【10】天才が持ち帰った言葉と、理想を育てる無害な支援者。
午前0時。
最初にイーサンの部屋に入って来たのはベックだった。
ベックはからかう様子で言う。
「流石はチームリーダー! セミスイートに泊まってるのか!」
イーサンの口の端が、ほんの少し上がる。
「まあな。
こういう時の為だ。
シングルの部屋では打ち合わせは出来ない」
「まあ、そうだよな」とベックが言うと、カリスタとヴィヴィアンとエレノアが、ノックの音と共に揃って部屋に入って来る。
エレノアが心配そうに、
「セシルがまだだわ。また眠っちゃったのかしら?」
と言った時、セシルがやって来た。
ベックが笑う。
「おっ!
その薄いブルーのシャツ、チャールズがお揃いで買ってきたやつだろ!
チャールズは確かパープル!
似合ってるぞ!」
「もう、ベック、止めてよ!」
セシルが、ぷうっと膨れる。
「次の出張で着ないと復讐してやるって言われたんだ。
相手はチャーリーなんだよ!?
何されるか分かんない!」
ベックが笑顔で続ける。
「まあまあ、似合ってるんだから良いじゃないか!」
その時、イーサンの低い声がした。
「セシル」
セシルがペコリと頭を下げる。
「みんな、迷惑かけてすみません。
心配かけてごめんなさい」
カリスタが、にこりと微笑む。
「あなたは無事に帰って来た!
それだけで良いのよ。
ねえ、チーフ、座って良いかしら?」
「どうぞ」
イーサンの一声で、皆がそれぞれソファに座る。
イーサンは立ったまま、壁に凭れて言った。
「まずは、セシル本人から話を聞こう」
セシルは皆を見渡すと、ゆっくりと語り出す。
「警察に来た執事が、玄関先で立って待っていてくれた。
屋敷の中は現代のチューダー調といったスタイルで統一されていて、ルネッサンス当時の影響も見られた。
それでダイニングルームまで執事が案内してくれて、ダイニングルームにはシャーロット・アルマンが黒いドレスを着て一人で立っていた。
僕が『ランディは知らないからあなたに。お気の毒でした』と言ってブーケを渡すと、シャーロットは涙ぐんで『ありがとう』と言った。
そこにトラヴィス・アルマンが来て、長テーブルの主賓席にシャーロットが座り、僕はシャーロットの左側、トラヴィスは右側に座って赤ワインで乾杯した。
料理はフランス料理のフルコース。
でも給仕係は居なくて、ドアの外に料理が運ばれると執事が給仕した。
部屋の中は、アルマン姉弟と僕と執事だけ。
そして乾杯の後は、シャーロットはウィスキーをストレートで飲みだした。
ランディの話は前菜の時からポツリポツリと出ていた。
シャーロットがランディについて最初に言った言葉は、
『ランディを一目見て大物になると思ったわ』
だった。
それから
『ランディは一文無しで夢見てハリウッドにやって来るようなモデルとは全然違う』
『知的で教養もあった』
『特別な存在』
『いつもきちんと容姿を整えていた』
と言った後、お酒をボイラーメーカーに変えて僕にも勧めた」
セシルが一旦言葉を切り、目を瞑った。
「僕もボイラーメーカーを飲むと答えると、シャーロットは『アシュリー捜査官はやさしいのね』と言って咽び泣いた。
するとトラヴィスが席を立って、シャーロットの肩を抱いた。
そして僕を見て、
『姉さん、アシュリー捜査官を見て。髪はハニーブロンド、目も青だ。ランディと同じだよ。』
と言った。
シャーロットは顔を上げて僕を見て、『ええ、本当に』と言ってボイラーメーカーを一気に飲み干した。
それからシャーロットは、ボイラーメーカーを浴びる様に飲んだ。
僕もシャーロットと同じ。
勧められた分を全部飲んだ。
まだ決定的な話を聞けていない確信があったから、シャーロットを安心させようとしたんだ。
そうして乾杯開始から54分36秒経った時、トラヴィスのスマホが鳴った。
そしてトラヴィスは『病院からだ。失礼。』と言うと、ダイニングルームを出て行った。
シャーロットは飲むペースが早くなっていって、しかも殆ど泣いていて、ランディの話は出なかった。
だけど僕の意識が途切れる寸前、
『あの子に会いたい』
って叫ぶと、テーブルの上の皿を叩き落とした。
何枚も。
そこで僕の記憶は途絶えた。
アルマン家で起きた出来事で、僕が記憶している事柄は以上です」
セシルがそう言って、ゆっくりと瞳を開ける。
イーサンが口を開く。
「先に、皆に伝えておく。
俺がセシルをすぐにホテルに連れ帰ったのは、通信機が作動しなかった理由を知りたかったからだ。
セシルは左上腕部内側に通信機を貼っていた。
そこならば、意図しなければ触れられないからな。
通信機は正常だった。
つまり、セシルは異常事態だと思っていなかったし、故意に通信機を外された訳でも無い。
ベック。
トラヴィス・アルマンはセシルをどうやって抱えていた?」
ベックが即答する。
「俺が横抱きしてたのと同じだな!」
「セシルの左腕は?」
「確か……自分の身体に、だらんと垂れていた!」
