【3】理想の外見、理想の行動。〜完璧を愛した殺人者〜
エレノアが荷物を運ぶ手続きを終えると、カリスタが「お疲れ様」とテイクアウトのコーヒーを持って声を掛けた。
「どうぞ」とコーヒーを差し出すカリスタに、エレノアがにっこり笑う。
「ありがとうございます!ベネット捜査官!」
すると、カリスタがクスッと笑った。
「ねえ、あなたがとても有能でプロフェッショナルに徹しているのは、みんな知ってるわ。
でも、私をベネット捜査官なんて呼ぶのは丁官くらいよ?
しかも怒られる時ね!
私はあなたをエレノアって呼びたいけど、あなたにベネット捜査官って呼ばれちゃうと、グラント捜査官って呼ばなきゃならない。
カリスタって呼んでくれないかしら?」
エレノアが少し照れたように微笑んだ。
「……そうですね。
つい、癖で。
でも、チームの一員になるなら……ファーストネームでお呼びした方が、相手に気を使わせませんね。
失礼しました」
カリスタがやさしく微笑む。
「いいの。
あなたは失礼じゃないわ。
礼儀正しいだけよ。
ヴィヴィアンも、ヴィヴィアンって呼んであげて。
でも……ベックはベックでいいわ!」
エレノアがプッと吹き出す。
そうして二人が笑い合っていると、セシルが「なに話してるの〜?」と走ってやって来た。
オラクル専用のジェット機の中では、四人掛けのテーブルの窓際の席にカリスタ、その横にベック、その前にヴィヴィアン、そして窓際のカリスタの前にセシルが座っていた。
それから、通路の壁に寄り掛かるようにしてイーサンが立っていて、その横にはエレノアも立っている。
まず、口を開いたのはベックだ。
「検死報告書には手首にも足首にも、もっと言えば全身に拘束されていた痕跡が無いってある。
拉致されたのなら、普通逃げようとするもんだろ?
それなのに防御創どころか、かすり傷一つ無いし、逆に身体の手入れを念入りにしていたらしい。
もし、駆け落ちだったら?
それで上手く行かなくなって自殺って線もあるよな?
ハリウッドで似たような容姿のモデルなんて何百人もいるぞ?」
イーサンが静かに応える。
「だが、駆け落ちなら生活が落ち着けば家族に連絡くらいするだろう。
それも無いんだ。
それに共通点が多過ぎる。
もし駆け落ちなら、駆け落ちでいい」
そこで言葉を一旦切ると、続けた。
「但し、最後の被害者だけはレイプされている。
レイプから死亡するまでの時間は、約2時間だそうだ。
それに、ヘロインを常用していない人間が、レイプされて自殺しようとしたとしても、そんな短時間で致死量のヘロインを入手出来るだろうか?
男なら首を吊るか、銃を使うだろう。
それに、足の裏が傷だらけなら、わざわざ街中まで行って自殺しなくても良いんじゃないか?
