【2】失踪モデル連続死の謎。〜オラクル初動プロファイル〜
翌日、午前8時30分。
S.A.G.E.カリフォルニア支局の受付ロビーにいた職員たちは、入ってきた“二人”の姿に思わず息を呑んだ。
空気がひとつ張り詰める。
ざわめきが波のように広がり、誰もが言葉を忘れたまま視線を奪われる。
気づけば――
ロビーの人々が左右に分かれ、自然と通路が出来ていた。
その二人こそ――セシル・アシュリーとエレノア・グラント。
エレノアは一目でハイブランドだと分かるグレーのパンツスーツ姿。
艶のあるブラウンの髪をゆるく巻き、胸元まで垂らしてきちんと整えている。
ヘイゼルグリーンの瞳は真っ直ぐ前を向き、美少女のような美しさに落ち着き払った態度。
そして、そんなエレノアをもしのぐ美貌の青年。
セシルだ。
ハニーブロンドの長めの髪はふわりと空気を含み、照明を太陽に変えたように光り輝いている。
丸みを帯びたアーモンドアイの青い瞳は、冬の青空のように澄み切っていて、なおほんの少し潤んで見える。
華奢な身体にぴったりのラフなスーツ姿だが、彼が歩くだけでS.A.G.E.の廊下を、まるで海外コレクションのランウェイに変えてしまっていた。
エレノアが受付で手続きを済ませ、二人は15階の会議室に着く。
エレノアが身分証のカードでキーを開けると――
イーサンが一人、窓に向いて立っていた。
「おはようございます!
クロフォード主任分析官!」
エレノアの明るい声に、イーサンが振り向く。
「おはよう。
グラント捜査官。
私はイーサンで良い。
エレノアと呼んでも?」
エレノアがにっこり微笑む。
「光栄ですわ!
ですが、主任分析官をファーストネームでお呼びするのは、少々度胸が要りますわ。
他の方は何とお呼びしているのでしょう?」
イーサンの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
「流石は外部との交渉のスペシャリストだ。
まず、肯定。
そして、言葉を選んで否定。
他の者と合わせようとする」
エレノアは微笑みを崩さず聞き返す。
「あら?
捜査官同士のプロファイルは禁止では?
職業病ですか?」
イーサンが満足気に頷く。
「そんなところだ。
皆は私をチーフと呼ぶことが多い。
君はどちらでも好きに呼ぶと良い」
「了解です。チーフ!」
エレノアがそう答えた時だった。
「イーサン!おはよう!」
明るい声を上げたのはセシルだ。
セシルは無邪気な笑顔を浮かべている。
イーサンが静かに答える。
「おはよう、セシル。
元気が良いな」
エレノアがさっとセシルに振り向く。
「セシル!失礼よ!
相手は主任分析官なんだから!」
「でも〜!」
セシルが青い瞳をいたずらっ子のように細める。
「イーサンがエレノアに言ったでしょ?
私はイーサンで良いって。
失礼じゃないよ?
それに、僕たちが一番早く着くようにエレノアが時間を調整したのに、イーサンは先に居た。
僕たちを調べて、試した!
でも、それもおしまい。
イーサンは早く事件についてブリーフィングをしたがってる」
「なぜ、そう思う?」
イーサンの鋭い声に、セシルはあっけらかんと答えた。
「部屋が整いすぎてる!
もうエレノアが事件の詳細を話す準備が出来てるから。
スクリーン、マイク、タブレット、紙の書類。
人数はあと女性二人に男性一人!」
「その人間達の根拠は?」
セシルがにっこり笑う。
触れたら溶けてしまいそうに、儚く美しい笑顔。
「椅子の高さ!
