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いつも側にいてくれたね  作者: 摘美花-ツグミカ-
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修学旅行 最終日の夜 **夏芽**

バスがホテルに到着すると、ホテルの玄関の前に直生が立っていて、バスの窓越しに直生と目が合った。


直生は私に向かって小さく手を振ってくれているのに、私はそれに返すことができない。


今、直生と話したらきっと泣いてしまう。


頼ってしまう。


バスを降りようとしている永井くんに


「永井くん、お願いがあるんだけど」


「ん、なに?」


「バスを降りたらホテルの部屋まで一緒に行ってくれないかな」


「どう言うこと? あそこに湯川がいるし、俺に話せなかった出来事を湯川に話せばいいよ。一人で抱え込んじゃだめだよ」


「ううん。直生には話したくない。これ以上直生を頼ってはダメなの」


「もしかして高田さん、今朝のこと気にしてるの?」


そう、私はずっと綾乃から言われた言葉が頭から離れないの。



≪直生の優しさを利用しているだけ≫



「あのね、綾乃が言ったのは高田さんと湯川の関係を壊したいとか、そんなんじゃないのは分かってるよね」


永井くんが後ろ向きな私の気持ちを察して言葉を掛けてくれる。


「うん、分かってるよ。でも、綾乃に言われてね、直生との関係はこのままじゃだめなんだって」


「人と人の関係って他の人が決めるものじゃない。俺から見た2人の関係は凄く良いと思うよ。お互いがお互いを思い合ってるの、分かるし。俺はそんな関係の人がいるなんて羨ましいよ。」


「でも・・・。」


永井くんの言葉はとても嬉しい。


それでも私は直生を利用しているんじゃないか、って。


「ああ、もう分かったよ。一緒にバスを降りて一緒にホテルの部屋まで行けばいいんだろ。それで湯川を遠ざければいいんだろ。じゃ、行くよ」


私の煮え切らない態度に呆れたのか、永井くんが私の手を引っ張ってバスを降りた。


バスを降りた先には直生が立っていて、私と永井くんを見て驚いた表情を見せた。


「な、つめ?」


直生が私の名前を呼んだけど、私は直生に顔を向けられない。


そして直生へ返事もせずに直生の前を通り過ぎようとしたのに。


「湯川、高田さんが転んで大怪我したんだ。左腕と顔に傷があるから、湯川が手当してあげて」


永井くんが私から手を離し、直生の前に私を押した。


「えっ、永井くん!」


もしかして永井くんは最初から私を直生に預けようと考えてたの?


そして永井くんは私と直生を残してホテルに入って行ってしまった。


「夏芽? どうしたのその傷。 痛くない? 早く手当てしないと」


直生は私の姿を見て驚いていたけど、すぐにいつものように優しく接してくれる。


「ううん、手当は永井くんにしてもらうし、私は大丈夫だから」


「夏芽、どうして永井なんだよ」


「えっと、それは。永井くんが助けてくれたし、永井くんに手当をお願いしたから」


「別に永井じゃなくてもいいだろ。どうして僕じゃダメなんだよ」


いつもの穏やかな直生の口調じゃない。


直生は溜息を一つして、


「痛くて泣いたんでしょ。どうしていつものように僕を頼ってくれないの。まあ、そのことは後で聞くから。まずはその傷を手当てするよ。夏芽、こっち来て」


「でも・・・」


私がその先を言おうとした時、直生は私の痛くない方の右手を掴んでホテルの中へ入った。


「直生、どこへ行くの? 手を離して」


直生は私の質問に答えず、無言。


「ねえ直生ってば」


「うるさいよ、夏芽。黙ってついてきて」


直生が怒ってる?


