遥生の好きな人 **夏芽**
直生との噂のことでいっぱいいっぱいだったから、この1か月は遥生に全然会っていなかった。
遥生は好きな人とお付き合いするようになったのかな。
遥生が好きになった人って、どんな人なんだろう。
直生からはあの後の遥生のこと何も聞いていないんだよな。
遥生のことを色々と考えていると想像を脱することができなくて、最後には遥生がいなくなるのは淋しい、に落ち着いてしまう。
思い切って直接聞いた方がすっきりするよね。
よし! 遥生に聞きに行こう!!
そう思ったら今すぐ遥生に会いたくなって、1か月ぶりに遥生の部屋へ遊びに行くことにした。
遥生の部屋のドアをノックして。
それから声を掛けるんだよね。
「遥生、入ってもいい?」
ドアの向こうから久しぶりに聞こえる遥生の声。
「夏芽―? いいよー」
その遥生の声が明るくて聞いているだけでほっとした。
静かにドアを開けると、遥生はイスをドアの方に回転させて私を見る。
「あ、遥生、勉強中だった? ごめんね、出直そうか?」
「あはは、夏芽が遠慮してるよ。それにドアもノックするし。変な夏芽だな」
「変な、は失礼じゃない? これでも一応遥生に気を使ったんだからね」
「おー、ちゃんと言いつけ守れて偉いですねぇ、夏芽」
いつものように私をからかってくる遥生。
「ばか遥生!」
そう返しながらも笑顔になってしまう。
「で、何か話があんの?」
「ううん、何も無いよ。最近遥生に会ってなかったからどうしてるかな、って思ったの」
急に本題に入れるはずもなく、当たり障りのない返事でごまかした。
「そっか。じゃ、この課題だけ終わらせちゃうから、それまで直生の部屋に行ってたらいいよ」
「ううん、直生は学校でも一緒にいたし、また来たって言われちゃうからここにいる。だめ?」
「直生がそんなこと言うわけないだろ。夏芽は分かってるくせに」
そうなの。
直生ならどんなに忙しくても私の相手をしてくれる。
それは分かっているんだけど。
今は遥生と一緒にいたいって思っているんだもん。
「静かにしているから、ここにいてもいい?」
そう言いながら私は遥生のベッドサイドに寄りかかって座った。
「ん。分かったよ。じゃ、もう少し待ってて」
そう言って遥生は机に向かう。
遥生のパソコンのキーボードを打つ音だけが聞こえる部屋で、私は遥生の背中を静かに見ていた。
ねぇ、遥生の好きな人ってどんな人なの?
ねぇ、その人とはお付き合いしているの?
聞きたいのに、聞くきっかけをどうしようか考えていた。
「はるき・・・」
目の前にいる遥生のことが遠い存在の人に思えてきて、無意識に小さな声で遥生の名前を呼んでいた。
そんな私の声を遥生は拾い、私に背中を向けたまま
「ん?」
と優しく返事をしてくれる。
「あ、なんでもない。間違えた、ごめん」
「ふっ、なんだよ間違えたって」
遥生はパソコンから目を離さず返事をする。
私はその問いに返事をせず遥生の背中から目線を移し、部屋に掛かっている遥生の学校の制服を見た。
もう入学式から何か月も経つのに、いまだに遥生がこの制服を着ているところを見ていないんだ。
遥生の制服を触ってみたくなってそーっと手を伸ばして触ろうとした瞬間、遥生が急に話をしてきたから思わず手を引っ込めてしまった。
「そうだ夏芽。来週俺の学校で文化祭があるんだけど、直生と来るか?」
遥生はキーボードを打ちながらそんなことを言ってきた。
「え! 文化祭って、楽しそう! 私、行ってもいいの?」
「他校の生徒も入場できるらしいぞ。来るか?」
「うん! 行きたい。行く!」
「必ず直生と一緒に来いよ。俺の学校広くて迷路みたいだから夏芽一人だと迷子になるし」
「なっ! 迷子になんてなりません。でも直生と一緒に行くね。わーい」
「ははっ。大人しくしてたかと思ったけどやっぱり夏芽はうるさいな」
「うるさいってさぁ、遥生がうるさくさせるようなこと言ったからでしょ」
そのまま冗談の言い合いに発展するかと思ったのに、
「絶対に直生と来いよ、夏芽」
そう静かな声で言われて、私たちの会話は終わってしまった。
再度訪れる静かな時間。
やっぱり遥生の勉強が終わるまで直生のところに行ってようかな。
私がそーっと部屋を出ようと寄りかかっていたベッドから立ち上がりドアに向かって歩こうとした時、それまでパソコンの画面を見ていた遥生がこちらに振り向き、
「直生のところに行っちゃうの?」
そんな事を聞いてきた。
遥生、言い方間違ってるよ。
いつもの遥生なら『直生のところに行くのか?』が正解じゃない?
