ややこしい噂 **夏芽**
私と直生が遥生のクラスに向かっている時、知らない人が直生に声を掛けてきた。
「湯川、ちょっと進路指導室に来てくれないか」
直生は訝しげな顔をしてその人を見ている。
「そんな怖い顔するな。そもそも湯川が昨日までの回答期限だったものを提出していないんだぞ。口頭でもいいから先生に話せ」
あ、この人は遥生の学校の先生なんだ。
そして直生を遥生と勘違いしているみたい。
「あのっ、彼は遥生ではありま・・・」
「分かりました。すぐに行きます。先生について行きますから」
私がこの先生に人違いしていることを教えようと思ったのに、直生は私の口を手で塞いでその先を言わせなかった。
そして、遥生になりきった。
「えっ? 直生?」
直生は私から手を離し、
「遥生の教室はこの上の階だから夏芽は先に行ってて。僕も話しが終わったらすぐに行くから。遥生の側で待ってて。必ずだよ」
直生は先生に聞こえないように小さい声で私にそう言うと、人違いしている先生について行ってしまった。
ええっ。
直生、何を考えているの?
1人階段の踊り場に取り残された私は途方に暮れた。
そうだ、早く遥生のクラスに行こう。
そして直生の不可解な行動を遥生に教えなきゃ。
1年F組だったよね。
どこかな。
私が遥生のクラスを探していたら、仮装している女の子に声を掛けられた。
「ね、ね、あなたとっても可愛いね。この衣装が絶対に似合うと思うの。これに着替えて写真撮らない?」
その子はそう言って中世の上流階級が着るようなドレスと仮面を見せてきた。
「わ、素敵な衣装。あれ、もしかしてここは1年F組ですか?」
「うん、そうだよ。ね、絶対に似合うから。お願いします!写真を撮ってください! 死活問題なんです」
とても必死に私を呼び込むな、って思って周りを見たら遥生のこのクラスはあまり人気が無いようでお客さんがまばらだった。
「いいですよ。写真お願いします」
直生を待ってからでも良かったんだけど、中に入れば遥生に会えるかなって思って先に写真撮影をお願いした。
「じゃ、こっちに来て。女子更衣室はこっちなの。髪もそのシニヨンを解いてもいいかな? 撮影が終わったら元に戻してあげるから。この衣装は絶対に髪を降ろしていた方が可愛いから」
そんなに本格的に撮影してくれるんだ。
可愛く撮ってくれるといいな。
あ、そうだ。
遥生を呼んでもらわなきゃ。
私は教室にカーテンで仕切っただけの更衣室に通されてから遥生を呼んでもらうのを忘れていたことに気が付いて。
撮影が終わったら呼んでもらえばいいか。
私を呼び込んだ子はとても手際よく髪型を作りメイクまでしてくれて、あっという間に私を中世のお姫様にしてくれた。
「うわー! やばい、あなた超かわいい。ね、鏡見て」
そう言って手鏡を渡してくれた。
「わ、これが私? 凄い」
鏡に映る私は自分で言うのもなんだけど、とても可愛く仕上げてもらっていた。
撮影場所に移動する時、私はメイクをしてくれたこの子に、
「あの、遥生は撮影場所にいますか?」
「え、遥生? ああ、湯川くん?」
「そ、そうです。湯川くん」
そっか、遥生は学校では湯川くんって呼ばれているんだ。
遥生のことを一つ知れて嬉しい。
「あなたも湯川くん狙いなの? 彼、かっこいいもんね」
「えっと、別に狙っているとかではないんだけど・・・」
遥生はやっぱりモテるんだね。
「湯川くんね、お客さんの呼び込みで門の所に行ってもらってるの。湯川くんは目を引くからこのクラスの広告塔なんだよ」
あれ、遥生は外に行ってるんだ。
すれ違っちゃったのか。
「もしあなたが少し協力してくれたら湯川くんに戻ってきてもらってもいいよ」
