【17】信頼という侵入経路。〜オラクルへ向けられた挑戦状〜
そして犯人のテリー・パーカーは、呆気なく逮捕された。
自宅のガレージに停めてあった黒いピックアップトラックの運転席で、眠っていたのだ。
それに、凶器に使われたナイフや証拠品も、全て荒れ放題のピックアップトラックから発見された。
オラクルは、その日の内にセレニス州のS.A.G.E.に戻った。
オラクル本部に戻ると、ベックが安堵した顔になる。
「やったな!
酷い事件だったが、スピード解決だ!
これもチャーリーが"超有能"なお陰だな!」
ベックに向かって、ヴィヴィアンが感動した表情で応える。
「それはそうだけど、やっぱりセシルは凄いわよ!
行きの飛行機の中でのプロファイリング、覚えてる?
エレノアが『住民の殆どが定職に就いている』って言ったけど、それなら定職に就いていない人間を探せば良いってやつ!
そのプロファイリングが無かったら、チャーリーのレーダーのヒントにはならなかったもの」
ベックがウンウンと頷く。
「そうだな〜!
でも、それなら俺も褒めてくれよ?
俺のプロファイリング通り、テリーは手袋をして犯行を行っていたし、帽子こそ被っていなかったが、スキンヘッドで逮捕された!」
ヴィヴィアンがフフッと笑う。
「でもセシルは、『玄関の鍵を一人で開けて家に入る子供』がターゲットだって事も見抜いてたのよ!?
セシルの勝ち!」
その時、クスクスと笑い声がした。
カリスタだ。
カリスタは、美しい笑みを浮かべて言った。
「もう……二人共、プロファイルは勝ち負けじゃ無いのよ?
それに、セシルは"超有能"どころか天才よ」
ベックが大きな手で、つるりと顔を撫でる。
「そりゃあそうだ!
それより、セシルは何処だ?
それにエレノアは?」
「エレノアはチャーリーに呼ばれてるわ。
セシルは、丁官に呼ばれてる。
そのまま帰るらしいわ」
カリスタの答えに、ヴィヴィアンが腕を組むと、しみじみと言った。
「初めて現場に出て、立て続けに二件事件があったから、丁官も心配してるだろうしね」
ベックもカリスタも、大きく頷いた。
セシルが自宅に戻り、部屋の照明を点けた途端、スマホが鳴った。
画面を見ると、トラヴィス・アルマンからだ。
セシルが慌てて電話に出る。
「はい! セシル・アシュリーです」
トラヴィスはスマホの向こうで、ホッとしたような声を出した。
「アシュリー捜査官!
良かった!
テレビで観ましたよ。
リッチモンドの事件、お疲れ様でした。
それに、今夜中にセレニス州に戻られて本当に助かりました」
セシルがハッとする。
「ハリウッドの件ですか?」
「ええ、ロス市警察から書類を届けて欲しいと頼まれまして。
郵送するには、目立ち過ぎるからと。
私も前々から、セレニス州の友人の学術出版について助言を頼まれていたので、引き受けたんです。
ロス市警察は一刻も早くアシュリー捜査官に見て欲しいと言っていたので、今朝ハリウッドを発ちました」
「どういった書類ですか?」
セシルの問いに、トラヴィスが小さく笑った。
「私は見ていません。
立場上、見られませんし」
セシルが慌てて答える。
「そ、そうですよね!
失礼しました。
目立つというのは、どういった点で?」
トラヴィスが落ち着き払った声音で言った。
「頼まれた資料は二つです。
一つはかなり分厚い封筒ですね。
もう一つは円筒に入っています」
「円筒か……地図かもしれませんね。
緊急なんですよね?」
「ええ、勿論。
でなければ、私をセレニスまで向かわせないでしょう」
すると、またセシルが慌てて言う。
「そ、そうでした!
ホテルはどちらですか?
受け取りに伺います」
だが、トラヴィスが一気に慎重な声になる。
「ホテルは人目が多いですよね?
私達が会うことは内密にしないと。
オラクルのアシュリー捜査官にこんなことを言うなんて、おこがましいかもしれませんが……」
セシルが早口で答える。
「いいえ!
その通りです!
僕が浅はかでした。
でしたら、僕のアパートに来て頂けますか?
交通費は精算しますので」
「交通費なんて!」
トラヴィスが鷹揚に語り出す。
「こちらでレンタカーを借りてあります。
私用にです。
ですから、何の問題もありません。
ただ、ロス市警察から重要な指示がありまして」
「何でしょう?」
「アシュリー捜査官は、一度見たものは記憶出来るので、あなたが資料を見たら持って帰るように言われているんです。
あちらでも大切な証拠品だからだと。
大丈夫でしょうか?」
セシルが明るく答える。
「はい!
大丈夫です!
それに僕、1分間に三万語読めるので、そんなにお待たせしません」
トラヴィスが感嘆の声を上げる。
「それは素晴らしい才能ですね!
では、ご住所を教えて下さい」
翌朝、セシルが目覚めると、ベッドの上だった。
昨夜の事を思い出す。
トラヴィス・アルマンは、電話の後に直ぐにやって来て、0と1が並ぶ書類の束……あれは暗号だ……と、カリフォルニア州の地図を僕に見せたっけ……
――それから?
そうだ……僕は全部に目を通したら眠くなってしまって、それをトラヴィスに察せられて、トラヴィスは帰って行った……
書類と地図を持って……
それから?
何とかシャワーを浴びて寝たんだ……
書類と地図は……ちゃんと頭に入ってる!
