第二節
誰もがマリアを「おかしな妄想をしている」と哀れんだ。
でも、マリアは知っている。修二は確かに存在している。
そして元の世界から消えたのなら、こっちの世界のどこかに必ずいるはずだ。
「だって…修二は生きてる! 私は彼からメッセージを受け取ってるのよ。
彼の文字じゃなかったけど、あの切れ端は、確かに2人で使ってたエンボス入り
のノートのやつだった!」
マリアは泣き声になりそうで声が詰まってしまった。
『読んだ瞬間に、あの紙は消えちゃった…』
目に見える粒子へと分解されたと思った瞬間、それさえも目に見えないほど細かな
粒子となって大気に溶け込んだあの光景は、もううまく伝えられそうもない。
それでも必死に声を絞り出して言った。
「『心配しないで』…って、書いてあったの。
読んだ瞬間に切れ端は消えちゃったけど、嘘じゃないよ!」
マリアは急いでリュックからノートを引っ張り出して、門番の顔の前に、
書き留めたページを力強く突きつけた。そこには、パニックになりかけた頭で
一言一句間違わないよう、震える手で何とか書いた乱雑に見える文字が
並んでいた。
“ どうしてこうなったのか分からないけど、心配しないで、マリア “
門番との間に張り詰めた空気が流れる。門番は顔の前に突きつけられた文字が
少し読みづらかったのか、一歩下がった。それからマリアが書き殴った文字を
なぞるように読んでいたが、門番のグレーの瞳が微かに見開かれたのを
マリアは見逃さなかった。
こちらの世界の物質はあちらには決して残せない。あちら側に渡った瞬間に
光が消えるように消滅する。おかげで俺がどれほど骨を折ったことか。
門番は心の中で思っていた。
『読んだ瞬間に消えるメッセージをお前は幻覚だと切り捨てなかったのか!?』
「お前、このメッセージをどこで見つけた」
「え、今朝、学校の下駄箱で」
門番は「なるほど」と言ったあと、独り言のように付け足した。
「親さえ彼の存在を忘れたか…。だがお前は覚えていて、
その切れ端を頼りにここまで辿り着いたというわけだ」
その言葉はマリアに語りかけているようで、何か大きな事実と答え合わせを
しているようでもあった。あの少年は、今も己の内に潜む怪物と闘っている。
現世のままの姿でいられる時間はそう長くはない。
まさかあの少年の見せたマリアへの鎖をこれほど素直に手繰り寄せてやって来る
人間がいるとは門番も思わなかった。
マリアがもう門番を怖がることなく大きな黒い瞳で見上げると、
彼は静かに言った。
「行け」
広場の向こうを顎で示したその視線には、もうマリアを咎める色はなかった。
門番はそのまま、振り返ることなく門の入口へと引き返していく。
『この先に行ってもいいんだ!』
マリアはぎゅっと拳を握りしめ、門の向こうに広がる異世界の街並みを見ていた。
目の前の広大な芝生の先には川があり、陽の光を浴びて煌めいている。
その上にたった一つ掛けられた幅の広いアーチ橋には、足首まで隠れる一枚布を
まとった様々な人種や小動物が行き交っている。騾馬が食物を運び、
見たことのない大きな実がたわわに実っている。
この穏やかで微風のそよぐ世界のどこかに修二がきっといる。
「待ってて、修二。ぜったいに連れ戻す!」
マリアは深く息を吸い込むと、異世界への一歩を踏み出した。
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