プロファイルする価値はある」
ベックが深く頷く。
「そうだな。
それに、真実を確認すれば遺族の役にも立つし!」
次に口を開いたのは、カリスタだ。
「見れば見るほど似てるわ。この七人は……」
タブレットを見ながら、驚きを隠せないでいる。
ベックもタブレットに目を落とすと言った。
「そうなんだよな。
顔立ちから体型から髪型から、発見当時の洋服や靴のブランドに至るまで全員同じ。
こんな偶然は……やはり絶対にない。
誰かが彼らをそう仕立てたんだ」
ヴィヴィアンもタブレットの写真を拡大しながら口を開く。
「それに失踪当時の写真を良く見て。
二人目と五人目はダークブロンドの髪よ。
それが遺体で発見された時には、他の遺体同様、明るいブロンドになってる。
染めたんだわ」
すると、突然セシルが話し出した。
「拉致されて殺されたと仮定すると、犯人にとって『理想の外見』の人間と長く過ごす事に意味があるんだ。
最後の被害者は二年間も犯人と一緒に過ごしているのに、その間、拷問も拘束すらされていない。
きっとレイプだってされていない。
だけど、犯人の理想を壊した行動を取った時に殺されたんじゃないかな。
犯人は自覚していないと思うけど、『理想の外見』を持った相手を、暴力なんかじゃなく自分の知性でコントロールし、『理想の行動』を取らせる事で性的快感を得るんだ」
カリスタとヴィヴィアンとベックが、揃ってセシルを凝視する。
セシルはそんな視線を全く感じていないようで、変わらず話し続ける。
「そして、理想を壊した相手は容赦無く殺すけれど、折角自分が作り上げた『理想の外見』を壊すのは勿体無くて、なるべく綺麗なまま殺す方法を選び、直ぐに発見される場所に置く。
最後の被害者だけ、殺される直前にレイプされて足の裏に傷まで負ってるのは、それまでの被害者より『理想の行動』の逸脱が激しくて、犯人は自分を見失ってしまったのかもしれない。
但し、精液が出ていないってことは、ゴムをするだけの冷静さは持ち合わせていた」
イーサンが頷くと言った。
「典型的な秩序型で、ボス猿タイプのナルシスト。
自己愛性パーソナリティー障害のサディストだな」
そして、「チャールズ、何か掴んだか?」と続ける。
パソコンの画面にパッとチャールズが映る。
「七人全員の失踪までの経歴を調べました。
まず七人共、凄く頑張り屋の優等生。
全員、子供時代からモデルの仕事を始めているけど、ちゃんと学業と両立させて、大学も留年や休学すること無く卒業してる。
補導歴も逮捕歴も無いし、酒や薬物の問題も無し。
タバコすら吸っていません。
家族も、これぞ理想の家庭って環境です。
親の仕事は弁護士や教師やエンジニアで、小さいけど地元で不動産会社を経営していたりと、経済的にも安定してます。
親とも仲が良いけど兄弟仲も良くて、SNSで頻繁にやり取りしてるけど、その内容もかわいいものです」
「家族はモデル業についてどう思ってる?」とイーサン。
チャールズが即答する。
「家族は全面的に、被害者がモデルで成功することを協力しています。
但し、学業を疎かにしないことが条件で。
全員が大学生になってからも、親に成績を逐一報告しています。
だから、モデルとして遅咲きなのかもしれません。
大きな仕事が入ったのは、普通のモデルよりかなり年上ですから」
「その大きな仕事が入った直後に失踪してるのね?」とカリスタ。
チャールズがまたも即答する。
「そうだよ!
皆、パリコレやミラノコレクションでハイブランドの専属モデルに抜擢されたり、年間専属モデル契約、つまりブランドの顔だね、そういった契約を結んで渡欧する一週間から十日前に失踪してるよ。
今、分かっているのは以上!」
イーサンが低く告げる。
「チャールズ、ストーカーから軽い付きまといまで、過去に被害に遭った経験が無いか確認してくれ」
「アイアイサー!」とチャールズが答えて、画面が切り替わる。
イーサンが皆を見渡す。
「犯人は性格や生い立ちや行動まで『理想』を求めているようだな。
ベックとヴィヴィアンは遺体の発見現場へ。
俺とカリスタとセシルは、ランディ・ミラーが所属していた事務所の社長に面談だ。
エレノアはいつも通り、警察署で渉外とマスコミの対応を頼む」
すると、ヴィヴィアンが口を開いた。
「セシルには、地理的プロファイリングを先行してもらった方が良いんじゃないかしら?」
カリスタも慎重に言った。
「そうね……。
被害者はカリフォルニア州全土に遺体をばら撒いてるでしょう?
だから、地理的プロファイリングを先に進めておけば、犯人の安全圏が絞れて捜査に有利よね」
イーサンが腕を組むと、セシルに向かった。
「セシル、地理的プロファイリングは何時間くらいかかる?」
セシルはファイルとタブレットを同時に見ながら、アッサリ答える。
「場所は分かってるし。………二時間かからないと思う」
イーサンが頷く。
「じゃあ問題無いな。
相手はハリウッドで成功しているモデル事務所の社長だ。
海千山千の強者だろう。
こちらの年齢や性別がバラバラの方が、相手が話しやすい可能性が高い。
以上だ」
次の瞬間、機長の着陸アナウンスが機内に響いた。
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