セシルはそこまで思い出すと、気分良くベッドから出て、出勤の支度を始めた。
イーサンのオフィスのブラインドは全て下げられ、ドアも閉められている。
その中で――
イーサンがチャールズのスマホを見ながら、低く鋭い声で訊く。
「これで全部だな?
一枚も削除していないな?」
チャールズは涙を堪えながら、「していません」と震える声で答える。
そして、「セシルは何をされたんですか……?」と呟く。
イーサンはチャールズに目をやると、静かに話し出す。
「ハーパー、この画像をよく見ろ」
「見られません!
そんな……そんな……」
頭を左右に振るチャールズに、イーサンは厳しく告げる。
「見るんだ。
この12枚の画像を撮った人物は、相当頭が切れる。
セシルの裸体を撮ってはいるが、肝心な部分を上手く避けて撮っている。
そして、発信元はセシルのスマホだ。
セシルが、君にセクハラで訴えられた時の事まで計算しているんだ。
確かに際どい画像だ。
ベッドの上で足を立てて開いていたり、尻を突き出しているようなアングルだったり、シャワーを浴びながら誘うように片足を上げたり……」
「もう止めて下さい!」
チャールズの悲痛な叫びにも、イーサンは冷徹なまでに譲らない。
「ハーパー、セシルをこんな目に遭わせた犯人を逮捕する為には、なぜ"君"に、この画像が送られてきたのか、その意味を理解しなくてはならない。
良く見れば分かる。
これはヤラセだ」
「ヤ、ヤラセ……?」と、チャールズがポツリと言う。
イーサンが低く告げる。
「そうだ。
全ての画像でセシルは目を閉じている。
身体に力が全く入っていないし、必ず何かに寄り掛かっている。
尻を突き出している画像も、クッションを使用している。
シャワールームでは床に寝ている。
このセシルの"状態"で何が分かるか?」
イーサンのアイスブルーの瞳がギラリと光る。
「セシルは意識の無い状態で、この画像を撮られた。
君から報告があって直ぐに、セシルに連絡を取ったが、セシルに変わった様子は無い。
つまり、セシルはこの画像の件を知らない。
きっと犯人は、セシルのスマホから、画像も君へのメールも削除したんだ。
セシルは今、抜き打ちの薬物検査ということにして、医務室で血液検査と尿検査を行っている」
チャールズがホッとした表情になると、イーサンが厳しい声で言った。
「問題は、この画像が撮られたのがセシルの自宅だという事だ。
そして、セシルは犯人を自ら家に招き入れている。
セシルが出勤した後に、セレニス・ベイ署の鑑識に頼んで、侵入者がいないか調べて貰ったが、何処にも強引に侵入した形跡は無いそうだ。
客をもてなした形跡も無い。
きっと犯人が証拠を消したんだろう。
そうなると、答えは一つしかない。
犯人は、セシルの顔見知りで、信頼している人物だ。
その犯人が、君にセシルの裸体の画像を送った。
何故か?
君はうちの天才テクニカルアナリストだ。
だが君でも、セシルのスマホを調べても何も出ないという自信があるんだ。
そして君に画像を送れば、まずチームリーダーの俺に報告すると分かっている。
それは、オラクルへの挑戦だ。
セシルは無能なオラクルにいるよりも、有能な自分といる方が正しいというメッセージなんだ。
犯人はセシルを手に入れるまで、セシルを利用するだろう」
チャールズが目をゴシゴシ擦ると、すっくと立ち上がる。
「セシルのスマホを調べる許可を下さい。
絶対に犯人を見つけてみせます」
イーサンが頷く。
「分かった。
手配しよう。
だがハーパー、これだけは約束してくれ。
この調査は、君と俺の二人で行う。
セシルは信頼している人間に、裸を撮られた事も画像の存在も知らない。
知れば傷つく。
セシル本人は勿論、チームの皆にも他言無用だ。
出来るか?」
チャールズがしっかりとイーサンの目を見て答える。
「出来ます!
セシルをこんな目に遭わせた犯人を、絶対に捕まえてやります!」
「良し。
いいか、この手の犯人逮捕の為には、手続きに落ち度は許されない。
君は今ここで、俺のパソコンにその画像を全て転送しろ。
その次に、俺のスマホに転送するんだ。
君が理性を持って俺に報告をし、俺が証拠を受け取ったと立証出来る。
そして君は不快だろうが、セシルの画像を削除するな。
証拠の為だ」
チャールズが迷いなく「はい!」と答える。
「それから週末は、俺がセシルと一緒に過ごす。
犯人には絶対に見つからない場所だ。
今日は金曜日。
今夜は君の家でセシルを預かって貰いたい。
犯人はセシルをストーキングしている筈だから、君がセシルを預かれば、君はセシルの画像に屈しておらず、しかもセシルの力になっていると犯人にアピール出来る。
そうすれば、犯人はまた君に接触してくるかもしれない。
回数を重ねれば、それだけ犯人がミスを犯す可能性が高くなり、そうなれば犯人逮捕の近道になる。
セシルには俺から了承させる。
君の家の前のパトロールも増やす。
危険だと察知したら、直ぐに911に通報しろ」
「了解です!
まず、セシルのスマホを早急に渡して下さい」
イーサンが即答する。
「分かっている。
頼んだぞ」
「おまかせ下さい!」
チャールズがイーサンのオフィスを足早に出て行く。
扉が閉まると、イーサンはデスクを思い切り拳で殴った。
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