どうして『直生のところに行っちゃうの?』なの。
それって聞く方からしたら全然違う意味に取ってしまうんだけど。
「さっき遥生が直生のところに行けば、って言ったから。それに私がここにいたら気が散ってしまって邪魔でしょ?」
「もうすぐ終わる。待ってて」
遥生は私を直生のところに行かせたくないのかな、って勝手に思ってしまうよ。
私に都合のいい解釈をして一人で赤くなったりして。
パタン。
遥生は課題を終わらせてノートパソコンを閉じた。
「夏芽ごめんな。お待たせ」
「ううん、ちっとも待ってないよ。遥生は毎日頑張ってるんだね」
「だな。夏芽よりは頑張ってるかな。ははっ」
遥生はそう言って笑いながら私の隣に移動してきてくれた。
「で、夏芽。本当は何か話したいんだろ?」
何の話かってね、遥生の好きな人のことを聞きたくて遊びに来たんだけど。
直生からは絶対に聞いたことは内緒にしてって言われた手前、聞き出せないよ。
「うーーーっ」
何て言っていいか分からず自分の頭を両手で覆った。
「マジでどうしたんだよ、何かあったならちゃんと言えよ」
遥生はそう言いながら頭を覆った私の両手を降ろした。
「えっと、えっとね。その・・・あっ、さっきのさ」
「うん、さっきの、なに?」
「遥生の学校の文化祭だよ。そう、文化祭」
「うん」
「直生と行くね」
「ははっ。それさっき聞いた」
「そうだよね、さっき言ったね」
「何か俺に言い難いことでもあんの?」
私の態度が変なのかな。
遥生はお見通しだね。
もうごまかすのは止めてストレートに聞いちゃおう。
「あのね、遥生。その・・・遥生って、すっ、好きな・・・人」
「ん?」
「好き・・・な人はいる?」
私は遥生の顔を見ることができなくて、自分の抱えている膝をじっと見つめながら遥生に質問した。
「なんだよ急に。っつーか、なんでそんなこと夏芽に言わなきゃならないんだよ」
あ、やっぱり遥生には好きな人がいるんだ。
「そ、そうだよね。私には言いたくないよね。変なこと聞いちゃってごめん」
ごめんって言いながら遥生の顔を見たら、今度は遥生が私から目線を逸らした。
「じゃあ、夏芽はどうなんだよ」
遥生はさっきの私と同じように私の方を見ずに私と同じ質問を返してきた。
「えっ、私?」
「うん」
まさか逆に質問されるとは思っていなかったから答えなんて用意していない。
「私は。いっ、いないよ、好きな人」
「デートするって言ってたヤツはどうなんだよ」
「坂野くん? 坂野くんとは何もないよ。なんかね、私が振られたみたいになって。急に直生と仲良くね、って言われて意味が分からなかったの」
「そっか、アイツ理解したんだな」
待って。
遥生は今、坂野くんをアイツって言った?
「え? 遥生って坂野くんのこと知ってるの?」
「ん? いや、知るわけないだろ」
急に遥生が焦っている。
「遥生?」
「知らねーって。俺が知ってたらおかしいだろ。それよりその坂野ってやつが直生と仲良くしろって言ってたのか?」
「うん。それがきっかけで学校で直生と付き合ってるって噂になっちゃって大変だったの」
「へぇ。直生からは聞いてないな、それ」
「だって本当のことじゃないし、今では噂も消えてきたから。だから遥生には言わなかったんじゃないの?」
「ふーん。そんな噂が流れたならそれ通りに本当に直生と付き合えば良かったんじゃねーの」
「どっ、どうしてそうなるのよ。直生と付き合うって・・・そんなこと」
まさか遥生から直生と付き合ったらいいのになんて言われるなんて。
「夏芽は。夏芽は直生のこと、どう思ってんだよ」
直生のこと。
この前は直生から遥生のことが好きかって聞かれて、今度は遥生から直生のことを好きかって聞かれて。
「なんなのよ、遥生も直生も! どうして同じ質問してくるの。私は遥生も直生も好きだもん」
「なぁ夏芽。その”好き”はどんな”好き”なんだよ」
私が恋愛対象の好きじゃないって言ったら、今度は直生にも好きな人がいるんだよって遥生が言うの?
2人ともそうやって私から離れていくの?
2人とも私の知らない人のことが好きなの?
「直生にも好きな人がいるの?」
「は? 直生にも、ってなんだよ。夏芽にも好きなヤツがいんのかよ?」
「私じゃないよ。遥生でしょ。遥生に好きな人ができたんでしょ」
「はあ? いつ俺に好きな人ができたって・・・待てよ、もしかして直生か? 直生が夏芽にそんなこと言ったのか? あいつ」
遥生は何か思いついたことがあったようで、部屋から出て行こうとした。
もしかして直生のところへ行くの?
