【18】仕掛けられた代替機。〜天才を守る嘘〜
「おい、チャーリー、どうなってんだよ?」
ベックがチャールズのオフィスのドアの前で、スマホに向かって言う。
何故、ベックがチャールズのオフィスに入らないのかと言うと、チャールズのオフィスのドアには『立入禁止!』『入る前に必ず電話!』『入るな!』と張り紙がされているからだ。
それに鍵も掛かっている。
チャールズがインカムに向かってピシャリと言う。
「今、手が離せないし、欲しい資料なら送ってるだろ!?」
ベックが、やれやれと言った調子で答える。
「はいはい、ありがとな!
でな、セシルが抜き打ちの薬物検査されたのは知ってるか?」
チャールズが物凄いスピードで答える。
「知ってる!
それにベックも知ってると思うけど、あの検査はS.A.G.E.の職員であれば無作為に選ばれる!
今回はたまたまセシルが選ばれただけ!
じゃあね!」
ブチッとチャールズが通話を切る。
ベックは不思議そうな顔をして、自分のスマホを見つめてしまった。
だが、急用があるわけでもないので、仕方なくオラクルのオフィスに戻った。
オラクルのオフィスでは、セシルがしょぼんとデスクに就いていた。
カリスタとヴィヴィアンとベックが、すばやく目配せする。
ベックが、さり気なくセシルの元に向かう。
「セシル、薬物検査お疲れさん。
でも何にも出なかったんだろう?」
セシルが「そりゃあそうだよ!」と言うと、プーッと膨れる。
「じゃあ、ご機嫌斜めの理由は何だ?」
「……スマホが壊れた。
原因が解るまでは、代替機を使わなくちゃならないんだ」
「薬物検査にスマホの故障か……。
そりゃあ散々だな」
ベックはやさしくそう言って、セシルの肩を励ますように軽く叩く。
すると、セシルが代替機のスマホを、ずいっとデスクの上に滑らせてベックに見せた。
ベックが薄いブルーの丸い瞳をグリグリさせて言う。
「……ん?
同じ物だよな?」
その瞬間、セシルが機関銃の如く喋り出した。
「そうだよ!
機種も同じ!
中身も同じ!
チャーリーが全部コピーしたから!
僕のスマホを完璧に復元してる!
でも、僕のじゃ無い!」
「は〜ん……そういう事か!」
ベックが腕組みをして頷く。
「お前のスマホの故障の原因を調べてるから、チャーリーのヤツ、神経質になってんだな。
チャーリーなら、『お前のスマホ』をそれこそ完璧に修理して返してくれるさ」
「……それは分かってるけど、何か『違う』のが嫌だから……」
カリスタがやさしく微笑む。
「分かるわ。
あなたは何にでも『拘り』を持つものね。
でもチャーリーを信じてあげて。
彼の"超有能"は本物よ」
セシルが小さく笑う。
「……そうだね。
チャーリーなら、直ぐに原因を解明して、僕のスマホを返してくれるよね」
ヴィヴィアンも、にっこり笑うと明るく言った。
「そうそう!
それに今日は金曜日よ!
しかも事件の呼び出しも無い、貴重な一日!
さっさと書類仕事を終わらせて、週末を楽しみましょうよ!」
セシルが「うん!」と答えて、今度はニコニコと笑った。
チャールズのオフィスでは、パソコンに向かうチャールズの後ろに、イーサンが立っていた。
チャールズがパソコンの画面を見ながら話し出す。
「セシルのスマホに、外部から細工された形跡はありません。
でも、同じ電話番号の着信が二件、消去されていました」
「誰とのやり取りだ?」
「それが使い捨て携帯なんです。
発信者は不明。
でも基地局は分かりました。
セレニス・ベイです」
イーサンの目がギラリと光る。
「だが、君は俺をここに呼んだ。
それ以上の収穫があったからだ。
違うか?」
チャールズがニンマリと笑う。
「流石、チーフ!
実は位置情報プログラムが巧妙に設定されていたんです。
仕組みは簡単です。
ある闇アプリをインストールすれば良い。
そしてこのアプリは、スマホ自体には表示されない。
素人なら、まず気付かない。
つまりハッキングされてたんです。
セシルのスマホは!」
イーサンが「そうか」と鋭い声で一言言うと、続ける。
「ハーパー、これからは、このセシルのスマホの発着信内容を全て記録しろ。
犯人が、何処からどんな携帯を使用しているか割り出すんだ。
発着信と同時に、君のパソコンに繋がるようにしておけ。
会話も全てだ。
そして直ぐに俺に報告しろ」
チャールズがイーサンの言葉に目を見開く。
「でも、それじゃセシルを盗聴する事になっちゃうんじゃ……」
イーサンが頷く。
「そうだ。
だが、犯人の行動をよく考えろ。
君にセシルの裸の画像を送れば、君は俺に報告し、俺は君にセシルのスマホを徹底的に調べさせる。
そして、このアプリを発見し、対策を取る。
それを、この犯人は分かっているんだ。
つまり、このスマホをセシルに返すとは思っていない。
セシルのオラクルでの電話番号は簡単には変えられないから、同じ電話番号で新しいスマホを渡すと考えるだろう」
チャールズが、うーんと首を捻る。
「でも、それじゃあ犯人は、セシルのスマホにインストールした位置情報プログラムの闇アプリは使えませんよね?」
イーサンが口元に冷たい笑みを浮かべる。
「犯人には、もう位置情報は必要ないんだ。
セシルの信頼を得ていることを確認したからな。
犯人はセシルに『どこにいる?』と訊くだけでいい。
セシルは相手を信頼しているから、正直に答えるだろう」
再びチャールズが、うーんと首を捻る。
「それなら、セシルに新しいスマホを渡しても良いんじゃ……?」
イーサンがジロリとチャールズを見る。
「セシルに気付かれる。
君ならソフトを変えても、セシルに気付かれる事は絶対にないだろうが、ハードは違う。
セシルは、どんな小さな違いにも気付く。
そしてセシルは、疑問を持てば解決せずにはいられない。
俺はセシルの為なら、彼の目を見て嘘をつける。
しかし君は、セシルの裸の画像と、セシルのスマホの監視という二つの秘密を、セシルに理詰めで問い詰められても、かわす自信があるか?」
チャールズが小声で「……ありません……」とボソッと答える。
イーサンの冷静な言葉は続く。
「それに、セシルが疑問を持てば、それが犯人にも伝わる。
犯人は異常者だが、馬鹿じゃない。
セシルは薬物検査をしたが、何も出なかった。
つまり、代謝の早い薬物を使われたという事だ。
そこまで計算する犯人が、スマホを避けて『遠回りの接触』を選択すれば、逮捕する機会が遠のく。
そして、それだけセシルを危険に晒す時間が長くなる。
だとしたら、このスマホを使うのが一番確実だ。
我々も、セシルや周囲につく嘘が少ない方が上手くいく」
チャールズがパッと笑顔になる。
「そうですよね!
