直生の本心 **直生**
冬休みに入り、明日カナダ留学へ行く遥生の荷造りを手伝うために遥生の部屋へ行くと、荷物がほとんど入っていないスーツケースが口を開けて無造作に転がっていた。
「遥生、荷物が全然入っていない。早くやらないと間に合わなくなるよ」
遥生はそんな僕の問いかけに面倒くさそうに返事をする。
「なあ、直生がカナダに行ってくんない? 荷造りとか、マジ面倒だわ」
遥生は心にも思っていないことを僕に言ってきた。
「へぇ、僕が夏芽と一緒にカナダに行っちゃってもいいの? ふーん。じゃあ夏芽は僕がもらうよ」
僕がそんな風に遥生の言葉に対して茶化すと、
「嘘だよ、冗談」
遥生はそう言いながらやっとスーツケースの中に荷物を入れはじめた。
その手を止めずに遥生が僕の顔をちらっと見ては目線を逸らし、僕に何か言いたそうにしている。
「遥生、僕に何か言いたいことがあるの?」
「いっ、いや。あるっちゃあるし、ないっちゃないんだけど」
遥生の態度が煮え切らない。
「夏芽のこと?」
遥生が僕に話したいことなんて夏芽のことだろう。
「いや、夏芽のことじゃなくてさ。直生のこと」
「え? 僕のこと?」
遥生から予想外に僕の名前が出てきて驚いた。
そして静かに遥生が話し始めた。
「直生、俺の勘違いかもしれないし、夢の話かもしれないんだけど」
遥生はそう前置きをして話を続ける。
「子供の頃。俺たち崖から落ちなかったか? その時の夢を最近何度も見るんだよ。夢にしてはあまりにもリアルなんだけど、直生はそんな夢は見ないか?」
そう、僕たち双子は昔から同じ夢を見ることが多かった。
それは嬉しいこと、怖いこと、悲しいことを同じに経験しているからなんだろう。
「いや、全くそんな夢は見ないね。遥生はそんな夢の話のことを気にしているの?」
「ああ。なんでか気になるんだよな」
「留学にナーバスになりすぎなんじゃないの? 遥生がそんなんじゃ向こうで夏芽を守れないでしょ」
僕は幼い頃に崖から落ちたことは遥生の夢なんだと思い込ませたかった。
あの時のことは僕以外の記憶から消えているはずなんだ。
「夏芽のことは何があっても俺が守るよ。それは心配ない。俺は夏芽よりも直生が心配なんだよ」
「え? 僕? 僕は遥生たちが無事に帰って来るのを待っているだけだよ。何も心配されるようなことはないけどな」
「そっか。じゃあ俺の夢の話は忘れて」
遥生の記憶が真実に近づいているのかもしれない。
そんなことも僕の時間がすぐそこまで来ているんだと感じる。
「よし。じゃあ僕は夏芽の準備が進んでいるか見てくるよ。遥生はさっさとそれを終わらせて」
「ああ」
遥生の部屋を出る時、どうしても遥生に言いたかったことを口にした。
「遥生、本当に夏芽を頼んだよ。夏芽を幸せにしてあげてね。絶対に・・・」
「ああ」
遥生はさっきと同じようにそっけない返事をした。
その後、僕は夏芽には会いに行かず自分の部屋の片付けを始めた。
なるべく物を残したくなかった。
しばらくすると僕の部屋の前を通った遥生が、部屋を片付けている僕に気が付いたんだ。
「なあ、直生。なにをそんなに捨ててるんだよ」
「部屋を綺麗にしているだけだよ。要らないものを捨ててるだけ」
「そんなに片付けて、なんだか直生がどこか遠くへ行くみたいだな」
遥生は僕との別れが近いと感じているのだろうか。
「ははっ。僕はどこにも行かないよ。ちゃんとここで待ってるから」
「おう、土産たくさん買ってくるから楽しみにしとけよ、直生」
遥生だけには言ってしまおうかと思った。
でも、僕は誰にも言えなかった。
このまま突然僕が死んだら、どうなってしまうのだろうか。
僕のこの身体はどうなる?
遥生や夏芽は、少しは悲しんでくれるのだろうか。
いくら考えても答えが見つかるはずはないのに。
高校生になってから毎晩考えていたことを今夜も考えていた。
明日の朝、目覚めないかも知れない、と。
今日が皆とお別れする日なのかも知れない、と。
夏芽に対して幼馴染として好きだとか、そんなのは嘘。
僕はずっとずっと夏芽のことを愛している。
僕が消える前に、夏芽に僕の気持ちを伝えてしまいたかった。
でも、それはできないんだ。
あの時の鬼ごっこで夏芽が捕まえようとしていたのは、最初から遥生だった。
夏芽はあの頃から遥生しか見ていなかったんだ。




