンが冷たく言った。
「捨てていなかったんだな。
電源を切って持ち歩いていたんだ。
その番号を見れば、セシルが気付いて、折り返し電話を掛けてくると思っているのだろう。
それで、留守番電話のメッセージの音声の分析は出来たか?」
チャールズが即座に答える。
「勿論です!
但し、最後のメッセージは一人の人間の物でした。
音声変換器を使ってからフィルターを掛け、その声にまた音声変換器を使って別のフィルターを掛ける行為を何十回も繰り返していて、犯人本人の声かもしれませんが、印象が大分違うと思います」
イーサンの口の端が僅かに上がる。
「だが、声紋やイントネーションまでは変えられない。
証拠に使えるな。
ただ、セシルにはあのメッセージだけで良かった。
声を変えていても、セシルを納得させるだけの理由があるんだろう。
セシルのスマホの履歴は消してあるな?」
「ええ、勿論!
というか、イチイチ消すのも面倒くさいし、俺も人間なんで、パソコンの前から消える事も多々ありますから、セシルのスマホの電話帳に登録されている番号とアドレス以外から電話やメールやメッセージが着ても、自動的に履歴と内容が消去されるように設定しちゃいました!
ついでに着信音も鳴りません!」
イーサンが、ほんの少し柔らかな声音になる。
「ありがとう、ハーパー。
それで良い。
それと、セシルの母親が入院している病院の関係者の洗い出しはどうなった?」
チャールズが、うーんと考えるように言った。
「それなんですが……一応一ヶ月前まで調べたんですが、金銭面や生活が変化した人間はいませんね。
新たに病院に入り込んだ人間もいません。
セシルのお母さんがいる階は特に警備が厳重で、他人がセシルのお母さんに近付くまでは、何重ものチェックが必要です。
はっきり言って、外部の人間ではセシル本人とお父さん以外は無理です!
「電気設備や清掃業者などはどうだ?」
「それも変化ナシ!
それに、業者でも病院内に入るには、経歴チェックがFBI並みに厳しいです!
そもそも患者の居る場所には入れないし。
清掃もきっちりスケジュールを組んで、患者との接触を皆無にしています。
あ、そう言えば、セシルのお母さんの主治医の先生と連絡は取れたんですか!?」
イーサンが冷静に答える。
「大丈夫だ。
連絡は取れた。
主治医はこの土日に、ボランティアで集まった精神科医達と、新薬についての非公開のディスカッションをホテルの会議室で開いていた。
皆、患者を抱えている中で集まっているから、時間を節約する為に、緊急の用件以外は連絡を繋げないようにしていたという事だ。
今回の件では、全面的に協力してくれる。
セシルの母親の主治医は、ディスカッションを抜けるそうだ。
心配ない」
チャールズの声が、途端に明るくなる。
「そうですか!
良かった〜!」
イーサンが静かに告げる。
「もうミネソタ支局の人間が病院に潜入している。
今のところ異常は無い。
君は引き続き、セシルのスマホの監視と解析の業務を頼む」
「了解です!
では!」
ブチッとチャールズから通話が切れる。
イーサンはすぐさま振り返ると、書斎の鍵を開けた。
そして、イーサンは再び、セシルの目を見て嘘をつく――
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