直生からは遥生に好きな人ができたことを聞いたことは内緒にしておくように言われてるんだ。
「遥生!! 待って。行かないで。ここにいて」
私は遥生の服の裾をギュッと掴んで遥生が部屋から出て行かないように引っ張った。
「離せよ、夏芽」
「イヤだ。行かないで遥生。ちゃんと私から説明するから」
「なんなんだよ、お前ら」
そう言いながら遥生は直生のところへ行くのを諦めて、また私の隣に戻ってきてくれた。
そして、私と同じように自分の膝を抱えて体育座りをした。
「で? 直生が何を夏芽に言ったんだよ。直生には言わないから本当のことを話せよ、夏芽」
どうしよう。
直生から聞いたことを言ってしまったら直生を裏切ることにならないかな。
「そうだよな、夏芽。きっと直生も俺には内緒にしておくように言ったんだろ。だいたい想像はつく」
やっぱり双子だな、お互いをよく理解してる。
「ごめん、遥生」
「でもさすがに俺が誰を好きになったのか、までは直生は言ってないよな? 夏芽は聞いてないんだろ?」
「うん」
「俺に好きな人ができたって直生から聞いて、それで夏芽は気になったってことなのか?」
「うん」
「わかったよ、夏芽。俺の好きな人のこと教えるよ。その代り、それを聞いても夏芽は今まで通りの夏芽でいてくれるか? それができなかったら俺は教えない」
私、遥生の好きになった人のことを知りたくてここに来たのに。
その相手の人のことを聞いてしまっても今まで通りでいられるのかな。
きっと遥生が好きになった人に嫉妬する。
いつまでも側にいてくれていると思っていた遥生が遠くに行ってしまうのはイヤだ。
それでも遥生が好きになった人のことを聞きたい。
聞きたい私と聞きたくない私が頭の中で葛藤していたけど、心を決めた。
「私は、大丈夫だよ。遥生が誰かの彼氏になっても変わらないよ。それにその時は私じゃなくて遥生がきっと変わってしまうんだもん」
そう、遥生に彼女ができたらきっと遥生は私のことなんて忘れてしまうんだ。
こうして会いたいときに会いに来れなくなる。
「俺はなにも変わらない。苦しくなっても変わらない」
苦しくなっても?
どう言う意味なの?
「あの、遥生。もしかしてまだ片想いなの? そんなに苦しいの?」
「まぁ・・・な。苦しいな。ずっと」
ずっとずっと好きだった人なんだね。
私、全然気付かなかったよ。
遥生に苦しくなるほどに想う人がいたなんて。
「なぁ、夏芽」
遥生はひとつ深呼吸をして。
そして言葉を続ける。
「夏芽。俺の好きな人のこと本当に聞きたいのか?」
「う、うん」
「俺さ・・・」
「うん」
「俺・・・長い間好きな人がいるんだ」
「うん。その人はどんな人なの?」
「そうだな、その人はとても可愛い。少しおっちょこちょいなところもあるけど、俺はそんなところも好きなんだ」
「そう、なんだ」
遥生がこんな風に好きになった人の話をするなんて。
しかも今まで一度も見たことのない、とっても優しい遥生の横顔。
「遥生はその人のこと大好きなんだね」
遥生の顔がほんのり赤くなって、私の知らない遥生がここにいて。
遥生から目が離せなかった。
それまで私の顔を見ないで話しをしていた遥生が一瞬私を見た。
「ああ。これまでも、多分これからもずっと」
その言葉にびっくりして。
遥生は私を見て言ったけど、その言葉は遥生の好きな人に向けた言葉。
遥生はまた私から目線を外し、抱えている自分の膝に顔を付けてしまい、表情が見れなくなった。
遥生・・・。
私、なんだか苦しい。
いつか直生に、僕たちを男として意識してと言われた。
遥生には好きな人がいたのに。
幼馴染じゃなくて男として意識したって、もう意味がないじゃない、直生。
私は遥生に何も返事できなくて。
しばらく気まずい沈黙の時が流れた。
「ねぇ夏芽。何かないの?」
「あっ、あの。そうだよね。何か・・・」
「ごめんな、俺、恥ずかしいこと言ってるよな。こんな話、なんで夏芽に言ってるんだろうな」
「それは。きっと遥生の好きな人と私は何も接点が無いからだよ」
「ふっ。接点が無い、か。それで夏芽、さっきの約束通り夏芽は今まで通りにしててくれるか?」
「は、い」
今まで遥生と直生に対しては同じ好きだったと思っていた。
直生が何人からも告白されているって聞いたとき、かっこいいんだもん当然だよね、直生はその告白を受け入れたらすぐに彼女ができるのにな、って思った。
遥生に対してはどう?
遥生に好きな人がいるって聞いただけで胸が苦しくなった。
会ったこともない遥生の好きな人に嫉妬した。
これって・・・。




