【15】天才に課された秘密の任務と、前歴が消された存在。〜無秩序型の異常な刃〜
午前7時30分。
S.A.G.E.の地下駐車場で、ベックとヴィヴィアンがバッタリと出会う。
「おう」と言って片手を挙げるベックは、まだ眠そうだ。
エレベーターに乗り込みながら、ヴィヴィアンが残念そうに呟く。
「ハリウッドの事件……あと少しで犯人に近づけそうだったんだけどな〜!」
ベックがヴィヴィアンを励ますように、明るく言った。
「今は事件の事だけ考えようぜ。
今回の犯行はサイクルが異常に早い。
それだけ犯人を早期に逮捕出来る。
それからだって遅くない」
ヴィヴィアンが頷く。
「じゃあ次の犯行を行う前に、絶対に捕まえてやる!」
ベックが破顔する。
「それでこそ、ヴィヴィアン・ドレイクだな!」
ヴィヴィアンが「どういう意味!?」と言った瞬間――
エレベーターが、オラクルのある階に到着した。
ベックとヴィヴィアンがオラクルの本部に着くと、セシルが自分のデスクにいるのが見えた。
ベックが笑顔でセシルに声を掛ける。
「よう、セシル!
やけに早いな!」
セシルは手を忙しなく動かしながら、「そんなことないよ」と答える。
ヴィヴィアンが自分のデスクにバッグを置くと、セシルをじっと見た。
「どうしたの?
何か緊張してるみたい。
エレノアは一緒じゃないの?」
セシルがパッと椅子から立ち上がる。
「緊張!? 僕が!?
まさか! エレノアはもう自分のオフィス!」
そう口早に言って、そそくさとキッチンスペースに向かう。
セシルはエスプレッソを入れたマグカップに、砂糖を目一杯入れると、深いため息を吐いた。
そして、心の中で叫んでいた。
秘密工作なんて僕には無理だよ〜!と。
瞬時に、今朝のトラヴィス・アルマンからの電話を思い出す。
『クロフォード捜査官から頼まれたんです。
丁官からの指示で、内密にカリフォルニア州の連続殺人事件の調査を続行するが、チームリーダーのクロフォード捜査官では、内密には動けない。
その為、チームの人間をロサンゼルス市警察と連携させるように命じられて、それをアシュリー捜査官にしたと。
だが、ロス市警察とアシュリー捜査官が直接連絡を取れば、チームの他の捜査官に、直ぐに気付かれてしまう。
そこで、民間人を間に挟むことにした。
それでロス市警察とクロフォード捜査官との協議の結果、私が選ばれたんです。
クロフォード捜査官からあなたへの最初の指示は三点。
私からの連絡の報告は不要。
あなたは私からの連絡を随時モバイル以外の物で纏めておき、クロフォード捜査官から要求があった時のみ、報告すること。
例え二人きりであっても、クロフォード捜査官から報告を求められなければ、一言でも内密捜査について話してはならない。
以上です』
そこでトラヴィスは言葉を切り、やさしく告げた。
「それと私は精神科医でもあります。
あなたの入院なさっているお母様の病気の件で、連絡を取り合ってると周囲に思わせれば、周りも納得するでしょう。
それに私は、あなたのお母様の御病気を実際に診察してみるつもりです。
今迄の治療を違った角度から診察してみれば、お母様がもっと快適に過ごせる時間が増えるかもしれない。
どうですか?
引き受けて頂けますか?」
事件解決の役にも立てて、お母さんの病気も良くなるかもしれない……
だったら、やるしかない。
そう思ってYESって答えたけど……
みんな優秀なプロファイラーだし、それに、秘密にしなきゃいけないし、このミッションについては必ずトラヴィスを通さなくちゃいけなくて、イーサンとミッションについて直接話もしちゃいけない……
そんなこと、僕に出来るかなあ……
「セシル、なに黄昏てんだよ?」
チャールズの声に、セシルがビクッと飛び上がる。
「たたた黄昏てなんてないよ!」
チャールズがニンマリと笑う。
「嘘つけ〜!
俺を誤魔化せるとでも思ってんの?」
「だから黄昏てないって!」
「目が泳いでるぜ?」
「泳いでないよ!」
チャールズがすすっとセシルに近付くと、小声で言った。
「俺は分かってるから」
「……何を?」
秘密のミッションについてかとギクリとするセシルを無視して、チャールズが続ける。
「お前は初めて現場に出て、世間の厳しさを知った!!
そして、へこんでる!
天才ってさ、頭脳で暴走しがち!
分かるぜー!
クロフォード捜査官に絞られてんだろ!?」
「……はあ!?
なに!?
なんのこと!?」
「声が大きいって!」
チャールズの言葉に、セシルが負けじと言い返す。
「チャーリーが変なこと言うからだろ!?」
だが、チャールズには全く通じない。
「いーから、いーから。
俺はお前の味方!
