【12】静かに仕組まれた逆転。〜その茶番は次の一手へ〜
「ベック、ヴィヴィアン。
昨夜ハーパーが見つけ出した、アルマン家の遠縁のサロン経営者、レナード・ダインに会いに行け。
仕事の内容、特にキャッシュをチャージ出来るサロン専用のカードを発行するシステムと、ランディ達被害者について、詳しく聞き取りをして欲しい。
できればオフィスだけでは無く、自宅の書斎も見られるとベストだ」
イーサンがそう言うと、ベックが大きく頷いた。
「ああ、分かった。
じゃあ自宅から行ってみよう。
多分不在だ」
ヴィヴィアンが続ける。
「その隙に、書斎を覗いてみるわ!
まあ書斎は無理でも、家の中に入れば何かしら情報は得られるだろうし」
イーサンが二人を見る。
「頼む。
俺はここで、犯人捜査と次の被害者の割り出しを、警察と連携して情報整理と分析を行わなければならない。
カリスタは既に警察の犯人捜査に加わっている。
何か掴めたら必ず連絡を」
「了解!
ヴィヴィアン、行こう」
ベックの声に、「ええ!」とヴィヴィアンが答え、ベックとヴィヴィアンが警察署のオラクル本部の会議室から出て行く。
イーサンがパソコンに向かうと、エレノアがそっと声を掛けて来た。
「セシルは保護ですか?」
イーサンはガラス扉の向こうの個室をチラリと見ると、淡々と答える。
「仕方無い。
あれだけ被害者に似ていれば、人目にさらして犯人に見られたら、絶対に犯人の気を引くだろう。
今、レナード・ダイン経営の美容サロンの全ての契約に目を通している。
不審な点や抜け道や、サロン側にだけ有利な契約がないか」
エレノアが瞳を見開く。
「それでは……その後は過去10年間の納税記録と雇用記録ですか?」
「そうだ」とイーサンが短く答えた時――
本部のドアが遠慮がちにノックされた。
ドアの向こうには若い女性の制服警官が立っている。
「私が聞いてきます」
エレノアがそう言ってドアに向かう。
そして二言三言、制服警官と話すと、イーサンの元に戻って来た。
「チーフ、シャーロット・アルマンの執事が受付に来ています。
礼服は兎も角、先にサファイアのカフスを返却して欲しいと言っています」
イーサンが、サラサラとメモを書くとテーブルに置き、音も無く立ち上がる。
「分かった。
俺から返す」
イーサンはスーツの上着の内ポケットから、カフスボタンの入った小さなジュエリーボックスを取り出した。
警察の応接室では、アルマン家の執事が、宝石商が使用するような拡大鏡を使って、カフスボタンを隅々まで見ている。
そろそろイーサンがカフスボタンを渡して、10分を過ぎようとしていた。
すると、執事がジロリとイーサンを見て、恭しく言った。
「傷が付いております」
「傷?」
「このカフスボタンは銀行の貸し金庫から出して、その足でこちらの警察署にお届けしました。
銀行で確認した時には、傷はありませんでした」
イーサンが一言返す。
「それが、何か?」
「アシュリー捜査官に会わせて下さいませ。
御本人さまから直接、ご事情をお聞きしたい」
イーサンの眉が僅かに上がる。
「アシュリー捜査官が傷を付けたと思っているんですか?」
執事は貼り付けたような笑顔で答える。
「いえいえ、滅相もございません。
ただ、このカフスボタンは、銀行の貸し金庫からアシュリー捜査官が身に着けるまで、誰も触っていない筈でございます。
ですから、お話をお聞きしたいのです」
「アシュリー特別捜査官は、仕事中で面会は無理だ」
そのイーサンの言葉に、執事がニンマリと笑う。
「あなた様は、アシュリー捜査官の上司でいらっしゃいますよねぇ?
上司のあなた様が私に会えて、部下のアシュリー捜査官が私に会えないとは……!
いやはや、S.A.G.E.でパワーハラスメントが横行しているとは……世も末ですな」
イーサンは淡々と応えるだけだ。
「アシュリー捜査官は仕事中で、私も仕事中だ」
だが、執事も揺るがない。
「でしたら、アシュリー捜査官に会わせて下さいませ」
「では、私がアシュリー捜査官の代理人になろう。
私は弁護士資格も持っている」
執事がわざとらしく肩を竦める。
「おやおや、代理人を立てるとは!
アシュリー捜査官は、傷が付いていたことを知っていらしたのですね!
