【13】偽名で買える理想への鍵。〜ハリウッドの美を売る罠〜
イーサンの低い声が飛ぶ。
「シャーロット・アルマンが弁護士を辞めて、モデル事務所を開くまでの期間はどの位だ?」
チャールズが即答する。
「およそ1年です」
「その間、何処かの矯正施設に入っていないか?
例えば、アルコール依存症などの」
「えーと……ないですね。
あ! でも……待って下さい!
半年程スイスに行ってますね。
滞在先はホテルですが」
「ホテルの側に矯正施設は無いか?」
「ちょっとお待ちを……ありませんね。
でも、病院があります!
うわー!
世界中のセレブが集まる病院です!
殆ど全ての一流専門医が揃ってます!
脳外科から心臓外科から美容整形外科まで!
全身を治療出来ます!
精神科医やカウンセラーも、各種専門医が揃ってます!」
イーサンが冷たく笑う。
「だが、半年も海外にいて、その後の半年でモデル事務所を開業出来るか?
そこはどうだ?」
「えーと……やっぱり!
アルマン家のスーパーヒーロー、トラヴィスくんが、シャーロットがスイスに行く前からモデル事務所開業の為に動いています!
超忙しい外科部長時代にですよ!?
父親も金銭面で全面的に応援していますが」
「シャーロットがスイスに行く前に、ストレス要因になる様な出来事は無かったか?」
「昨日調べた経歴では特にありませんでしたけど、深掘りしてみます!
少々お時間頂きます!
では!」
ブチッとチャールズが画面から消える。
エレノアが、ガラス扉の向こう側で書類に没頭しているセシルを見ながら、静かに口を開く。
「シャーロット・アルマンに何か?」
イーサンが厳しい声で答える。
「セシルへの執着が普通じゃない。
もし、あの執事がセシルに会えて、トラヴィスが来なかったら、シャーロットから託された何らかのメッセージを、執事がセシルに伝えていたかもしれない。
そして、トラヴィスはセシルが現れるのを待っていた。
執事の慇懃無礼を我々に詫びて、自分の印象を上げ、シャーロットからの『メッセージ』を、出来ればセシルに、出来なくとも俺に渡そうとした。
だが、状況が不利だと悟って帰った。
精神科医だけあるな。
それに、トラヴィスの話によると、シャーロットはアルコールの問題を抱えているようだ」
エレノアが不審な表情になる。
「ですが、トラヴィスはそれこそ一流の医者ですよね?
チーフの仰る通り、精神科医でもある。
そんな彼が姉のアルコール問題を放っておくでしょうか?」
イーサンの視線が、被害者たちの写真に向かう。
「問題はそこだ。
普段はトラヴィスが、シャーロットのアルコール問題をきちんと管理出来ていた。
シャーロットも自分をコントロール出来ていた筈だ。
でなければ、社長として成功し続ける事など不可能だ。
それに、昨夜酒を飲むことをトラヴィスが止めなかったのは、シャーロットが普段から礼儀の範囲で酒を口にしても大丈夫だと、医者のトラヴィスも確信を持っていたからだ。
ところが、セシルに出会って、シャーロットは理性を失う程動揺した。
ランディに似ているセシルを前にして、そこまで動揺するということは、ランディはシャーロットにとって本当に"特別な存在"だったのだろう。
そして、そこまで"特別な存在"ならば、ランディが失踪するまでの生活の細部を知っている。
シャーロットにランディに関する全ての情報を引き出させるには、こちらも切り札が必要だ」
「そうですね」
エレノアが深く頷いた。
セシルの居る個室のガラス扉がノックされる。
セシルは書類から顔も上げず、「どうぞ」と言うと、扉が静かに開いて、閉まった。
「セシル、良くやった」
イーサンのその声に、セシルは顔を上げ、にこりと微笑む。
「ありがとうございます!」
そして、デスクの上のファイルの束を、イーサンに向かって押した。
「全部精査しました。
レナード・ダインの経営する美容サロンの契約に、不審な点や法をかい潜る様な抜け道を使っている形跡はありません。
ただ、キャッシュをチャージするカードの発行は簡単にできます。
社員に対するマニュアルによると、カード発行時にキャッシュで100ドル入金すれば、運転免許証などの提示があればIDの確認も必要ありません。
モデルを集めたパーティなどに、モデル達にチップ代わりに渡したり出来るように、パーティのホスト側が一括購入することもできます。
次は10年間の納税記録と雇用記録を精査しますか?」
イーサンが頷く。
「そうだ。
エレノアに資料を持ってこさせよう。
このファイルは俺が持って行く」
「はい!」
セシルが青い瞳を輝かせ、また、にこりと微笑む。
ハニーブロンドの髪の毛をふわりと揺らして。
昼前に、ベックとヴィヴィアンが本部に戻って来た。
エレノアが笑顔で迎える。
「お帰りなさい。
二人とも、お食事は?」
すると、ベックがわははと笑って、持っていた紙袋を掲げてみせる。
「行列が出来てたキッチンカーがあって買ってみたよ。
ヴィヴィアンが美味しそう美味しそうって繰り返すもんでな!」
ヴィヴィアンがパシッと紙袋をベックから奪う。
「何言ってるのよ!