それは忘れんな!」
そうチャールズが勝手に宣言した時、エレノアの声がした。
「セシル、時間よ。
会議室に集合して」
エレノアがリモコンを操作して、スクリーンの画面を変えながら、淀みなく説明する。
「事件現場はリッチモンドの中産階級の住宅街。
治安も良く、住民の殆どが定職に就いていて、今回の事件が起きるまで目立った犯罪は有りません。
犯行現場も死体遺棄現場も自宅のみ。
被害者は全員白人。
凶器は鋭利なナイフ。
刺し傷は一人につき、ほぼ20ヶ所。
死因は失血死。
侵入経路は分かっていませんが、玄関や裏口、それに窓などをこじ開けた形跡は有りません。
三件とも、黒っぽいピックアップトラックが立ち去るのを近隣住民に目撃されています。
ナンバーの目撃証言は無し。
リッチモンド警察も住人達もパニック状態で、我々の到着を待っています」
イーサンが立ち上がる。
「兎に角、時間が無い。
直ぐに出発する。
リッチモンドなら1時間掛からない。
予備プロファイルは飛行機の中で行おう」
機内にて――
カリスタがファイルを見ながら話し出す。
「これはどう見ても無秩序型の犯罪者ね。
犯行を隠している形跡がまるで無いわ。
血の付いた足跡が、目撃されたピックアップトラックまで続いてる。
しかも犯行現場は、周囲30キロ圏内。
多分犯人は、犯行現場の近所に住んでいる。
そして犯人は長年精神を患っていて、そこにストレス要因が起こり、犯人にしか理解出来ない妄想が止められなくなって、犯行に及んでいるというところね」
ヴィヴィアンがカリスタに被さるように口を開く。
「でも指紋もDNAも残していないし、侵入だって鮮やかだわ。
それにチャーリーによれば、犯行現場から周囲30キロ圏内に目を引く前歴者はいない」
「そこなんだよな〜」とベックがため息交じりに言うと、セシルが話し出した。
「エレノアは『住民の殆どが定職に就いている』って言ったけど、それなら定職に就いていない人間を探せば良いんじゃないかな?
こんな精神状態で、仕事が勤まるとは到底思えない。
それに、相手は子供なのに20ヶ所も刺しているってことは、妄想が強烈で、実行しなければ自分の命が危うい等の切迫した心理状態にある可能性が高い。
こんなに深刻な精神を患った人間と一緒に暮らせる人間はそういない。
近しい血縁者と暮らしているか、一人暮らしだ」
ベックが頷く。
「セシルの言う通りだ。
それに指紋やDNAが出ないのは、犯人が意図しているんじゃないのかもしれん。
たまたま、そうなっただけなのかもな。
妄想の延長で、手袋をしていなければいけないとか、帽子やパーカーを被っていなければならないなどの独自のルールの結果だ」
イーサンが「だがな」と慎重な声音で言う。
「これ程の犯行を行うには、必ず特徴的な前歴がある筈だ。
この犯行は長年蓄積された妄想の実現だが、妄想を形作る過程で、何かしらの犯行を必ず犯している。
それなのに記録がないのはおかしい」
カリスタが「そうよね」と言って、パソコンに向かい「チャーリー、頼みがあるの」と言うと、チャールズがパッと画面に現れた。
「何でも聞いて!」
「犯行現場から半径30キロ圏内で、白人男性で無職の一人暮らし、もしくは家族に養ってもらっている人間を探し出して。
それから前歴のない人間。
駐車違反なんかは無視して良いわ」
「ない人間?」とチャールズが首を傾げる。
「そうよ」とカリスタがキッパリ答えると、チャールズが困り顔になった。
「えーと……結構いるよ〜!
もうちょっと絞り込めない?」
すると、ベックが口を挟んだ。
「だよな。
じゃあ、前歴を消された人間、だ」
チャールズの眉間に皺が寄る。
「あのね〜。
いくら俺が超有能だからって、消された前歴をどうやって探せって言うんだよ!?」
ベックがニヤッと笑う。
「お前は超有能なんだろう?
どんな方法でも構わない。
突き止めてみせろ!」
チャールズが即、言い返す。
「それじゃあ、俺の有能さを証明してやる!
でも、時間頂戴!
じゃ後で!」
ブチッとチャールズが画面から消える。
ヴィヴィアンがベックに向かって「お見事」と言って笑う。
そこに、エレノアが電話を片手に小走りでやって来た。
「新たな事件発生です。
被害者は12才の男子と、その母親です。
死因は失血死で、ほぼ確定。
CSIが調査中で、警察は防犯カメラの解析と、目撃者を探しています」
「母親?」とイーサンが鋭い声を出す。
「妄想の進化か?」
すると、セシルがガバッと立ち上がって言った。
「違う!
侵入経路が分かったかも!」
皆の視線が一斉にセシルに集まった。
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