イーサンが小さく頷く。
「そうか。
アルマン姉弟は、どうやら"本当に"セシルに間近で会いたかったらしい。
では、ベック、ヴィヴィアン。
第2の被害者から第4の被害者の報告を」
ベックが口を開く。
「第2、第3、第4の被害者の家族と電話だが連絡が付いた。
俺は第2と第3の被害者の両親と話すことが出来た。
だけど二家族とも、ランディの家族の話と同じ。
被害者達はモデルとして成功する事を第一に生活していて、ほぼ家族からの援助で生活していた。
アルバイトも絵のモデルなんかの短時間のものだけで専属は無し。
家族仲も良く、ランディの家族のように、ハリウッドに度々被害者に会いに来ていた。
それから薬物は絶対にやっていないと言っていた。
薬物は容姿を衰えさせると分かっていたと。
痛み止めを飲むのも慎重な位だったと、二家族とも口を揃えて言っていた。
それから拉致された理由は、全く心当たりが無いと断言していた。
犯人の手掛かりは無さそうだったが、ヴィヴィアンがちょっとした手掛かりを掴んだ」
「ええ、そうなの」とヴィヴィアン。
「私が電話で聞き取りをした第4の被害者なんだけど、状況はほぼランディと同じ。
つまり第2、第3の被害者と同じだったんだけど、第4の被害者は母親が美容院を経営していて、今も現役の美容師なの。
それで、その母親が被害者について一点だけ不審に思った事がある、とハッキリ言ったのよ。
それは、髪と手よ。
被害者はダークブロンドの硬質の直毛で、髪をカールさせる撮影の時に、ヘアメイク担当が付かないと苦労するって母親に話してたの。
まあそこまで深刻じゃなくて、単なる愚痴、笑い話ね。
でも拉致される一ヶ月前に母親が被害者に会った時、明らかに髪が柔らかい感じになっていたんですって。
母親は髪の毛の手入れ方法を変えたんだなとピンときたそうよ。
だけど美容師の母親には、その『手入れ』がかなり高額だと分かっていた。
自分と父親の仕送りと、些細なアルバイトでは出せない金額だと。
それと手も綺麗になっていた。
元々手も綺麗な子だったけど、ネイルサロンで手のトリートメントや爪の手入れまで絶対していたと気付いたって言うの。
いくらモデルで成功したいからって、ほぼ親の援助だけで暮らしている人間が出来る身体の手入れの範囲を越えていると。
それで母親は心配になって被害者を問い詰めたら、被害者は笑って
『ハリウッドには素材が良ければ出資してくれるボランティア団体があるんだ』
と答えたそうなの。
それで母親は、そういうものなのかと逆に感心して、それ以上追求しなかった。
そこで私はベックにこの内容を伝えて、第2と第3の被害者家族にもう一度質問してもらった。
失踪直前の被害者の髪や手が、綺麗に整えられていなかったか、と。
答えはYESだったわ。
ただ、第2、第3の家族に美容関係者が居なかったから、ハリウッドに来て磨かれたんだろうくらいにしか感じていなかった、という答えだったけど」
「それは第5、第6の被害者も同じなのよね」とカリスタが口を開く。
「私は第5、エレノアは第6の被害者家族に話を聞いたけど、被害者のハリウッドでの暮らしぶりは、ベックとヴィヴィアンが聞き取りした第2〜第4の被害者達と、ほぼ変わらなかった。
だけどベックから、ヴィヴィアンが第4の被害者の母親から聞いた情報を報告されて、再度同じ質問をしてみたの。
失踪直前に、髪や手が綺麗になっていなかったかと。
確かに答えはYESだったけど、第2と第3の被害者家族と同じ。
ハリウッドに来て磨かれたんだろうくらいにしか感じていなかった、という答えだったわ」
「そこでランディの家族に同じ質問をしてみたんです」とエレノアが続ける。
「ランディの家族も同じ。
失踪直前のランディも、より一層垢抜けた感じになっていたそうです。
けれど、やはりハリウッドという土地柄のせいだと思っていた。
そうしたらランディの姉が遺体を見せて欲しいと言い出して。
ランディの姉はニューヨークの証券会社のセクションリーダーをしていて、身なりには相当気を使っているんです。
そこで遺体を見てもらいました。
そうしたら、『失踪後の』髪も手も、『失踪前の』美しさを保っていると言っていました」
イーサンが全員を見渡す。
「つまり我々の最初のプロファイル通り、『一見無害だが有益な人物』が存在していて、自分の手元に拉致している人物を殺す事になった時に備えて、次のターゲットをより『理想の外見』に近付ける為に、髪や手の手入れの金を支払っていたということになる。
つまり犯人にとって、髪や手は大切な要素なんだ。
そこで、ハーパー」
次の瞬間――
「はい!」とチャールズがパソコンの画面に現れた。
こまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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