第三節
マリア達がドアを開けて外に出ると、
マリアは開けたドアの後に隠れるようにして待機した。
若い女性のほうは腕組みをし、半ゴリラ人間達が出てくるのを待っている。
間もなく出てきた半ゴリラ人間達と若い女性は、対峙する格好だ。
どちらも立ち止まって動かない。
『この睨み合い、
昔の西部劇でサルーンを舞台にした果たし合いの構図に似てるな』
とマリアは修二と一緒に見た映画を思い出し、すっかり見物人になっていた。
あの若い女性は自分のためになんとかしてくれようとしているにも関わらず…。
長い静寂が続いたあと、若い女性は利き足である左の爪先を少しだけ前に出した。
半ゴリラ人間二人はそれを合図に若い女性に襲いかかろうと飛び上がる。
女性を真ん中にして二人が左右から手を伸ばしてきた瞬間、
女性は二人の小指だけを握って身体をそらせ、二人を背中から地面に叩きつけた。
「こんなだから、あなた達はいずれ獣にされてしまうのよ」
若い女性はそう捨て台詞を吐くと、マリアの居るほうに笑顔を見せて、
「さ、宿泊所を案内するわ」と言った。
マリアはこの女性の強さに圧倒された。
「助けてくれて、ありがとうございました。素晴らしかったです」
「いえ、私がリボンの向きにさえ気づいていれば、
きっとこんなことは起こらなかったわ。ごめんなさいね。あ、それと」
若い女性は戦い終えたばかりなのに息を弾ませることもなく、
穏やかな表情で付け足した。
「淑女はね、リボンを後に置いてね」
「あ、はい、わかりました」
マリアはすぐさまリボンに手をかけ、後に回しながら心の中で呟いた。
『大丈夫よ、修二! 私は貞操観念があるからね』
マリアはちゃんとリボンが背中の真ん中あたりにきているかを確認しながら、
今の戦いでふいに思ったことを伝えようとした。
「あの…倒してくれた二人ですが、もしかして…」
思ったことをすぐに口にするのは軽率だろうか。マリアは少し躊躇したが、
何故かこの質問をしないと後悔するとも思った。
「何ていうか、裁き…みたいなものを受けている最中……だったりしますか?」
若い女性はマリアの質問に驚いて、美しいブラウンの瞳をさらに大きく見開いた。
「あなた、新参者じゃないの?」この若い女性も、思ったことを思わず口にした。
「え、仰る通り新参者です。今日初めてここに来ました」
「ってことは、勘が良い ってことなのかしら…」
若い女性は口元に人差し指を持っていき、どう答えようか少し考えていたが、
率直に答えることにしたようだ。
「この辺りにいる獣化してる者もそうでない者も、全員裁きを待っているのよ。
獣化が始まっている者は、ご推察の通り、裁きの途中ということだわ」
マリアは、ハッとした。
そう言えば、初めて広大な芝生から川に掛かるアーチ橋を見た時、
小動物も行き交っているのを思い出したからだ。
「じゃぁ…完全に獣になると…ずっと獣のまま…」
「いえ」
若い女性はこの質問に対してはきっぱり否定した。
だが、どこまで答える義務があるか考えあぐねている様子だ。
『次官はマリアの動向を見守れと言ったのよ。この世界のシステムを明かすな、
とは言っていない。つまり、あとは自分の裁量に任されている、ということね』
そう解釈した若い女性は、自分の責任の取れる範囲までは正直に伝えようと決めた。
「完全に獣になったら、別の場所に移動させられるわ」
「…」
マリアはここで、何故かその先のことについては聞く意欲がなくなっていた。
修二への心配が増大すると思ったのだ。今すぐに修二をここから連れ出したい。
この不安で押しつぶされそうになる情報を前にして、
マリアは連れ出す算段だけに思考を集中すべきだと思った。
黙ってしまったマリアを見て、若い女性は「次官が用意した宿泊所はこの先よ」
とだけ言うと、不安そうに時折マリアの様子を確認しながら、
両脇に色とりどりの小花が咲く小道を通る。
しばらく行くと、林の中に小さな庭をあつらえた、ロッジ風の建物に到着した。
「ここよ」若い女性は手のひらを上に向けて、入るよう促した。
「さっきは怖い思いをさせて悪かったわ…。
あまり思い詰めないように、今日はゆっくり休んでね」
若い女性はそう言って、軽く手を振りながら来た道を戻って行った。
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