益々、お話を直接お聞きしなくては!」
イーサンが、じっと執事を見て、断言する。
「アシュリー捜査官は、傷など知らない」
「では、なぜ、代理人をお立てになるのです?」
イーサンが口を開こうとした時だった。
「イーサン! 僕が話すから!」とセシルの声がした。
イーサンが、素早く振り返る。
そして、セシルの声に被さるように――
「アシュリー捜査官!」とトラヴィス・アルマンの声がした。
イーサンが厳しい視線でトラヴィス・アルマンを見たまま、鋭い声を出す。
「アシュリー捜査官、こちらに来るな。
今すぐ仕事に戻れ」
「で、でも……イーサンに迷惑が……」
イーサンがセシルの言葉を遮る。
「エレノア、いるか?」
「はい!」
エレノアはセシルの後ろに控えていた。
「アシュリー捜査官を連れて本部に戻れ。
アシュリー捜査官に仕事の続きをさせろ」
「分かりました」
イーサンの後ろで、エレノアの「ほら、セシル、行きましょう」と言う声と、「……うん……」というセシルの小さな声がする。
二人の気配が消えると、イーサンが口を開いた。
「アルマンさん。
アシュリー捜査官に御用なら、私が伺います」
そして、アイスブルーの瞳でトラヴィスを射るように見ると、続けた。
「それと、この茶番はあなたが仕掛けた事ですか?」
トラヴィスが苦笑する。
「茶番だなんて……。
違います。
この姉の執事のビルを止めに来たんです」
イーサンは表情一つ変えず、「と言うと?」とだけ言った。
トラヴィスが、一つため息をつくと話し出す。
「つい先程、姉から電話がありました。
このサファイアのカフスボタンを、自分が傷付けたかもしれないと。
アシュリー捜査官からお聞きになったかも知れませんが、姉は悲しいことや悔しいことがあった時に悪酔いすると、手近にある物……例えば皿やグラスを割ったりする癖があるんです。
昨夜もそうだったらしい」
「らしい、とは?」というイーサンの鋭い問いに、トラヴィスは動じることなく続けた。
「らしいと言うのは、私は離席していて、姉の愚行を目にしていませんが、ダイニングルームに戻った時、床に割れた皿が散乱していたので。
アシュリー捜査官は、酔って眠ってしまっていました。
それで今朝、姉がアシュリー捜査官に謝りたいと言い出したんです。
折角、食事会に来て下さったのに、嫌な思いをさせただろうと。
酔わせてしまったこともそうですし、皿を割るなんて行為を見せて、不愉快な思いをさせてしまったからと。
それで、あの時、アシュリー捜査官は皿の破片で怪我をしていなかったかと、私に確認してきました。
私が見たところでは、アシュリー捜査官は怪我はしていないと答えましたが、姉は酷く気にしていて。
それと、アシュリー捜査官にお貸ししたカフスボタンも、傷付けてしまったかも知れないと言い出して。
サファイアは傷つきやすいし、割れやすい。
だから姉は、ビルにアシュリー捜査官の怪我とサファイアの傷の確認に市警に行かせたと言いました。
自分は具合が悪くて動けないからと言って。
それで私が来たんです。
ビルは姉の執事としては完璧ですが、外部の人間には少々回りくどいので、警察のお邪魔になっていないかと心配になったんです」
イーサンがフッと冷たく笑う。
「だが、あなたは執事を止めるより先に、アシュリー捜査官に呼び掛けた。
何故です?」
トラヴィスが即答する。
「それはアシュリー捜査官の姿が見えたからですよ!
こんなカフスボタンの傷なんかより、アシュリー捜査官の怪我の方が心配ですから」
イーサンが、すっと立ち上がる。
「そうですか。
ですが、アシュリー捜査官は、かすり傷一つ負っていません。
どうぞ執事を連れてお帰り下さい。
我々は今、殺人事件の捜査中なんです」
トラヴィスは済まなそうに微笑むと言った。
「お忙しい中お騒がせして、本当に申し訳ありませんでした」
イーサンが本部の会議室に戻ると、エレノアが椅子から立ち上がった。
「チーフ!
どうでした?」
イーサンが小さく頷く。
「ああ、上手く行ったよ。
エレノア、君のお陰だ。
ありがとう」
エレノアが首を横に振る。
「いいえ。
チーフのあのメモの、指示のお陰です。
セシルは元通り、隔離してあります」
そして、くすりと笑った。
「それと……セシルが演技が上手だと、初めて知りました!」
イーサンのアイスブルーの瞳がギラリと光る。
「そうだな」
そう――
イーサンは執事の、のらりくらりとした話を聞きながら、待っていた。
トラヴィス・アルマンの登場を。
そして、その様子をエレノアとセシルは防犯カメラで確認すると、即、現れたのだ。
後はイーサンの脚本通り。
エレノアが真剣な顔になる。
「チーフが戻られたということは、トラヴィス・アルマンと執事のビルは帰ったんですね?」
イーサンは「ああ」と短く答えると、スピーカーに向かって言った。
「ハーパー、調べて欲しい」
チャールズがパソコンの画面に現れ、「何なりと!」と答える。
そのイーサンの調査の命令は――
シャーロットに『ランディの存在』を全て話させる『切り札』だった。
こまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
次回も読んで下さると嬉しいです☆
毎日17時更新☆
Xはこちら→ https://x.com/himari61290
自作のキービジュアルやキャラクターカード貼ってます♪




