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鎖をほどくんだ  作者: 月影野里
【第一話】どうしてこうなったのか分からないけど、心配しないで、マリア

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第一節

「俺をだませた、とか思ってるか」

異世界の門をまんまと潜り抜けたと思った矢先、マリアは背後から肩を掴まれ、

息をのんだ。


「なんだ…バレてましたか」

「入ってきた瞬間からな」


門番は細身だが、肩に感じる力は逃げる気も失せるほど絶大だった。

見上げると、風になびくグレーの髪の隙間から、グレーの瞳がマリアをじっと

見つめている。この門番からは、目を逸らす気など全く感じられない。

だからマリアも負けじと見上げたままだ。すると門番は

マリアの心を見抜いたように、こう問いかけてきた


「それで、このあとお前はどうなると思う?」


どうなるか、なんて考えていなかった。

マリアは肩にかけたリュックのベルトを力強く握りしめながら考えていた。

「し、知り合いを探してるんです。少しだけ周辺を見て回りたいだけで…」


『捕まって強制送還か、それとも投獄か……。

 きっとその場しのぎの嘘なんて、すぐに見抜かれるんだろうな…』


そう落胆していると、肩に置かれていた手がそっと離れた。マリアは驚いて

門番を見返した。彼はさっきまでの強力な眼差しとは一転して、

目を細めながら言った。


「堂々と最初にそう言えばいいだろう」


「……どうせ私がこの世界の人間じゃないなんて、見てすぐわかったんでしょ?

 だったら本当のこと言ったって、意味がわからない

 って追い返されると思ったのよ」


マリアは小さく拳を握りしめながら、呟いた。

「どうかな」と門番は静かにマリアの話を聞いていた。

「あっちが私の住んでる世界なんです」

マリアは大理石のように硬そうな、背丈の3倍くらいある白い壁に挟まれた入口を

示した。自分がいつの間にか通り抜けてしまった、門の向こう側だ。

壁の切れ目の先には見慣れた横断歩道が伸びており、そのさらに向こうには

マリアのよく知る日常の街並みが続いている。


本当はその横断歩道を見るだけで気分が悪くなる。昨夜の忌まわしい記憶が蘇り、

甲高い機械音のような耳鳴りが始まってしまった。だからマリアは昨夜の出来事を

一気に捲し立てた。


塾の帰り、恋人の修二が恐喝されたこと。相手は片方眉毛のない男だった。

私を庇う修二の声。突然の激しいブレーキ音。修二の財布を奪って道路にいきなり

飛び出した男。トラックにはねられた衝撃音…。気づけば、あの片方眉毛のない男が、

道路にどすんと横たわっていた。


マリアは修二の安否を確認する前に意識を失った。

そして今日、どうやって自宅に戻ったのか思い出せないまま、2階の自分の部屋で

目が覚めた。昨夜のことを途端に思い出して外を見た時、マリアは言葉を失った。

見たこともない白い壁が、ワンブロック先の横断歩道の左右に延々と聳え立って

いたからだ。


だから今日は学校を早退し、いろんな人に聞いたりニュースを見たりして、

最終的にここに来るべきだと思ったのだ。


「あっちでは、誰も修二のことを知らなかった。

 彼の親さえ、『うちに息子はいない』って言うんだよ…。」


マリアは彼の親が何食わぬ顔で平然と言ってのけた時の表情を思い出すと、

今でも全身から血の気が引くような無常感に襲われる。

門番はここで一瞬眉をひそめた。


「それで、ここにいるはずだと?」


マリアにとって何よりも大切な修二は、あの事故のあと、

自分の住む世界から姿を消した。ただ行方が分からなくなったのではない。

彼から借りた物も、一緒に撮った写真もすべて消え、携帯さえ繋がらない。

人々の記憶からも彼の存在そのものが抹消されていた。



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