「協力って、どんな?」
「撮影場所に座っていてくれるだけでいいの。もしあなたと一緒に写真を撮って欲しいってお客さんがいたら協力してもらえないかな」
「え、私が? 無理だよ。そんなお客さんいないって。それに恥ずかしい」
「恥ずかしかったらこの仮面をつけくれていいから。お願いします!」
女の子は眼鏡に羽根がデコレートしてあるアイマスクを渡してくれた。
このアイマスク付けていいなら誰でも一緒のような気がするけど。
「分かりました。遥生、いや、湯川くんが戻って来るまでの時間なら協力しますね」
「わあ、ありがとう。じゃ早速先に撮影しちゃおうか。ここに座ってみて」
その子が撮影場所に案内してくれて、数枚写真を撮ってくれた。
出来上がりがたのしみだな。
可愛く撮れてたら直生と遥生に自慢しよう。
そんなことを呑気に考えていると、ここのクラスの女の子たち数人が騒ぎながら撮影室になっている教室に入って来た。
「ちょっとー! みんな聞いて! 大ニュース」
「あのね、さっき見ちゃったんだけどさ」
「湯川くんがね、彼女らしき人と手を繋いで歩いてたのー」
それを聞いた撮影室にいた他の子たちから
「うっそでしょ?」
「それ本当なの? うわーまじでショックなんだけどぉ」
この子たちの会話を頭の中で整理すると。
遥生は外に行って呼び込みをしている。
その時に遥生が彼女と手を繋いで歩いているのを目撃した。
そう言うことだよね。
それって、もしかして。
私と直生じゃないのかな。
この子たちもさっきの先生と同じように直生を遥生と勘違いしていないかな。
「その湯川くんの彼女って、どんな人だったの?」
「もうバッチリ見たよ。ガン見しちゃった。すっごくかわいい子だった」
「ええー、湯川くんって彼女いたんだー。マジないわー」
クラス中が遥生の噂で大騒ぎになってしまったから、それは直生と私です、って誤解を解かなきゃって思ったんだ。
「あの。もしかしてその湯川くんと一緒にいた人って、私じゃなかったですか?」
恐る恐る彼女のことをガン見したと言った人に聞いてみた。
するとその子は私をじーっと見て、
「え? あなたじゃないですよね。全然違う人でしたよ」
私にメイクをしてくれた子も
「そうだよね、さっきあなた湯川くんはここにいますかって私に聞いてきたよね。湯川くんの彼女はあなたじゃない違う人でしょ?」
そうなんだけど。
だって遥生に彼女とかって、嘘だもん。
遥生が女の子と手を繋いで仲良くしているなんて、絶対に嘘だもん。
それとも遥生、好きだった人と両想いになったの?
「ね、私の顔よーく見て。手を繋いでいたのは私だったよね?」
私は彼女を見たと言った子に顔を近づけてもう一度確かめてもらった。
この子たちが見たのは私と直生だったって言って欲しかった。
「うーん、違う人だったよ。湯川くんに彼女がいてショックなのは分かるけど、湯川くんと一緒にいたのはあなたじゃないよ」
この子、本気で言ってるの?
遥生に彼女がいるって、本当なの?
遥生は一体誰と一緒にいたの?
「ね、どうする? 湯川くん呼んでくる? 湯川くんは彼女と一緒にいるみたいだけど、まだ会いたい?」
メイクをしてくれた子が私に聞いてきた。
「あっ、会いたくない。もういいです。あの、私。撮影の協力できなくなってしまったので、もう着替えて帰ってもいいですか?」
「そっか。湯川くん目当てで他校からわざわざ来たんでしょ。ショックだよね。帰るならシニヨン作り直すよ」
「髪型は自分でできるので大丈夫です。着替えたら帰ります」
遥生の噂を聞いているのが堪えられなくなって一人更衣室に戻った。