よ〜し、あと1時間下さい!
設定を済ませます!」
チャールズが紙袋をドンと、セシルのデスクに置く。
セシルが「なに……?」と言って書類から顔を上げる。
チャールズがニヤッと笑う。
「お前の今夜のお泊りセット!
お前、今夜おれんちに泊まるの!」
「えっ!?
なんで!?」
青い瞳を丸くしているセシルに、チャールズが重々しく語り出す。
「お前んちのアパートの大家さんから、チーフに連絡が来たんだよ。
お前の部屋の階、漏電しちゃっていて火災が起きるかもしれないから、今夜は突貫工事になるって。
お前の部屋の階の住人達は、みんな避難してもらってるらしいよ。
それでチーフに頼まれたんだよ。
お前を預かってやってくれって」
ベックがプッと吹き出す。
「いいねぇ〜俺も行こうかな!」
チャールズがフンッとベックを見る。
「今夜はセシル以外はお断り!
セシルに相談に乗って貰いたいことがあるから!」
ベックが笑って言う。
「はいはい、"超有能"さまの仰せの通りに。
セシル、チャーリーには気を付けろよ?」
セシルがサーッと青くなる。
「な、なに……!?」と言ってチャールズを見る。
ベックが両手を広げ、余裕の態度で答える。
「チャーリーは自宅だと、リラックスし過ぎて、勝手に酔っ払って潰れて、それを忘れちまうから」
チャールズが額に青筋を立てて怒鳴る。
「ちょっと! ベック!
誤解されるようなこと言うなよ!」
「事実だろ?」
「うるさいっ!」
その時、セシルがポツリと言った。
「でも……大家さん……何で僕に直接言って来なかったんだろう……?」
チャールズが「俺は知らない。チーフに訊けば?」と言って、スマホをセシルのデスクに置く。
途端にセシルが嬉しそうに笑う。
「あ!
僕のスマホ!
直ったんだ!」
「そうだよん♪
俺に掛かれば、直せないモバイルは無い!」
「ありがとう、チャーリー!」
「お礼なんかいいって。
これも仕事だからさ!
あ、お泊りセットも気を使うなよ?
いつかお前のお泊りセット作っとこうって思ってたの、実現しただけだから」
ベックがニヤニヤ笑う。
「俺のお泊りセットは当然有るんだろうな?」
チャールズがプンプンして答える。
「そんなデカい服、売ってるところなんて知りません!」
イーサンのオフィスの、開け放たれたドアがノックされる。
イーサンが書類から顔も上げず「どうぞ」と言う。
「あの……チーフ、今いいですか?」
セシルの遠慮がちな声に、イーサンが顔を上げる。
「何だ?」
「あの……うちのアパートの漏電の件なんですけど……」
「ああ、それか。
入れ」
セシルはイーサンのオフィスに入ると、イーサンのデスクの前に立つ。
イーサンは表情一つ変えずに言った。
「ハーパーに理由を訊かなかったか?」
セシルが頷く。
「聞きました。
でも、大家さんは、何で僕じゃなくてチーフに連絡したんですか?」
イーサンは淡々と答える。
「大事にしたくないと言っていた。
お前に連絡をしたら、お前は俺に理由を話し、アパートに向かうだろう。
それは、お前にとっては至極当然な行動だろうが、はっきり言って大家さんにとっては迷惑なんだ。
S.A.G.E.の捜査官が、あれこれ聞き回ったり、業者に質問や助言をしまくっていたら目立つ。
漏電は管理不行き届きとも取られるからな。
だから俺に直接連絡を取って、お前の対処を俺に任せた」
セシルがホッと息を吐く。
「そうか……そうなんだ……」
イーサンの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「大家さんにも、お前の行動はお見通しってところだな。
まだ何かあるか?」
「ありません!
失礼しました!」
ハニーブロンドをふわふわと揺らし、セシルがイーサンのオフィスを出て行く。
イーサンはその後ろ姿を見送ると、視線をデスクに落とした。
その視線の先が、スマホで止まる。
イーサンが、低く呟く。
「土日に不意打ちを食らったら、お前はどう動く?」
それは、ストーカーへのメッセージ――
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