美味そうだから並ぼうって言ったの、ベックじゃない!」
ベックがニヤニヤと笑ってヴィヴィアンを見る。
「奢ったんだから、これくらい良いだろう?」
「もう!
それとこれとは別問題!」
ヴィヴィアンがプンプンしながらテーブルに紙袋の中身を並べていると、イーサンがやって来た。
「お帰り。
その顔だと、良い情報を掴んだみたいだな」
ベックが「まあな」と言ってニンマリ笑うと椅子に座り、テイクアウトして来たコーヒーを一口飲み、話し出した。
「レナード・ダインの家には入れなかったが、ヤツとは美容サロンの本社の社長室で会えたよ。
社長室は、なんていうか……稼いでますアピールが凄い部屋と言うか……。
現代美術から古典まで、あらゆるコレクションを壁一杯に飾っていたな。
本人は40手前だってのにチャラチャラしてて、とても社長には見えんが、それが売りらしい。
だが、性格は悪い男じゃない。
美容サロンのキャッシュをチャージするカードが殺人事件に利用されているかも知れないと言ったら、何でも協力すると言ってくれた」
イーサンが静かに言った。
「セシルがカード発行の書類を精査したところ、免許証などの提示があればID確認は要らないとの事だった。
それに、パーティなどで呼んだモデルにチップ代わりに使われる事もあり、一度に大量に一括購入する客もいると、な」
「それだよ!」
ベックがヴィヴィアンに視線を送る。
ヴィヴィアンが口を開く。
「それなんだけど、ダインが言うには、それは単なる建て前で、来店してキャッシュカードで支払いをする客は、それだけで身元確認になるし、サロン専用のカードとキャッシュカードを紐付けしておけば、ポイントが自動的に溜まるシステムから、殆どの客はサロン専用カードを紐付けするそうよ。
ところが、サロン専用のカードに現金でチャージすると申し出て、その場で現金をチャージする客の身元確認は特にしないそうなの。
つまり、自己申告でサロンの会員になれる。
もし偽名だったら?と私達がダインに訊いたら、それでもカードにチャージされた金はサロンの金になってるから問題ないと、あっけらかんと答えてたわ。
それに、大量に一括購入する客も、キャッシュでカードにチャージさえしてくれれば、特に身元確認はしないそうなの!」
イーサンのアイスブルーの瞳がギラリと光る。
「それで、今まで悪質な客は居なかったのか?」
ヴィヴィアンが肩を竦める。
「特にいないそうよ。
でも考えてみれば、それもそうよね。
だって、カードにチャージしているお金は、ダインのサロンでしか使えない。
だったらサロンで使うでしょうし。
それに客達は、カードナンバーで管理出来ている。
それと、ダインは抜け目が無くて、サロンで施術をしてもらう前に、客の要求するコースの総額がカード内のキャッシュを越えている場合、その場でキャッシュをチャージするか、もしくはキャッシュカード払いに変更しなければ、コースを減額するように客の要望を変更させて、カードにチャージされている金額内で必ず支払わせているの。
そうしない客には帰ってもらっているそうよ。
受付の一番の仕事はこれですよ、と笑っていたわ」
「一度にキャッシュでチャージ出来る金額は?」とイーサン。
「100ドルから2000ドルまで」
イーサンの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「2000ドルは凄いな。
それだけチャージしたカードを渡されれば、被害者達が自分を磨くには十分だろう。
だが、2000ドルもチャージをする客がいれば目立つ。
高額のキャッシュをチャージし、プロファイルに当てはまる客に覚えは?」
ベックがふうっと息を吐く。
「それが結構居るんだよ。
結婚記念日、誕生日プレゼント、愛人に秘密のプレゼント……。
無数に存在する『プレゼント』に喜ばれていると、ダインは自慢していた。
うちのチャージされたカードなら喜ばない女性は……いや、男性もいないってな。
それに、高額なキャッシュを支払う者が身元確認されないと知ったら、わざわざ自分から身元を明かして会員にはならないだろう。
なるなら、カードをプレゼントされて、キャッシュを使い切って、ダインのサロンを気に入った人間の方だ。
犯人がダインのサロンのカードを利用しているなら、絶対に身元を明かさないしな」
イーサンが一言、「そうだな」と返す。
ベックが続ける。
「つまり、この手のカードを使っているサロンは、ダインのサロンと同じような仕組みだと言える。
なんたって、一番効率的にキャッシュを集められる。
そこから犯人を見つけ出すのは至難の技だぞ」
そこで、イーサンの鋭い声が響く。
「それで、ダインとアルマン家との関係は?」
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