今まで直生が私に対して怒ることなんて一度もなかったから、それ以上何も言えなくて。


直生は私を誰かの部屋の前まで連れてくると、


「夏芽、ちょっとここで待ってて。すぐ戻るから」


そう言って直生はその部屋に入っていった。


ここは誰の部屋なんだろう。


私、このまま自分の部屋に逃げちゃおうかな。


そっと後退りした時、直生がその部屋から消毒薬を持って出てきた。


この部屋は救護の先生がいる部屋だったみたい。


直生がすぐに部屋から出てきたから逃げられなかった。


「夏芽、今逃げようとしたでしょ。そんなの無駄だから。どうせ今から夏芽の部屋に行くんだし」


「なんだそうなんだ、って、どうして私の部屋?」


「夏芽さ、そのままじゃダメだろ。それに一体誰のパーカー着てるんだよ。顔の傷も良く見ないと。ほんと夏芽って分かってないんだから」


「なっ、なにがダメなの? 私、なにもダメじゃないもん」


「とにかく早く夏芽の部屋に行くよ」


直生はまた私の手を取ると迷うことなく私の部屋まで連れてきた。


自分の部屋に帰って来られたことに安心して。


「直生、ありがとう。もうここで大丈夫だよ」


「は? なに言ってるの夏芽。その傷を処置しなきゃだめでしょ。ほら、部屋に入る!」


「え、大丈夫だって」


「いいから早く入って」


また直生が怒った。


「分かったから、もう怒らないでよ直生」


「僕は怒ってない」


やっぱり怒ってるじゃない。


私たちは言い合いながらも部屋に入ると、部屋のドアが閉まった途端、直生が私を抱きしめてきた。


「夏芽、本当にどうしたの。顔に傷あるし。さっき永井が言ってたけど、転んで腕も怪我したんでしょ」


「う、うん」


怒ったかと思ったらいつもの優しい直生に戻るから。


すっかり忘れていた怪我のことを直生がとても心配するから。


さっきの泥棒のことを思い出してしまって、急に怖くなって体が震える。


「夏芽、ちょっとそのパーカー脱いで腕を見せて」


私は手が震えてパーカーのファスナーが上手く下せなくて。


そんな私の手を優しく包み込み、


「夏芽、もう大丈夫だから。そんなに震えないで」


直生の手が温かくて、直生がいてくれるだけで不安が消える。


安心した途端に涙が滲んで直生の顔が歪んで見えないよ。


そんな私を見かねた直生がパーカーを脱がせてくれて。


「えっ・・・夏芽、何があった? 転んだだけじゃないよね」


直生は破れた服と腕の傷を見て驚いている。


さっきの部屋から持ってきた荷物から消毒薬を取り出すと手際よく私の傷を手当てしてくれた。


「少し痛いかも知れないけど我慢して。早くしないと傷が悪化してしまう」


「痛っ。直生、痛いよぉ」


傷が痛いのか、心が痛いのか、もう分からなくて。


直生を頼らないって思っていたのに、もう無理だった。


「ふっ、ふぇっ・・なお、き。怖かったの。すごく怖かったの」


私は直生に抱きついて声を出して泣いた。


「夏芽、もう大丈夫だから。ごめんね、一緒にいてあげられなくて」


直生は一緒にいなかったのは自分のせいだと言っているの?


