第二節
もう今のマリアにとっての学校は、下駄箱以外に興味が無い。
下駄箱には、修二がくれたメモへの返事を入れておいた。
「頬の腫れはひいたし腰も湿布貼ったから大丈夫だよ、
心配してくれてありがとう」
便箋に書いて四つ折りにしたこの手紙を修二は読んでくれるだろうか、
それが心配だ。
『あれ、ちょっと待てよ…』
修二宛の手紙をマリアは一度、下駄箱から取り出して眺めていた。
『修二がくれたメモはどうやって下駄箱に置かれたのよ。
私が書いた手紙はどうやって修二に伝わるの?
ここに置きっぱなしじゃだめだ!』
そう思った途端に持っていた手紙はリュックに押し込んだ。
頭の中で一気に疑問が噴出したことで、マリアはもう居ても立っても
居られなくなった。慌てたせいでローファーの踵を片方ひっかけてしまうが、
つま先を地面に叩きつけるようにして、どうにか靴を履き終えると校門まで
一気に駆け抜けた。
『あの門番に聞かなきゃ何も分かんない!』
校門の目の前にある道路の向こう側には、左右に白い壁が
真っ直ぐと伸びている。道路を疾走する車と並走するように、マリアはまた
思いっきり走り出した。だが横断歩道を渡って白い壁側の歩道に着いた途端、
車も人も一切見えず、辺りはまるで真空管の中にでも閉じ込められたかのような、
無音。外にいて、自分の心臓の鼓動が聞こえるのが耐えられない。
『そうか…やっぱりここからが異世界なんだ』
マリアは一呼吸置いてから、昨日と同じ入口に足を踏み入れた。だが驚いた。
門に立っていたのは昨日とは違う門番だったのだ。
マリアの足はぴたりと止まってしまった。
昨日の門番は、あの広場から向こうへ行っていいと言ってくれた。
なのに今、目の前にいる男は筋肉隆々で、角刈り頭の後で両腕を組みながら
立っている。誰も通さないぞ、とでも言いたげなポーズで門の真ん中に
仁王立ちしているのだ。
『ダメだ。この男じゃ、話せば分かると言ってみても言葉自体が通じそうにない』
マリアは次の一手をどう打つか、
両膝に手をついてアスファルトを見つめながら思案した。
本当なら昨日、あのまま異世界に飛び込んで行きたかった。
けれど修二はこれから毎日、下駄箱に手紙を入れてくれる。
どうしても、その手紙だけは毎日確認したい。
だからマリアは昨日の門番にこう言ったのだ。
「明日また来るから! だからまたその時、見学させてください。
忘れないでくださいね、絶対来ますから!!」
それなのに…。
あまり入口でまごまごしていると、
目の前の門番は怪しんで声をかけてくるかもしれない。
「邪魔だ」と一蹴されれば退くしかなくなる。それは避けたいから、
一旦通り過ぎて普通の通行人を装うことにした。
マリアは入口で回れ右をすると、白い壁に沿って無目的に歩き出した。
けれど本当は入口から堂々と入りたかったので、次第に遠ざかる入口を
背中に感じて未練が強くなる。だからさっきまでとは違って足取りも極端に
重くなった。まるで飢餓状態で、やっとの思いで歩いているような感覚だ。
入口から20メートルは行き過ぎただろうか。
また入口らしき門が前方に見えてきた。
「はっ !!」
ウェーブがかかり、肩にかかるくらいのグレーの髪が門から少し見えた。
マリアはそれだけで、やっと食べ物をもらえて生き返った人のように、
頬を紅潮させて駆け出した。
相手は自分の世界の人ではないのに、やっと会えた喜びで、
マリアは思わず昨日の門番に抱きついてしまった。
「門番さんっ! 私、来たよっ 良かった、門番さんに会えて!」
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