【19】最強捜査官の周到な布石。〜罠を逆手に取る夜〜
そして終業時刻近くになると、ベックがチャールズのオフィスにやって来た。
もうドアには貼り紙も無いし、鍵も掛かっていない。
ベックがドアをノックすると、チャールズの「どうぞ〜!」というご機嫌な返事が返ってくる。
「よう」と言いながらベックが現れると、チャールズがパチンとウインクして言った。
「どしたの?」
ベックがビー玉のような薄いブルーの瞳で、ギロッとチャールズを睨む。
「無駄にバサバサのまつ毛でウインクするな!
それよりも……セシルのこと!
分かってるんだからな!」
チャールズの笑顔がギクッと固まる。
ベックがフンと鼻を鳴らし、続ける。
「ほらな。
今夜はお前の相談に乗って貰うんじゃ無くて、お前がセシルの相談に乗る気じゃねぇのか?」
チャールズが必死に笑顔を保って答える。
「そんなこと、しませーん!
だいたい、セシルに悩みなんて無いだろ!?」
「いや……お前、朝からずっと挙動不審だぞ?」
ベックにずいっと顔を近付けられて、チャールズが仰け反ると言った。
「はいはい、分かった!
白状します!
実はコミコンの衣装の打ち合わせをしたいんだよ!
毎年セシルに付き合って貰ってるからさ〜。
世界観を合わせたいんだよ!……って分かる?
でも、皆にはナイショだよ!?
セシルはともかく、テクニカルアナリストって直ぐにオタク判定されるから!」
途端にベックがワハハと笑う。
「なるほどなー!
コミコンか!!
じゃあ今夜は良いチャンスってとこか!」
「そうそう!
セシルが嫌がっても、今夜は逃げられない!
だろ?」
「あんまり苛めんなよ。
精々カッコよく決めろよ、"超有能"なマーメイドくん!」
「とーぜん!」
チャールズの答えに、ベックがニカッと笑ってオフィスを出て行く。
ドアが静かに閉まると――
チャールズが「はあぁぁ〜……」と深いため息をついた。
20時。
まだオフィスに居るイーサンのスマホが鳴る。
イーサンは画面を見ると、直ぐに電話に出た。
「ハーパー、セシルはどうだ?」
チャールズが即答する。
「大丈夫です。
何も気付いていません。
今のところ、誰からも連絡はありませんし、食事も手作りにして、誰も部屋に入れていません!」
「そうか。
手数をかけたな」
イーサンの静かな声に、チャールズが明るく答える。
「いえいえ!
昼間買い物しておいた物と、作り置きでちゃちゃっと済ませたので。
打ち合わせ通り、セシルは今バスタイムです」
イーサンの冷静な問いは続く。
「警察のパトロールは確認出来たか?」
「ええ!
これでもかってくらいアパートの前を通ってくれてます!」
「良し。
どんな些細な事でも、危険だと思ったら直ぐに通報しろ。
俺にでも良い」
チャールズがキッパリと答える。
「分かってます!
それから、セシルのスマホに何らかの着信があれば、全て記録すると同時に、チーフのスマホとパソコンに送信する準備も出来ています!
俺のオリジナルの暗号化システムで送信しますから、ハッキングは絶対出来ません!」
「ありがとう、ハーパー」
そう、イーサンは言うと、一拍置いて告げた。
「それと念押しになるが、セシルに不審な行動があったとしても、君は観察するだけにして口出しするな。
自然に行動させるんだ。
但し、俺が迎えに行くまでに、セシルが君の部屋を出ようとしたら、どんな手を使ってもセシルを君の部屋から出すな」
「了解です!
それに、もしセシルが部屋を出ようとしても、絶対に出られない準備はしてありますからご安心下さい!」
イーサンが小さくフッと笑う。
「そうか。
聞くのが怖いな。
方法は君に任せる。
何かあったら連絡を」
「アイアイサー!」
そしてブチッと通話が切れたスマホに向かって、イーサンが「頼んだぞ」と呟いた。
一方、チャールズは――
風呂上がりのセシルに、レモンとライムのスライスとミントの葉が浮かんだ、透明な液体がたっぷり注がれたグラスを差し出していた。
「何これ?」
小首を傾げるセシルに、チャールズが得意満面で答える。
「俺の特製のサングリアブランカ!