だって修学旅行だよ、私と直生は違うクラスなんだし、ずっと一緒になんていられないのは分かってることだよ。


私は直生の胸の中で首を振った。


「なお、き。ごめんね。私いつも直生を頼ってしまう。直生に甘えてしまう」


直生は私の背中を優しくトントンしてくれてて。


「それ、夏芽はいつも言うけどさ。僕は夏芽を守りたいんだよ。僕がそうしたいんだって、何回も言ってるよね。いい加減分かってよ」


「直生。本当にごめんね。ありがとう。いつもいつもありがとう」


それ以上直生は何も言わず、背中をさすってくれていた手を私の頭に移動させて、お母さんが赤ちゃんにそうするように愛おしく撫でてくれた。


直生のおかげで気持ちが落ち着いてきたから、直生に抱き着いていた手を離して直生の顔を見上げた。


「もう大丈夫? 夏芽」


「うん。もう大丈夫」


「じゃあ、何があったか話してくれる? 転んだだけじゃないんでしょ。危険な目に合わなかった?」


私は本当のことを言った方がいいのか、嘘をつき通した方がいいのか分からなくて。


「夏芽、隠し事はしないで。1人で不安にならないで、ちゃんと話して。いつまでも待ってるから、ね」


直生は私が話せるようになるまで待っていてくれる。


直生はいつもそう。


一緒にいなくても、側にいなくても、ちゃんと私を守ってくれているんだよ。


「あのね、直生。私ね、函館で・・・」


「うん、函館でどうしたの?」


「バッグを取られてしまったの。スリに遭ってね」


直生は予想していなかったのだろう、とても驚いていた。


「え? 夏芽が? そんなことに巻き込まれたの・・・」


そう言ってまだ震えている私の手を握ってくれた。


「でも追い掛けてバッグは取り戻したの。その時にね、ちょっと怪我してしまっただけなの」


「夏芽、怖かったね。でもね、そんな時は無理に取り返さないで。相手は危険なものを持っているかもしれないでしょ。もう絶対にやめて」


「うん。もう絶対にしない。でもね、どうしてもそのバッグだけは取られたくなかったの。中に大切な物が入ってて。どうしてもそれだけは守りたかったの」


「そっか。お財布とかスマホが入っていたんだね。それでも夏芽が危険な目に遭うくらいなら・・・」


「ちっ、違うの。お財布とかスマホなんてどうでもいいの」


「もっと大切な物? 夏芽にとって凄く大事な物だったの?」


「うん。これ・・・なんだけど」


私はトートバッグから潰れてしまった小さな箱を取り出して直生に渡した。


「これが夏芽の守りたかった大切な物なの?」


直生はその潰れた箱を手に取ると何かを察したようで、


「これ、ラッピングしてあるってことは、遥生にあげようと思ってた物なんだね。そっか。それは大切な物だね」


「ううん、違う。これは直生に渡したかったの。直生へのプレゼントなの。潰れてしまったけど、貰ってくれる?」


「え・・・ぼく、に?」


「うん。いつも私の一番近くにいてくれて私を守ってくれて、ありがとう、直生」


「夏芽・・・」


直生は私に背を向けてしまい、それ以上何も言わなかった。


直生の顔は見えないけど、泣いているのが分かる。


「直生? どうしたの? えっと」


直生が泣いているなんて今まで見たことが無かったから、どうしていいのか分からなくて。


今度は私が直生の背中をそっとさすった。


「夏芽、泣いてごめん。夏芽にそんな風に言ってもらえて嬉しかった。ありがとう、夏芽」


「ううん、ありがとうを言わなきゃならないのは私の方だよ」


「夏芽、僕ね。本当は・・・」


直生は何か私に言い難そうにしている。


「うん」


「本当はね・・・時間が。 いや、なんでもない」


「どうしたの、直生。私になんでも話して欲しい。時間って、なに?」


「ううん、なんでもないよ。夏芽には元気でいて欲しいなって。もう絶対に危険な目に遭って欲しくない」


「うん、約束するね。もう直生に心配掛けないようにするよ。でも、これからも直生を頼ってもいい?」


「もちろんだよ」


直生は私の目線まで屈んで、擦りむいた私の頬を優しく触った。


「もう夏芽の怪我とか傷とか見たくないんだ。だから僕が最後まで夏芽を守るよ」


その時の直生の目はとても悲しそうで、とても淋しそうだった。


「最後までって、変なこと言うね直生。最後までって、私がおばあちゃんになるまでってこと?」


「そうだね、そうできれば良かったんだけどそうもいかないから。僕が夏芽の近くにいられる限りは、ってこと」


そうだよね。いつもずっと一緒にいられる訳がないもん。


大学に進学したらきっと直生の側にはいられない。


もしかしたら遥生の側にだっていられないかも知れない。


私たち3人が一緒にいられるのは高校を卒業するまでなのかな。


もし直生も遥生と同じ高校へ進学していたら、きっと今みたいにお互いの家を遠慮なく行き来できなくなっていたかも知れない。


いくら生まれた時からの幼馴染でも通う学校が違っていたら、ただのお隣さんになっていたかも知れないんだよね。



「直生は私のことを守りたいって言ってくれるでしょ。もしかして、遥生と同じ私立高校に行かずに私と同じ公立高校に進学したのも私のことを思って・・・? いや、そんな事ないか。ごめん、図に乗った」


「ああ、それね。うん、正直に言うと夏芽の言う通りだよ。遥生もそうしたかったと思うんだ。でも僕が押し通してしまったから。ここにいるのが遥生じゃなくてごめん」


「なっ、何を言い出すのよ直生。直生で良かったの。本当に一緒にいてくれるのが直生で・・・」


直生は私の口に手を当てて、私にその先を言わせない。


「もうそれ以上何も言わないで、夏芽。また僕の感情がぐちゃぐちゃになる」


直生はどうして私のことをこんなに思ってくれるんだろう。



『直生はあんなに夏芽のこと全身で好きだって表現してるのに。どうしてそれを分かってあげられないのよ』



今朝、綾乃に言われた言葉を思い出す。


直生が私のことを好きだなんて、そんなはずない。


直生の私に対する「好き」があるとするなら、その「好き」は生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染に対しての「好き」だよね。


私と同じなんだよね・・・。


直生の気持ちを確かめたいけど、そんなこと聞けない。


そんなことをずっと考えていたら、いつの間にか直生が大きな絆創膏を腕に貼り付けてくれた。


「はい。処置終ったから。夏芽は他の服に着替えて。そんな袖の破けて血だらけの服を着ていたら皆に驚かれちゃうよ」


直生はそう言うと私の部屋から出て行こうとした。


「直生、待って。行かないで」


何故か分からないけど、私は咄嗟に直生を引き留めた。


「なに、夏芽。着替える所を僕に見ていて欲しいの?」


直生の言葉でハッと我に返った。


「え、は? ちっ、違うから。私、なに言ってんだろ。直生、早く出て行って!」


直生の態度がいつもの直生になっていたから、今はこのままでもいいのかなって思ったの。


今は、まだ。


それでも直生が笑いながら部屋の外に出て行くと、急に淋しくなってしまって。




『直生、どこにも行かないでね』



何故かそう呟いていた。


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