平均的なアメリカ人女性の椅子の高さに二脚整えられてある。
もう一脚は男性。
その人はかなり大柄だね!」
イーサンは「なるほど」と一言言うと、
「では時間通りに始めよう」と部屋を出て行こうとして、セシルとすれ違いざまに言った。
「その右足首の短剣を、よく持ち込んだな」と。
そして時間通り、カリスタ、ヴィヴィアン、ベックが揃うと、イーサンが簡単に二人の紹介をしてブリーフィングが始まった。
エレノアがリモコンのスイッチを押すと、画面にベンチで眠っているような男性の全身が映った。
「彼はランディ・ミラー、26歳。
今朝の午前5時に、ジョギング中の通行人に発見されました。
目立った外傷はなし。
ご覧のように着衣に乱れもなし。
第一発見者は、酔って眠ってしまっていると思ったそうです。
彼はほぼ二年前に失踪していて、当時は家出扱いされていました」
次に男性の遺体の顔のアップと、免許証のものらしき写真が映し出される。
遺体の男性は確かに、安らかに眠っているように見えた。
「死因は?」とベック。
「致死量を遥かに上回る量のヘロインが血液中から発見されています。
但し、注射痕はなし。
ヘロインを日常的に常用していた形跡もありません」
カリスタがじっとタブレットを見ながら言う。
「ないない尽くしね。
それに、この遺体の洋服も靴もブランド品だわ。
自殺の線は?」
「それがですね」
エレノアがリモコンを押すと、六人の男性の写真が現れた。
「この十年間に失踪して遺体で発見された六人ですが、今まではベネット捜査官の言う通り、失踪の末の自殺だと思われていました。
けれど今回の事件で関連性があるんじゃないかと疑われて、うちに依頼が来たんです」
ヴィヴィアンが口を開く。
「でも皆、今回発見された被害者と同じような状態で発見されてる。
ブランド品で身を包んで、死因はヘロインの過剰摂取。
なぜ十年もの間、連続殺人だと警察は思わなかったのかしら?」
「たぶん、失踪期間と発見場所と発見状態のせいじゃないかな」
セシルが話し出す。
「最初の被害者は六ヶ月失踪して発見された。
次は一年半。
その次は八ヶ月。
今回の被害者は二年。
発見場所も全員カリフォルニア州内だけど散らばってる。
それに六人全員、目立った外傷も無かった。
今回までは」
「今回までは?」とベックが訊くと、イーサンが立ち上がった。
「今回の被害者、ランディ・ミラーはレイプされていた。
靴もきっちり履いていたが、検屍官が靴下を脱がせたら、足の裏はガラスの破片で傷だらけだった。
そこで彼を発見したロサンゼルス市警察が、似たような事件がないかカリフォルニア州全域で調査したところ、他の六人が浮かび上がった。
この七人には共通点がある。
白人で職業がモデルだったことに加えて、所属事務所やエージェントが全員ハリウッドにあったこと。
年齢は22歳〜26歳の20代。
容姿も似ている。
男性モデルの中でもかなり細身で、身長185弱。
ブロンドの巻き毛と青い瞳。
そして皆、大きな仕事のチャンスを前にして失踪している。
失踪後の足取りは?チャールズ」
チャールズがパッと、皆のタブレットの画面に映る。
「それなんですが、失踪後の記録が全くありません。
カードも使われていないし、住居もほとんど失踪して二ヶ月で大家が解約しています。
働いていた形跡もないし、税金の申告もありません。
免許証の更新すらしてない被害者もいる。
ネットを使った形跡もありません!」
「スマホなどの類は?」
「失踪したと思われる日に通信が途絶えています」
「犯人が捨てた可能性が高いな。
七人の失踪から発見に至るまでのバックボーンを、細かく調べてくれ」
「アイアイサー!」
ブチッとチャールズが消えて、被害者の画像に切り替わる。
イーサンが全員を見渡す。
「犯人は必ず、次のターゲットもハリウッドで狙う。
ランディ・ミラーの所属していた事務所の社長が、今日なら会えると言ってきた。
明日からはパリだそうだ。
30分後にうちの専用機で出発。
以上だ」
そしてイーサンとカリスタ、ヴィヴィアンとベックも会議室から出て行くと、セシルがパパッとタブレットを操作した。
映ったのは――
クッキーをバクバク食べているチャールズ。
「……セシル……!!
勝手に接続するなよ!」
もぐもぐとクッキーを飲み込み、パッとクッキーの箱を後ろに隠す姿は、整った外見が台無しだ。
セシルが頬を膨らませる。
「だってチャーリーの画面の後ろに映ってたから!
それ……!
僕のクッキー!!」
チャールズはふんと鼻を鳴らす。
「これって手作りクッキーだろ?保存料なしのさ!
お前がセレニスに帰って来るまえに、カビが生えちゃうの!
だから俺は、ボランティアで食ってやってるんだよ!」
エレノアがセシルを宥めるように口を挟む。
「チャーリーは放っておきましょ!
いつもああなんだから!
飛行機に遅れちゃう!」
その一部始終を、カリフォルニア支局の自分のオフィスで見ているイーサンの口元が僅かに上がる。
「天才児は、甘党か……」
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