美味いぞ〜!
白ワインを炭酸で割ってるからアルコール度数も低いし、ビタミンもたっぷり!」
セシルが感動した面もちでグラスを受け取る。
グラスは冷たくて、火照ったセシルの手の平をひんやりと冷やす。
「チャーリーって本当に料理上手なんだね!
知らなかった!」
「まあな。
お前が知らない俺の魅力は、まだまだあるよ〜♪
聞きたい?」
「……えーと……まず、これ飲んで良い?」
「ど・う・ぞ!」
セシルがストローに口を付ける。
そうして、ごくごくとサングリアを一気に飲み干し、セシルが笑顔で言った。
「美味しい!
初めての味だよ!
どうやって作るの?」
「秘密に決まってるじゃん!
良い男に秘密は付き物なんだよ!」
「おかわりある?」
「あるある!」
セシルから空のグラスを受ける、チャールズの瞳がギラッと光った。
「セシル、8時だよ!
チーフは9時に迎えに来るんだろ!?」
セシルがパチッと瞳を開ける。
セシルはチャールズの部屋のソファで、クッションを枕にして寝ていた。
「……僕……どうしたの?」
セシルがブランケットをモゾモゾと捲る。
チャールズが呆れた様子で、お手上げポーズを取る。
「お前なー!
俺の特製サングリアを、たった三杯飲んだだけで眠っちゃったんだよ!?
コミコンの衣装の打ち合わせしたかったのにー!」
「……え?
そうなの?」
キョトンとしているセシルに、チャールズが勢い良く続ける。
「そうだよ!
それでも心やさしいこのお兄さんが、クッションとブランケットをセットして寝かせてやったの!
よっぽど疲れてたのか?」
セシルがうーんと考える。
「別に疲れてないよ。
元気だし」
「じゃあ頭の中は?」
チャールズの問いに、セシルがぐっと詰まる。
実はセシルは、トラヴィス・アルマンに書類と地図を見せられてから、ずっと脳をフル回転させて『脳内』で解析していたのだ。
ところが、どう解析しても答えが出ないでいた。
それで通常の仕事をしながら解析をし続けていたという訳だが、当然それはチャールズには話せない。
だが、嘘もつけなくて、セシルは「疲れてたかも」と小声で答えた。
チャールズがウンウンと頷きながら言う。
「仕事が忙しいからな〜!
お前、現場に出たの初めてだし!」
「うん、まあ……」
「……ふ〜ん……」
モゴモゴ言っているセシルに、チャールズが腕を組む。
「実はさあ、あのサングリア、神経をリラックスさせるハーブが数種類入ってたんだよね〜!」
「そうなんだ……!」
大きな青い瞳をパチクリとさせるセシル。
「もちろん薬物とかじゃ無いぜ?
ただのハーブ!
でも、ハーブがそれだけ効いちゃうってことは、お前、相当考え事してたんじゃない?
まあ、俺にはお前の脳の機能は理解出来ないけどさ!」
「そ、そうかな……」
セシルはそう言うと、ガバッと立ち上がった。
「そう言えば……!
チャーリー、さっきチーフは9時に迎えに来るって言ったよね?
なんで!?
僕、そんな約束してないよ!?」
チャールズが頭を抱える。
「お前……俺が思ってたより、よっぽど酔ってたんだな……!
スマホを見ろ!」
チャールズがテーブルに置かれたセシルのスマホを渡す。
そこには、イーサンからのメッセージがあった。
『丁官からの要請により、明日、君と私で急遽出張になった。
朝、9時にハーパーのアパートメントに迎えに行く。
君の出張バッグを私が持って行くから、特に用意する物はない』と。
そして、セシルが返信している。
『了解しました』と。
「えー……全然覚えてないよ……」
不思議顔になっているセシルに、チャールズがビシッと指を差す。
「お前さあ……俺にも言ってたよ?
明日からチーフと出張だー、朝9時に迎えに来るーって!
この酔っぱらい!
シャワー浴びて来いよ!
着替えはお泊りセットにあるから!」
セシルが「ありがとう!チャーリー!」と言いながら、バタバタと浴室に走って行く。
チャールズはセシルの姿が見えなくなると、力が抜けてへなへなとソファに座った。
そして、9時丁度に、チャールズのアパートメントのインターフォンが鳴った。
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